ENo.619 24式ルクファリ単騎遠征試験機運用斑

「そういえばこっちの時間の流れってどうなってるんだろうな」
　夕陽に照らされた戦車の整備をしながら、戦車乗りのフィッツバーグが呟いた。
「祖国とこちらでは時間の流れが違うと聞いたことはある。多重世界だから仕方のない事だろうがな」
　やはり戦車の整備をしながら、技術者のガイデルハントが応じる。この男にしては喧嘩腰ではなく、まともに雑談に応じるというのは少々珍しい。
「街でな」
　機械油にまみれた軍手を無限軌道の中に突っ込む。
「新年の準備がどうとか言ってる奴らが多かったんだよ」
　引き抜いた手には手の平大の石が収まっていた。
「よし取れた、何か気になってたんだよな」
「貴官でも石を気にするものか」
　ふむ、とガイデルハントが手を止めて何事かを考え始める。
「どうせ戦車乗りなんてのは粗雑だったり細かなことを気にしないとでも偏見があったか？」
　皮肉げな笑みを浮かべてフィッツバーグが肩をすくめる。これはフィッツバーグの癖なのだが、その動作がガイデルハントの癪に障るのだ。図星だったのも相まって、鋭い目で戦車乗りを睨み付けるが、やはり図星なので咄嗟の反論は出てこない。
「逆だぜガイデル大尉、俺らはこの箱に命を預けてるんだから、異音や異常には厳しくなるんだよ。そりゃ戦闘中は気にしてられないから無視するけどな」
　言って、手に握った石をガイデルハントへ軽く放り投げる。
「今回みたいに戦闘でまともに攻撃を喰らってないのに変な音がするとなるとなおさらだ」
　戦闘中の攻撃でどこかが破損をしたのならば異音も理解出来る。
　昼間の戦闘では殆ど攻撃を受けていないにも関わらず、今朝までは聞こえていなかった異音が聞こえてくるとなると――
「どっかが故障してたり、初期不良や設計ミスってのも考えられるからな」
　設計士本人を前にして平然と言ってのける。
　当然ガイデルハントは反発しようと口を開いたが、そのまま何も言わずに閉じた。
「…………あー、何だ、すまんな」
　察したフィッツバーグから気を遣われてしまって、行き場のない怒りと恥ずかしさにガイデルハントの拳が震える。
　自分の作る戦車に欠陥などない、設計ミスなど有り得るはずがないだろう。そう叫びたかったのだが、今彼らが整備している24式ルクファリ単騎遠征試験機こそが、その欠陥と設計ミスを搭載した戦車なのだ。
　砲身は横を向かないし、操縦席と一体化している。よって砲塔と呼ぶのも憚られる。
　横を向かない癖に側面の装甲が薄く、通常の24式ルクファリ戦車と違って展開式高効率エネルギーパネルを側面装甲内に搭載しているせいで、通常型よりも更に薄い。側面から敵戦車の奇襲を受ければひとたまりも無いだろう。
　動力自体は充電可能で無補給だが、弾薬や乗員の食料や水はそうはいかない。
　開発中の試作エネルギー砲弾もあるにはあるが、撃つと機体に回すエネルギーを殆ど使ってしまうため行動不能に陥るという危険をはらむ。
　アタッチメントに様々な武装を積んで状況に対応するのが24式ルクファリ戦車の利点であるにも関わらず、この24式ルクファリ単騎遠征試験機では機体の軽量化の為にアタッチメントを取り付けるハードポイントも減らされているし、側面装甲も通常とは違うためにそこに取り付けられるはずのアタッチメントも種類が大幅に削られている。
　諸々の欠点から乗員に対する安全性を犠牲にしており、更には乗り心地も悪いという乗員無視の設計になっている。
　それらの欠陥はガイデルハント本人も自覚しているし、だからこそ一度は廃案になろうかという所まで行ったプランなのである。反論など出来るはずがない。強弁することは可能であろうが、それは彼のプライドが許さない。
「こちらこそ、生残性の低い戦車を作ってすまないな」
　殊勝にそう告げるのも、プライドを守る為と謝意と皮肉と本心とが複雑に混ざり合ったが故であった。

「あっちじゃまだ新年には遠いだろうが、それまでに帰れると良いな」
　しばらく無言の作業が続いたが、フィッツバーグが再び新年の話題を持ち出して来た。
　確かにガイデルハントも新年までには故郷へ帰り、親に顔を見せてやりたかった。
　一度里心が目を覚ますと、連鎖的に両親や実家のことを思い出してしまう。その多くは味や匂いを伴っていた。
　母が作ってくれたフォルトナの甘露煮は絶品だと思う。
　煮崩れたフォルトナの酸味に絡みつくタレの甘さがお互いを引き立てあって、一口の中に味の展開が楽しめる。
　成人してからの初めての年越しに父が出してくれた秘蔵のグランツも忘れられない。
　強い酒なので常温の水で割ったが、それでも美味だった。舌に触れた時の爽やかさ、口に招き入れた時に口内を一瞬で駆け巡り鼻へと抜ける芳醇な香り、咽を通過したあとの焼けるような熱さ、感動する味わい深さだった。
「ああ、帰りたいな。それまでには」
　本心からの言葉に、偽りではない笑顔が付き従う。
「そういう貴官はどうなのだ？　ずっと帝都にいると聞いたが、親元に会いに行かなくても良いのか？」
「あー、流石に気軽には会いに行けねえなぁ」
　少々バツが悪そうに頭を掻いてフィッツバーグが苦笑する。
「顔を見せてあげれば良いではないか、何があったのかは知らんが、数年も経てば顔を出すだけで喜んでくれるだろう？」
　フィッツバーグの事をどうにも受け付けないはずのガイデルハントがそう言ったのは、里心が目覚めてしまった照れ隠しと、純粋な親切心からであり、他意は無かった。
「いやぁ、顔なんて見せたら滅茶苦茶怒られるだろうさ、少なくともあと十年二十年は顔を見せたら怒られる」
「それは流石に言い過ぎだろう」
「いや、怒る怒る、自分が親の立場だとしても怒るだろうからな。ま、会いに行きたくても行けない所だし仕方ないさ」
「そんなに遠いのか？　どこだ、帝国領だろう？」
　帝国の版図は広い。そこら中の国を攻め落とし、併合して拡大を続けているからだ。
　フィッツバーグは「あー」などと意味のない唸り声で答えあぐねていた。
「そういえば貴官は山岳民族の出だったか…………ん」
　ガイデルハントの表情が固まる。
　彼は確かに以前聞いていたのだ、英雄だった時代のフィッツバーグの噂でも、ゼーバイツァー技術大佐との雑談で出てきた話でも、最近にも聞いた気がする。
　ガイデルハントの表情が固まったのを見て、フィッツバーグは相棒が悟った事を知った。
「帝国領って設定ではあるんだけどな、天地全てを治めるのが皇帝陛下って設定だからよ。ただ、流石に天国にゃ死ぬか臨死体験でもしなきゃ会いに行けないからな。顔なんか見せたら二十年早いつってブン殴られちまうわ」
　そういって笑う顔に無理はない。
　フィッツバーグの両親は、彼が幼少の頃に侵攻してきた帝国と戦って死んでいる。両親だけでなく親族一同全滅である。
　だが、既に割り切りは二十数年前に済んでいる。彼の故郷が滅ぼされたのは三十年前、彼が物心ついたかつかないかの頃なのだから。
「むしろ、俺が六つの時に死んでるから、今の俺を見ても解らないんじゃないかな」
　冗談を言って笑ってみせるが、あまり効果はなさそうだ。ガイデルハントは後悔を隠そうともせずに、気まずそうに頭を下げてきた。
「無神経な事を言ってしまった、申し訳ない」
「良いんだよ、こっちはまったく気にしてないんだから」
　からりとした笑顔でそう言ってのけるが、これは若干の演出も含んでいた。気にしていないというアピールをしなければ、この真面目青年は気に病むだろう。プライドこそ高いが根は悪い奴ではないと、フィッツバーグにはわかっている。
「ま、頑張って試験機の運用実験を終わらせようぜ。お互いに協力しあえば早く帰れるさ」
　話題を流そうとしながらも、こっそりと相手の負い目を利用できるうちに「お前も歩み寄れよ」と牽制をかけるのを忘れないのは、相棒よりも十年間先行した人生経験の為せる技だった。　　