ENo.516 大神美弦

　ふと、意識が浮上した。
　
　……身体が重い。頭がツキツキと痛む。それに熱いような寒いような、自分の身体のことなのにさっぱり分からない。
　そして、力がさっぱり入らない。目が霞んでよく分からない。音はきぃんきぃんと唸るだけで、世界がまったく分からない。
　
　どうやら眠っていたらしい。けれど、こんな目覚めはしたことが――
　
　
「　　　」
　……あれ？
　
　
　　　　　◇
　
　
「……落ち着いた？」
「――――ん」
　コップ程度の水をなんとか呑み込むと、ようやく頭が回り始めた。少しずつ記憶も繋がりはじめて、苦いものが喉の奥にこみ上げる。
「連絡はしてあるよ、だいじょーぶ。落ち着いたらまた連絡ちょうだいって」
「…………そっか」
　隣にちょこんと座っているののわは、普段聞いたこともないような落ち着いた調子だった。声音は柔らかい。普段の喧しさはどこにいったのか、しかしそういうことを考える気にもならなかった。
　
　
『森は危ないから気を緩めず行きなさい』
　誰とも知らない誰かさんから聞いた言葉だ。あるいは張り紙の言葉だったか。その辺の記憶は曖昧で、特に重要な事でもない。
　曰く、猪突で行けるほどここの森は甘くない。十分すぎるほどの準備をしても、したりない位に危ないのが森だと。
　十分に気をつけていたつもりだった。だが、所詮そんなものは素人の浅知恵でしかなく、実際に経験しないと程度というものは分からないものらしかった。
　
　出会った妖精に、２回殴られただけで気絶した。
　これ以上ないってくらい、清々しいほど圧倒的に蹂躙された。
　あれを戦闘とは呼べない。抵抗すら出来なかった。たまたま道をふさいだからどけられた、そんな扱いだったようにも思える。
　
　
　――きっついなあ。
　ああ、これは「冒険」なのだな、と多分始めて痛感した。
　一歩間違えれば命を落とす。むしろ今生きていること自体がラッキーだった。そういうところに今、いる。
　
　きっついなあ。
　
　
　　　　　◇
　
　
「とまあ、そういうテンションはこのくらいにして」
「おいちょっと待て」
　空気読め。今回はフルボッコにされた続きだからシリアス一辺倒で行くんじゃないのか。
「え？　やだなーみつるん、むしろ栗鼠ゲでシリアス一辺倒のほうが空気読めてなくない？」
「おいちょっと待て」
　何さらっといつもやってるメタのさらにその上位なメタなセリフ吐いてやがる。さっきまでの空気どこいった。いつのまにギャグオーラに支配されたのよ。早くシリアス成分注入して、早く！　あ、ダメだ。こういうこと考えた時点で俺がキープできてない。
「それにシリアス一辺倒だと中の人の胃がストレスでマッハで鬱になってハゲるからってののわさんがいるんですしおすし。ちゃっちゃとギャグに転換しないと文字数が稼げないですしおすし」
「おいちょっと待て」
　今のメタはあもりにもひどすぐるでしょう？　何さらっと楽屋事情を暴露してやがる。安易に開けっぴろげにして笑いを取れると思ったら大間違いだぞ。そういうのはむしろ寒いんだぞ。
「突っ込めてる時点で、みつるんも同レベルの思考に立ってるって気づいてる？」
「おいちょっと待て」
　いや、あのね。突っ込まないと投げっぱなしになるでしょう。そういう収まりが悪いのは許せない。だから突っ込むしかない。
「ま、そもそもあんなけちょんけちょんにされて生きてる事自体、ギャグ力場の恩恵なんだから感謝しなくちゃ。多分、幻世（おぼろよ）だったらさくっと即死してたよ？」
「おいちょっと待て」
　ああ、そりゃあ克明に描写されるんだろうなあ。使われたのは炎と氷だったし、だったら死体をオーブンに突っ込まれたり、氷像にされた上に半分壊されてたりしたんだろうなあ。くわばらくわばら。
　あとギャグ力場言うな。ＲＰＧ時空と言え、せめて。
「あ、そういえばアレだよ。展開をツルカネに報告したらすげーいきり立ってたよ。そういうのもストライクゾーンなの？　って聞いたら、むしろ主食だｔ」「いい加減にしろォ！」「ぶべらっ！？」
　それ以上は言わせません、言わせませんよ！？
　やだなにこれこわい。負けたら負けるだけ身内に盛り上がられるとかすごい怖い。あまつさえなんかそういう風に見られるとか怖いを通り越して死にたい。その前に殺したい。
　
　なんだかなあ。
　
「で、元気出た？」
「冷や汗は出た」
　テンションは戻ったけど、なんか色々大事なものと引き替えにしている気しかしない。それはもう気遣いとは言わない。だから感謝の言葉はない。差し引きゼロどころかマイナスだよ、もう。
　
　
　　　　　◇
　
　
　で。壊れちゃった空気はもうどうしようもないので、とりあえず真面目に考え直すことにする。
「このコンディションで依頼達成できるかね……」
「んー？　わからんよー。ま、負けたら負けたでそれはまたたたりんのおやつに」「言わせねえよ！」「あべし！」
　そうなのだ。いくら命を繋いだとはいえ、これから倒す山猫がさっきの大妖精より弱い保証はどこにもない。というかクエストの相手なのだから、然るべき性能は持っているだろう。
　体調は最悪、体力もほとんど残っていない。根を詰めて徹夜した後のようで、非常によろしくない。戦うようなコンディションでは、まずない。
　だから引き返すべきではある。あるのだが。

『……にゃにゃ？』
「うわあ」「うわあ」
　明らかに目立つ山猫と遭遇した。これが依頼の山猫だろう。というかまんま着ぐるみだ。何をどうすればこれが山猫になるのだろう。見間違えるものだろうか、生の動物と着ぐるみって。
　先のリンゴといい、なんというか、これがこの世界のスタンダードだとでも言うのか。ああ、確かにシリアス一辺倒は逆に空気読めてないかもなあ。パロディ映画に本気でクレーム付けるような感じというか、マジレスカコワルイというか、そんな虚しい独り相撲。そしてそんな思考に慣れてきた自分がそろそろ本気で嫌になってきて、そろそろぶっちしたいんだけどダメかな。ダメだよね。せめて完走しないと自分で自分が許せないやね。
「みつるん、目が遠い」
「遠い目をする、はそういう表現じゃねーよ」
『キミもボクを邪魔するにゃ！？』
　あれー、ガン無視してるのにそこ突っ込まないんだー。お約束すぎて突っ込むまでもないと思われたかなー、きっとそうじゃないんだろうなー。
「みつるん、白目剥いてる」
「剥いてねえよ。Twitterのスラングじゃねえんだからよ」
　『（白目』って言いたいんだろうけど。そしてこのスラングは果たして流行っているのかって話だけど。流行が終わっていたのならいいけれど、始まってすらいなかったらどうしよう。まあどうでもいいんだけど。
　あ、六命ったー、そういえば今回呟いてないな。まあいいや。
『……目的を知っているのなら死ぬがいいにゃああああ！』
「知らん」「知らんよ」
　突っ込んでみたものの聞く耳持たず。とりあえず応戦することにした。
　
　いいのか、こんなテンションでいいのか。
　
　――大丈夫だ、なんくるない。
　
　我那覇のプロデューサーさんは帰ってください。