ENo.3028 悪霊テレサ

「――――あと、一週間の命だね」

確か、そう。俺が死んだであろう一週間前にこんな事を言われた。

言ったのはババアだ。腰の曲がった手も足も顔も全てが皺くちゃの老婆だった。

頭をすっぽりとフードで覆い隠していた全身黒の自称占い師にそんな言いかがりを付けられた。

勿論、今となってはそれは言い掛かり等ではなかった事が分かる。

何故なら正しく俺はその言葉通り一週間後に死んでしまうのだから、だ。

もしかしたら忠告か助言の類だったのかもしれないが、そんな事当時の俺にわかったはずもない。

「何を言ってやがる、このクソババア」

確かそんな事を考えたはずだ。正直それを相手に言ったかどうかは覚えていない。

印象に残っているのはそれを言われた事だけだったからだ。

老婆と俺、その後の顛末は語るほどでもないだろう。

此処は屑の住む世界アンジニティで俺は魔法を使った暴力しか取り柄の無いチンピラだ。

若気のいたりというか若者にはありがちな暴走とでも言ってしまえばいい。

魔法を使ってぶっ殺した、それだけだ。

使ったのは初級の魔法だったが老婆は呆気なくこの世を去った。

俺の得意としていた闇の魔法は老婆の精神や内面を直に攻撃し、その魂は砕け散った。

元々今にも死んでしまいそうな鶏がらの様な女だったのだから魔法など使うまでも無かったといえた。

その時の俺は愚かにもこんな事を考えていた。

自分の一分後すら分からないのに他人の占い、こいつは傑作だ！

今でははっきりと分かる、俺が馬鹿だった。反省は一ミリたりともしていないが後悔はしている。

結果的に言えばこれが俺の命運を左右する出来事だったんだからな。

殺した老婆の占い師は俺が住んでいるこの掃き溜めの街でも、そこそこの知名度を持っていた。

勿論その筋で、とか、その業界では、と前置きが着くがな。

俺がその事を知ったのも、殺して数日後って所だった。

とりあえず、その老婆はこの街でそれなりに顧客を持って頼られていたわけだ。

あぁ、その後のことは思い出したくも無い。

精神的にも肉体的にも地獄の一週間だった。

顧客だったマフィアのボスからの報復！老婆に助けられた男からの復讐！

逃げて逃げて逃げまくった。その過程で死んだ奴や殺した奴は十や二十じゃ追いつかない。

結局老婆を殺して一週間後。ズドン、で終わりだ。

銃なんてセンスが欠片も無い武器で脳天を吹っ飛ばされた。

その後のことは良く覚えてないと言うか思い出せない。

そこら辺を漂っていたような気もするし。

誰かと何度も戦っていたような気もする。

そしてまた死んでしまったような気がする。

思い出して行く内にふと気付いたことがある。何故自分はこんな事を考える事ができるのだろう、と。

俺は死んだはずだ。頭を吹っ飛ばされて生きている人間など居るわけが無い。

俺は妖怪や化物でもなければ悪魔の類ではない。

他人にそう呼ばれる事はあったが、種族は人間で間違いない。

だが……だが、ひょっとしたら、間違っているのは俺なのではないか。

口が緩むのを感じる。

もしかしたら俺は死んでなかったのかもしれない。全ては夢だったのではなかろうか。

目を開ければ、きっとそこは俺の部屋で、一日が始まるのだろう。

悪い夢だったのだろう。とてもとても長かった気がするが。

さぁ、目覚めの時だ―――――

「ぁ……え、えっと。お、……おはようございます」

「……あ、あぁ。おはよう」

搾り出すように出した声ははっきりと掠れていた。視覚の事実による驚きのあまりに。

俺に挨拶をしたのは少女だ。向こう側が見えるくらいに透けているが。

襤褸を纏っていて分かりにくいが素材は十分に可愛いと言えるだろう。影が出来ないほど薄いが。

どう考えても少女は幽霊だ。足の辺りなんて特にぼやけて見えないしな。

だが何故に幽霊が挨拶をしてくる。さほどフレンドリーではなかったが。

正直言って山ほど疑問はあるが、距離を取った方がいいだろう。

幽霊の思惑はどうであれ、至近距離に攻撃されれば、また死んでしまう。

そして動く。

「これは一体どう言う事だ」

動けない、進めない。

見えない壁がある。動いたと思った途端、それ以上離れられなくなった。

距離にしてたったの2m程度。

「……？」

幽霊は不思議そうにこちらを見ている。首をかしげた姿は多少愛らしくみえないこともない。

「これは魔法か、いやそもそも貴様がやった事か……」

「テレサさんー、おはようーございますー
　死んでーなくてーよかったですー」

動揺していると女が現れた。今度は透けていない正真正銘の人間だ。

露出度が高く髪が紅いスタイルの良い美人。

だが何故か全身に無数の刃物を装備しているし、どうにも頭が悪そうだ。

説明は期待できないかもしれない、この女のほうが明らかに危なそうに見える。

「あれーなんで二人ーにー増えてーるんでーすかー
　もしーかしてーお塩がー原ー因ー？もう一回ーあげたらー四人ーになるんーでしょうかー」

「増えたら……面白いです、ね」

「面白くねぇし、その前に何がどうなってるんだよ……おい。なんだこの状況」

「んーお塩ー食べますー？」

「いらん」

「……お、お砂糖が欲しい、です」

あぁ、畜生。気付きたくなかったが気付いてしまった。

俺も透けてやがる。やはり死んでたらしいな。