ENo.2298 雛神由依

「うーん……」

ペンで机をコツコツと叩く。
それは一定のリズムで乱れることなく続く。

手元にある書類の記入欄は空白のまま。
半刻ほど前からずっとそのままだ。

繰り返される机を叩く音と時計が時を刻む音、そしてたまに漏れる溜め息や呻き声が室内を支配している。

「うーん……」

何も知らない人から見れば仕事の事で頭を抱えているように見えるかもしれないがそうじゃない。

考えるのはいつも傍にいた子の事。

「あのー、このみ様」

あまりの状態に耐えかねたのか、黒髪の少女が声を掛けてくる。

「アセナさんたちが心配なのは解りますが、その書類、今日中に何とかして頂かないと困るんですが……」

彼女は苦笑を浮かべている。

「ああ、ごめん」

今は目の前の書類を片付けないと。
そう思ってペンを握り、目を通そうとしても長くは持たない。

すぐにまた目も手も止まる。

自分でも過保護な面はあると自覚しているとはいえ、ここまでだとは思ってなかった。

今までにアセナ達だけに依頼先へ向かわせた事はあった。
ただ、その時は定期連絡はあったし、こちらからも連絡を取ろうと思えば出来た。
安否は常に確認できた。

でも、今回は違う。
魔女曰く、波長が合わないとかでこちらから連絡はできないらしい。

こうなってしまえば待つしかない。

ただ音信もなく待つ事の辛さは思った以上に堪える。

溜め息を漏らし、はっとする。
また考え込んでた。
黒髪の少女をちらりと見ると、彼女は相変わらず苦笑している。

呆れられているというか、彼女も諦めの領域に来ているのかもしれない。

こんなんじゃダメだなぁ、と思いつつも胸のもやもやは取れる事がない。

そんな時、ドアがノックされる。

「はい、どうぞ」

「失礼します」

声と共にドアが開かれる。

「あなたは――」

そこに立っていたのは燃えるような紅緋色の長い髪の少女。
その手には小包が一つ。
彼女は一礼した後に小さく微笑む。

思ってもいなかった来訪者に私は言葉を失った。

「そろそろ頃合かしら」

私は手ごろな岩の上に置くと荷物から小さな袋を取り出す。
その中にある粉で人形を中心に円を描く。

「接続接続っと」

人形の頭に手を置くと、円で囲った範囲がほのかに光を放つ。

座標や周波数は感で設定する。

ザザッ、というノイズが人形から漏れた。

どうやら繋がったらしい。
後は微調整してやって……。

ノイズが大きくなったり小さくなったりを繰り返し、そして何かが切れるような音と共に静かになる。

「よし、出来た。ちゃんと繋がってるかしら？」

人形から音声が流れる。

『今ならもう一本着いてお値段そのまま！』

あ……違った。

えーっと、こっちかな？

『そんな武装で大丈夫か？』

これも違うわ。

んーっと――。

『俺はキミが好きだ！』

あははー、三日後ぐらいに爆発すれば良いわ。

「適当にやりすぎてダメなのかしら」

面倒くさいですわー、と言いながら目を閉じ、頭の中に式を組み立てる。

幾億とある世界の網目を縫い、
流れていく時間の河を遡り、
大樹の一本の枝先に触れるように、

繋ぐ、繋ぐ、結び合わせる。

似たような光を放つが宝石が周囲に溢れる。

その中の一つを、笑みを浮かべ、躊躇いなく握り締めた。

『……てますか？聞こえてたら返事してください』

聞き覚えのある声が人形から聞こえてくる。

「はろーはろー聞こえてるわよ」

『さっさと繋いでください。予定時刻より遅れてるじゃないですか』

声の主、私の弟子は開口一番辛辣な言葉を投げかけてくる。
この子のつっけんどんな物の言い方何とかならないかしら。
誰？こんな教育施したの。顔が見てみたいですわ。

「こっちだって色々事情があるのよ？乙女には秘密の時間が一杯なんだから」

『どーせ、面倒くさがって適当に繋ごうとして、変なノイズでも拾ってたんでしょう？』

やだこの子。何でそんなに的確なの怖い。

『まあ良いです。お待たせしてるので変わりますよ』

相変わらず面白みがないというか、真面目というか……そんな様子に苦笑する。

『えっと……これに話しかけるんですか？』

人形のモデルになった人物の声が届く。
その姿と声がリンクしてとても面白い。個人的な感情で、だが。

『き、聞こえてますか……？』

恐る恐る話しかけているだろう姿を人形越しに想像し笑みを浮かべる。

「聞こえていますよ」

久しぶりに聞くその声に優しく答える。

「お久しぶりね、このちゃん」