ENo.3288 クァール

ハムスターを探して森を歩きつつ、手元の紙切れに目を落とす。

スティルフの街での、冒険者へ宛てた依頼が書かれている。とのことだ。

「ハムスター退治は…報酬が700PSって話だったから、この、文の端っこに700って書いてあるこれが、たぶんそうだよね。」

「あとは1000って書いてある文章が2つ

… これが報酬の額かな？　ハムスター退治よりもずいぶん多いなぁ …

　　あるから、依頼は合わせて3つかぁ。」

こころもちが落ち着かない様子で、カリカリと指先で頬を掻く。

「………。文字、読めるようになった方がいいのかなぁ？」

街に出て驚いたことのひとつに、 ''あちらこちらに文字がある'' ということがあった。
何をするにしても、文字が読めなければ、文字が書けなければ相手にしてもらえなかった。

でも、それまで俺は、文字なんて見たことも使ったこともなかったんだ。

文字を知らないのは俺だけじゃない。
姉さんも、里の大人たちの大半も、文字を読んだり書いたりはできない。

故郷で文字を扱えたのは、他所からの隊商を相手に取引をする、
数えれば片手の指で足りる程度の連中だけだった。

………。

読み書きができないと、街で暮らすのに不便なことは間違いない…とは思った。
だけど、疑問に感じることもあった。

「別に、文字に書かなくても、見るか聞くかすれば判る…と思うんだよなぁ。」

たとえ、店先の看板の文字が読めなくとも、
店頭に野菜が並んでいれば八百屋だと判る。
鶏や腸詰が吊るしてあれば肉屋だと判る。

もし、見たことのないものが置いてあったのなら、
看板の文字が読めたところで、それがなんなのか判りっこない。
それこそ、店の主人に聞いてみる方が、理解が早いと思うんだ。

料理のレシピだってそうさ。

わざわざ文字に書き起さなくったって、
作った料理がどんな味になったかは、その料理を味見すれば誰にでも判る。
料理の味を、推論で導き出すなんていうことは、聞いたことがないよ。

その上、書かれている文字の通りに料理すれば美味しくなるっていうことを
だれかが確実に知っているとしても、
かれが本当に確実に知っているということを、
どうやったら確実に知ることができるっていうんだろう？

調味料の使い方だって、いちいち文字にして定義や説明なんかしなくっても、
料理の心得があるなら、香辛料や塩がどういうものかみんな知ってる。
いつどんなふうにそれらを使えばいいかなんて、そんなものを読まなくったって困らないさ。

「文字って、なんだか…世界から自分を切り離しちゃうみたいで、心地がよくないんだよなぁ。」

ただ、数字だけは、なんとか読めるようにはなった。

街で過ごすには、お金のやりとりをしないといけない。
売り物の値段が判らなかったり、足し算引き算ができないと、その、困る。

………？！

がさごそと、何かが動く音で思考が中断される。
音の方向に目を向けると、とってももふもふした何かを発見した。

あれが目当てのハムスターだろうか？

手の中の紙切れをポケットに押し込むと、
抱えるのにちょうどいい大きさの毛玉に向かって、急いで駆けていった。