ENo.3 満月の森　夜明の海　王たる者と騎士

【ENo.757　パン製造機械と少女　さんの日記に続いております。感謝！】

「やーんかわいい！」

「まふっまふっまふっ」

「ふかふかしてます。ふかふかしてます！」

「…よし。治療は済んだぞ」

「あ、ありがと。治療…」

膝の上でコロコロと転がる総勢三匹のハムスター。
割と呆気なく倒された三匹は、Minidragonに焼かれた部分を治療され元気を取り戻した。

私が新しく覚えたArabesqueを連打していたら黒焦げになっていただろうし、使わない選択をした自分を褒めたい。
治療に使ったのは歌と少しの薬である。

「さあ、もふもふ。大人しく飼われなさい」
「飼われなさいーっ！」

くりくりと頭を撫でながらにーっこり微笑む。
狩人の光を宿した瞳は大きめの小動物を震え上がらせた。

「か、飼われてって…貴女ペッターじゃないし…」
「ペットを戦わせたら虐待って言うんだよっ！だからしないもん！」
「虐た…そうかもしれないけど、ほら、食事とか」
「この辺の植物でいいですよね？玉ねぎはないみたいだし」

そもそも正式名称なんだろうか、ペットって。
基礎知識はちゃんとある。冬眠対策だってばっちりだ。

「あう、あう」

優しくお腹の毛を掻き回す。ぷるぷる震える姿が可愛い。
観念したのかごろりと丸まり、何やらひそひそ話をし始めた。

「ねえどうする？」
「悪い人じゃないみたいだけど…」
「確かに剣で斬りかかったり岩をぶつけたりはしなかったわねぇ」
「でもドラゴンとか喚んでたじゃない。ちっちゃいけど」
「それにあの獣みたいな声！怖かったじゃない！」

丸聞こえだが、聞こえない振りをしながら背中をちょんとつつく。
ふかっと指が沈むのがなんとも気持ちがいい。

「戦わなくていいって言うし…」
「そもそもみんな飼うのかしら？」

くるんとこっちを見るハムスター。言いたいことは解るが敢えて無視した。
業を煮やした風を装い、ゆっくりと笑顔を作る。

「誰か一匹来れば…後は解放してやるから、な？」

慣れない作り笑顔は凄味があったようだ。
ぷるっ！と震え上がると同時にハムスターは再び丸まり会議を始めた。

「弱肉強食…」
「待ってくれてるだけ優しいのよね。だって私たちより強いんだもんね」
「誰がいく？」
「うぅん…」

どすっ。

「ぐぇっ」「ぎゅっ」「おべっ」
「もきゅー」
「あら？」

三匹のハムスターを押し潰すように、別のハムスターが膝に飛び乗ってきた。
他のハムスターより若干小さい気がする。
無傷なところを見ると戦闘で負けて命からがら逃げてきた、というわけでもないらしい。

「きゅぅ」
「あれ？この子、喋らないですね」
「外傷はないな。考えられるのは…異変の影響が小さいか、或いは変異中の変異か」

とりあえず抱き上げると下敷きになった三匹は撃沈していた。
単純に重さと衝撃からか、はたまた火傷している背中に思い切り乗られたせいかは判らない。

「いたたたた…なんなのよもう。今日は厄日？」
「最近もふもふされてばっかりで抜け毛ひどいしきっと大殺界なのよ！」
「やぁーだぁー！お祓いに行かなくっちゃ！」

三匹はまだ撃沈に至っていなかったようだ。
むくりと起き上がりひとしきり騒ぐと、私の手の中の毛玉を見つめる。

「…どこの子？」
「こっちが聞きたいです。君たちの子供じゃないんですか？」
「知らないわよぉ、そんな子。見たことないわ」
「そっか、迷子か」

ハムスターの記憶力というものはよく知らないが、見たことがないというならそうなんだろう。
よく見分けがつくと思うけど、きっとハムスターからすれば自分たちこそ同じようなものばかりで見分けがつかないのかもしれない。

（比較的）小さなハムスターはきらきらした目でじっと顔を見つめてくる。
ふすふす、ふんふんと鼻を鳴らしているけど今日食べた『木苺のタルト』の匂いでもするんだろうか。
確かに美味しかったけど。

「…この子でいいんじゃない？絆創膏組は乗り気じゃないみたいだもの」
「さんせー！喋るのも可愛いけど喋らないのも可愛いもん！」
「良いと思います。触った感じもふもふふかふかだし」
「と、いうことだ。帰っていいぞ」

小さな毛玉を肩に乗せ、膝上の毛玉を下に降ろす。
最後にもう一度、背中の絆創膏を確認した。もうしばらく貼っておいた方がいいだろう。

「あ、えっと…じゃあまた！」
「またなの？」
「言葉のあやよ！それじゃ！」
「ぢちっ」

最後の最後にハムスターらしい鳴き声を出して三匹は去っていった。
小さなハムスターを心配する言葉は無かったけれど、動物はえてして血族以外には関心を示さないものだ。
この無関心さも当たり前、なのだろう。

「というわけで、あなたに名前をあげなくちゃね」
「オスかメスか……、…？」
「どうしたんですか？」
「性別が判らん。ある種の奇形…無性というところだな」

横を向けばうなじに首を突っ込みふすふすしていたハムスターと目が合った。
特に何も考えていない、丸く澄んだ瞳。やはり性別は判らない。

「じゃ、モカちゃん！もふもふふかふかで、モカちゃん！」
「食べ物みたいな…でも可愛いからいいかな？モカちゃん」
「きゅう」

ハムスターはくりくりした瞳を細め、小さく鳴いた。
頬をむにもふする。頬袋は空みたいだ。

「さ、て。名前も決まったしちょっとスティルフまで行きましょ」
「スティルフ？まだここに居ないとだめって…」
「これのことですか」

情報可視化端末を開く。とある世界で手に入れた、あらゆる情報を文字や画像として表示してくれる優れ物だ。
そこにはセルフォリーフに居る救援者宛のお知らせのようなものが浮かんでいる。

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★☆★春菊交換会のお知らせ★☆★
冬と言えば春菊！というわけで春菊交換会を行います♪

焔の月8日、日付変更前までに『春菊の名前』『添えるメッセージ』をご用意ください！
※春菊、メッセージ媒体は各町やぶっとび行商人より無料配布致しております※

＊＊＊ステキな名前をつけて春菊をプレゼントしよう！！＊＊＊

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「…なんだかチープ…春菊なのに名前？」
「春菊だもの、仕方ないわ。食べ物じゃないと思うし貰いに行きましょ」

無料配布の春菊はとても春菊だった。臭い。肩に乗ったモカもそっぽを向いている。
蓼食う虫も好き好きというけれど、蓼よりこっちのほうが『食べられる』とされるだけタチが悪いと思う。

「名前、名前ねぇ。私、センスないのに…」
「こだわる必要はないと思います。どうせ春菊なんだし」
「せっかくだからお店見ていこうよー！そこから名前とったらいいし！ね？」
「…まあ、いいか。見るだけだぞ」

風もだいぶ冷たくなった季節、この世界によれば『冬』である。
季節というがここに来たときはまだ暑かった気がするのだが、8日でだいぶ冷え込んだ。
冬の風物詩というか、なんというか。

「出店のあちこちにクリスマス、のような飾り付けがありますね」
「ハロウィンがあったしその辺りは全世界共通かもしれないの」
「まだ少し早いかな？ええと、僕らの居た世界は…」

端末を最小サイズにして開いてみる。時刻表示はしばらく乱れ、いくつかの数字を映した。
11　12　21　18　36　57　06。

「クリスマスはもうちょっと先だねっ！」
「今日交換会があるのはプレゼントじゃないし…うーん…」
「準備もしていないな。明日やるか」
「あっ、これ可愛い！」

ひょいっと小さなマフラーを取り上げる。薄いブルーの毛糸に白の毛糸で雪の結晶がデザインされてて、ありがちだけど可愛い。
子供用より小さいのはセルフォリーフの動物のことを考えてあるのかも。
みんな喋るし、動くし、歩くし。…あと飛んだりも！

モカちゃんがもぞもぞ首の後ろから出てきた。マフラーをじっと見てる。
じーっと見て、きゅーって鳴いた。

「ね、ね、買ってもいい？」
「物々交換になると思うけれど…そういえば丁度いいものがあったわ。すみませーん！」
「はいはい？」

店主は土の匂いのする妙齢の女性だ。農業の合間に裁縫をしているんだろう。
マフラーを見せ、交換を申し入れる。珍しいことではないようで微笑と共に頷いてくれた。
私が出したのはこの前の草賊の衣服諸々。賊なんてものをしているせいだろう、生地や造りは悪くない。
タンスの肥やしにするには勿体無い。

「洗濯と補修はしてあるの。使うか解らないけどバンダナと、こっちがベルトね」
「そんなに頂くのは…ええと、ではこれを持っていってくださいな」
「あら、ありがとうね。良い匂い…」

差し出されたのは紙袋だった。食欲をそそる香りが心地良い。
有り難く受け取って中を見ると、ホットサンドと思しき物が2つ入っている。
見た感じでは一つはハムと卵、後一つは牛肉を煮込んだもののようだ。

一先ず落ち着ける場所を探して通りを外れた。小さな広場を見つけ、申し訳程度に置かれたベンチに腰掛ける。
紙袋を膝に置き、次いでモカを下ろしてその首にマフラーを巻く…前に魔法を施す。

「転移と位相置換、縮小くらいでいいかしら」
「必要ならまた増やしましょう。―――念のため風壁で呼吸の確保を」
「水は…水分が多い野菜とかで大丈夫かなぁ」
「パンはあげても大丈夫？はじっこ少しあげるねっ」
「冷める前に食べちゃった方がいいわね。柔らかい部分だけ選んで…」

モカにマフラーを巻き、サンドイッチを齧った。
パン部分のうちソースその他が付いていない部分を千切ってモカに渡し、もきゅもきゅするのを眺めた。
もしかしたら巨大化の影響で人間の食べ物も平気かもしれない。

独りきりは気楽だ。こうして全員で話していても誰も気に留めない。
皆で味わい、交換会用の仕込みを考え、のんびりと過ごした。

「ん…そろそろ戻りましょう。あぁ美味しかった」
「はい。目印が見えなくなる前に―――――？」

大通りに出た瞬間、届いたのは小麦粉の匂い。
私には強烈すぎる匂いを纏い、金髪の少女がそこに居た。