ENo.3330 ネイト・グラスウォール

この場所に滞在して二日目。
戦闘以外は静かにしていた所為か、涅槃雪の体調は大分回復したように思われた。
まぁ、一度崩した体調を無理させて悪化させる必要もない。
今日もまたここで休むことにした。

「さて、どうするかな」

にしても二日も移動無しだとすることはあまりない。
日ごとに襲ってくる動植物や野盗と戦うくらいだ。
それでも十分ストレスが溜まるわけで、
何もない日が多いと言うのは有難いことなのかもしれない。

だが、それと暇なのは別だ。
忙しさが続くと、人間急に何もすることがなくなったときにどうしていいかわからなくなる。
休暇に慣れないらしい。
というか、仕事に慣らされると言った方がいいのか。
その先、忙しさのあまり休暇どころか休息も取れない場合は更に違う。
僅か１０分前後の空白で何もしないことで十分満足するようになってしまうらしい。

「そうなると病気だな」

とりあえず、鍛錬はしないとと言うことで剣を振ることにした。
疲れるまではしないが必要なことだ。
今までは、集団戦であったため必要な能力が限られてきていた。
剣で斬るよりもいなしたり盾で防いだり。
攻撃よりも防御が役割だったのだ。
しかし、ここは個人の能力が物を言う土地だ。
今まで必要のなかった攻撃力や敏捷性、魔力なんかも必要になってくる。
特に敏捷性について俺は考えてなかった。
魔力については魔法防御力も必要だったため考えてはいる。
神聖魔法だったため、魔力と言うよりかは神聖力や法力と言う方が正しいとは思うが。

「シッ……」

左右にステップをしつつ剣を振る。
こっちの世界にまだ慣れてるわけでもなく、遅い動きがさらに遅い。

「……クッ」

さらにステップし、今度は神聖力を込めて剣を振る。
剣の軌跡が光る様に残る。

「はぁ……はぁ……、続けないとダメだな」

ついでにスタミナもない……と。
問題は山積みだった。

「今日はシチューで良いかな」

今日の戦闘にはまた肉が居た。
なんか逃げてる割には沢山居るんだな。
逃げるほど弱いってわけでもないし。
逃げる動物って言うのは希少性が高いか弱者だと言う認識があるが
元もとの性質なのかな。
ともあれ、それでこちらの食生活が潤うのだ。
歓迎しないといけない。

ホワイトソースなんて言う甘ったるい物は
この世界には好まれないのか前の街でも置いてなかった。
が、ドミグラスソースは置いてあった。
まぁ、乳製品は高そうだしな。
たいして、こっちは小麦粉とバターを炒めた物が基本だ。
バターも乳製品だが、牛乳をそのまま使うホワイトソースとは量が違う。
相変わらず、薄味なのはお察しだ。

「そういえば、あの兄妹は今回希望なかったな」

煮込みながら今回何も言われてないことを思い出した。
同じ物で良いかな。
カレーといいシチューといい、
大鍋で作る料理はまとめて数人分作れるのが利点だ。
せめてローリエがあれば匂いがつけられるんだけど、
ここの森は雑多に色々生えてて分かりづらい上に
入ったら凶暴な生物が生息してるから危険なんだよな。

「まぁ、贅沢も言ってられないか」

味見をしながらぼやく。
よし、これで大丈夫だ。

「お待たせ」

昨日と同じように涅槃雪のところまで運んでいく。

「似たようなのになっちゃったけど少し違うよ」

笑顔を浮かべ隣に座る。
相変わらずその言葉や笑顔に応える仕草、声はない。
それでも構わずに一匙掬い、口元に持っていく。

コクリ．．．

昨日と同じようにゆっくりと飲み下していく涅槃雪。
その様子を見てまた笑いかけながら匙をまた持っていく。
反応がないから、彼女が好きな味か嫌いな味か、
美味しいのか美味しくないのかは分からない。
もちろん自分では美味しく作ったつもりだが味覚は人それぞれだ。
自分が美味しいと感じても他人には双でないこともある。
俺の記憶が確かなら、彼女には特に食わず嫌いな物はなかったはずだ。
それと、味覚もそんなに偏食というか、どの味じゃないとだめというのもなかったはず。
なので、俺の好みの味で今は合わせているわけだ。

「……ん、美味しかった？」
「…………」

彼女の分が一通りなくなる。
何の反応も示さない涅槃雪。
返事がないとわかっていても、
作った者としてコレを聞くくらいはいいだろう。
もちろん反応はないが

『美味しかったです』

と言ってくれるような気がするのだ。

「……よっと」

その余韻にちょっとだけ浸ったあと、立ち上がって片付け。
すぐにやってしまわないと後々面倒だしな。

「……おや」

そこに声をかけてきたのは妹だった。

「おう、特にしていなかったから今日は同じので良いだろ。シチュー作っておいたから」
「有難う御座います」

そういって、シチューの残りが入っている鍋を見た後こちらの持っている皿に目を落とす。

「…………」
「……な、何？」
「いえ……」

そして、涅槃雪のほうを一瞥して

「……は」

小さく嘲笑ったのだ。
さすがに、俺にはいい気はしない。

「今の、なんだ？」
「いえ、別に」

あくまで何でもない、と言う。
が明らかにおかしかっただろ、さっきのは。

「なんなんだよ、言いたいことあるなら言えよ」
「……では」

やれやれ、と面倒臭そうに肩をすくめる妹。

「貴方も、本当に物好きと言うかなんと言うか」
「こんな世界で他人に構ってることがか？余計なお世話だろ」

ここは枯れた世界だ、物も少なけりゃ人の心も余裕がない。
故に、他人を気にするヤツは珍しい。
その自覚はあるが、変えるつもりはない。

「それに、ちゃんと彼女も戦闘とかでは手伝ってるだろ」
「ええ、そうですが……しかし移動やらそのほかではどうでしょうね」
「…………」

事実、ここで足止めされてるので何もいえない。
が、パーティ全体が疲労してたのも本当の話だ。
彼女だけが問題なわけじゃない。

「まぁ、それよりも一番は……いえ、貴方の趣味にとやかく言う必要はないですね」
「……あ？」

なんだこいつは、喧嘩売ってるのか。

「なんだよ、折角だから言ってけよ。他人に関わってるってこと以外にも何かまだあんのか？」
「……なんですかね、貴方が人形遊びをするようにはとても見えないもので」

ガッ

咄嗟に皿を放って胸倉を掴む。
木の皿がゴトゴトと傍で鳴った。

「もう一度、言って見ろ。よく聞こえなかったわ」
「あら、傷付いてしまいましたか？繊細なんですね、貴方が遊んでいる玩具と同じで」
「テメェ！！」

拳を振り上げそのまま殴ろうとした。
が……出来なかった。
妹の顔は、そんな俺を見て蔑んだ笑みを浮かべていた。
殴った所で、間違いなくそれが濃くなるだけなのは目に見えていた。

「殴らないんですか？アハハ、女々しいですね。威勢だけは良いのに」
「……人形なんかじゃない。アイツは人間だ」
「人形ですよ。今はそれと変わらない、変わるかもしれなくても今は紛れもない人形です」
「…………」

胸倉から手を離す。

「それを使って遊んで満足している、本当に女々しいッたら」
「使うとか、言うな」
「食事も移動も自分では何も出来ない、それを好きなように動かして悦にいる。
　これを人形遊びと言わずしてなんといいましょう？」
「違う！！」

ザワザワッ

風が少ない草を揺らめかせて過ぎ去る。
妹の表情は蔑みは今は隠れ、無表情になっていた。

「別に憎くて言ってるわけではありませんが……妄執が他人のみならず自分を殺すこともあります」
「…………」
「それくらいは覚えておいてもいいでしょう、料理有難う御座います」

妹はそういって、どっこいしょといいつつ鍋を持って奥に消える。
その姿が消えた後、涅槃雪を一度見る。
さっきと変わらない、全く変わらない姿と表情。

「クソッ！！」

激しいドロドロとした気持ちとともに、ひとつ傍にあった木を殴りつけた。