ENo.2084 夜灯

よく晴れた静かな夜だった。
外はそろそろ雪でも降りそうなくらい寒くなっていたが、冷え切った空気が逆に心地よい。

―――だから冬は好きだ。

小高い丘の上で朽ちた古木の倒木に腰掛け星空を見上げる。
そのままこの世界で起こったことにぼんやりと思いを馳せていると、ふいに背後の林付近に誰かの気配を感じた。

フレア｢夜灯さん……｣

小さく名を呼ばれて振り返ると、少し離れた樹の陰に隠れるように身を潜めた少女の姿があった。

夜灯｢フレア？｣

離れた場所から声を掛けたきり、一向に近づいてくる気配のない彼女の元へと向かう。
すると驚いたことにそこで見たのはいつもの服装の彼女ではなかった。
ところどころに薔薇を飾った真紅のドレスに身を包み恥ずかしそうにしているフレア。
少し前までの絶望の淵に沈み魂の抜けたような状態を見ているだけに、その姿は一層儚く美しいものに見えた。
まるで一夜限りの花が咲いたように。

夜灯｢――綺麗だな樺煉。今日も何かの祭りなのか？｣

今夜が聖誕祭だということは知っていたが敢えてそう尋ねてみる。
そして彼女が答える前にめくらましの呪文を唱え、己の姿を黒のロングタキシードへと変えた。彼女の服装に合うように。
フレアが驚いたように目を瞬くのを見て、小さく微笑んで言う。

夜灯｢今宵は人の世界では聖夜というのだったな。
家族や大切な者と過ごす日だと聞いた｣

更にもうひとつ幻術の呪文を唱えて印を結ぶと、あっという間に創り出された無数の幻灯蛍がふわりと舞い上がり、イルミネーションのように丘までの道を幻想的に照らし出しす。
煌く灯りに包まれて一層綺麗に輝いている彼女の手を引き、先程までいた丘の上へと誘いゆっくり歩いていった。
そして寒くないようにと彼女の周りにまじないを掛けてから、今度は二人で倒木に腰掛けて再び降るような満天の星空を見上げる。

空気はどこまでも澄んで冷たく、辺りは闇と静寂に包まれていた。
まるで世界に二人きりになったような錯覚を覚えるほどに。

フレア｢――夜灯さん私ね、ずっと怖かったの…｣

暫く無言の時が流れた後、彼女がぽつりと呟いた。
恐らく今までずっとひとりで過去や運命や先の見えない未来の不安に耐えてきたのだろう。
自分の居場所や存在意義すらわからないまま。
答える代わりに彼女の手を強く握り返して身体を寄り添わせる――もうひとりで耐える必要はないのだと示すように。

最近よく眠ることができなかったのだろうか。
暫くすると安心したのか、軽く身体を預けたまま彼女はいつの間にか寝入ってしまっていた。
肩に寄りかかって眠っている彼女を起こさぬよう頭をそっと持ち上げて頬に軽く口付けた後、膝上へと移動させる。
そのまま膝枕をしてやりながら髪を撫でつつ、なおも無防備に眠る彼女の寝顔を見つめ。
改めて自身が心から安堵していることに気付く。
今度は己の大事なものを失わずに済んだのだと。

｢――大丈夫だ。生きる理由はきっと見つかる｣

必ず見つけてみせる。
元の世界の束縛から解き放って。

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“……はぁ……やっと……見つけたよ……”

時は夜の帳の下りた夜闇の中。
ふいに虚空に声が響き渡る。

そして……傍らで眠る緋色の少女が身に着けた、右耳の真紅のピアスから“何者かの気配”が、滲み出るようにして現れた。

それは実体を持ったものではない……彼女の“眠り”と“ピアスに宿る力”を媒体にして、何者かが“夢を渡ってきた”のだ。

薄ぼんやりと透けて見えるその姿は、細身で長身の男性のそれのようだった。
闇の中に溶け込むような色目の漆黒のロングコートを着た、黒髪のストレートの短髪。
度数の高そうな銀フレームの眼鏡の下から覗くのは、少し垂れ目の闇色の瞳。

“……気配も力も半分しか無いから、特定して貰うのに時間がかかっちゃったよ……どうして片方しか持ってないのかな、この子は……”

何者だと問う言葉に、緊張感の無い声が応える。

“そういうキミこそ誰だい？　……まぁ、可愛いフレアが見た事も無いような綺麗な服格好をしている上に、同じように着飾った男性の側で寝てる、だなんて……聞くだけ野暮な気もするけどねぇ”

くすりと笑いが零れ落ちて。
問いに応えが返る。

“僕は通称エッジ……そこの彼女を闇の街で拾い上げて、育てた……親にしては少々若すぎるけれど、親がわりみたいなものかな。……そして彼女を生かす為に、その心を殺させ続けた、血塗れの酷い男でもあるね”

緋色の彼女へと送るその視線は、とても優しいもので……告げられた言葉から推測するに彼女の同業者――“暗殺者”であろう存在のものとは思えなかった。

ただ……実体でないというのになお、温和な顔の後ろに見え隠れする鋭利な刃のような研ぎ澄まされた気配と、その身が纏う濃厚な闇と血の色が、その正体を物語っている。

“本当は彼女の寝顔だけ見て帰るつもりだったんだよ。僕が彼女に託したピアスに篭めた力程度じゃ、多分伝手を使っても１度だけしか夢を介して異界へはリンク出来なかっただろうから。……でも予想外の光景が見れた上に、思い掛けない話し相手が居たから、ちょっとだけ……言い遺しておきたい事があるんだけれど、聞いてくれる？”

それに応じる答えに、その闇色の青年は小さく頭を下げて。
淡い笑みを浮かべながら、静かに語り始めた。

“有難う。……実は彼女をその世界に送り込んだのは、僕なんだよ。何処へ行くかも判らなかったし、彼女の腕でターゲットを倒せるか、かつヤツが異界移動をしてくれるか、それに彼女が巻き込まれるかどうかすらも、かなり分の悪い賭けだったんだけど……この勝負は僕の勝ち。――最期の大事な願いだったから、何処かの慈悲深い何かが聞き届けてくれたのかもね”

――最期、という言葉に反応したのに気付いてか。
彼はとても穏やかな笑みを返してみせる。

“キミが夢を媒体にしてても会話が通じてる位の妖力の持ち主なら、判るんじゃないかな？――僕に、もう力も、寿命も殆ど残ってないって事が”

……確かに、見えた。
それは“死相”――死神の腕に抱かれる寸前の者が纏う独特の気配。

“彼女には隠してたけど、半年位前に……弟と同じ病を発症したんだ。治らない病気じゃないんだけど、治すには法外な薬代と手術代がかかるんだよね。弟の分は何とか稼いで治してやったけど……僕が自分の命まで買うには、時間もお金も不足。……ま、身内の命を救う為とはいえ、数多の命を奪い続けてきた僕には、妥当な終わり方だと思うよ”

口元に自嘲を刻みながら。
緋色の彼女へと視線を送る。

“心残りはフレアの事でね。……もう１人気になる子も居るんだけど、彼は将来ちゃんと相棒が見つかる、って“夢占”で視て貰ったんだ。だけど彼女は……僕が居なくなったら“この世界に居る限りは幸せにはなれない上、命を落とす可能性が高い”って言われちゃってねぇ。どうしたものか思案してた折に、最初で最後のチャンスが巡ってきたんだ”

それが、先に彼が述べた方法だったのだろう。

“……僕の闇色の人生に炎色の華やぎをくれた、可愛いフレア。もう……僕が居なくなっても大丈夫だね。彼女は僕の居なくなる世界に、無理に戻って来なくていいんだ。組織の方の目を誤魔化す算段も済ませてある。キミに頼むのは筋違いかもしれないし、キミ達の将来はキミ達自身が決めるものだとは思うけれど……それでも、出来るだけでいいから……彼女の事を気にかけてやってくれると有難いな”

小さく頷くと、満足そうに彼は微笑んで。

“キミって“魂寄せ”出来る？　そう遠くない未来に僕は死ぬから、彼女に僕が未だ必要だと思う時があれば……１度だけなら出来るだろうから、呼んでくれるかな。遺せる力は彼女のピアスに置いていくから。……彼女にも伝えてないんだけど、魂寄せをするなら必要だろうから、僕の真名を伝えておくよ。こげつ、えい……弧月　霙っていうんだ。――弧は狐に通じる。僕が引いてる『何らかの妖魔の血』は……多分キミとそう遠くないものだろうと思うよ”

そして数刻。
何処かへ視線を送るようにして、小さく青年は顔を顰める。

“あぁ、もう時間だって煩いから……僕は行くね。……最後に、キミの名前を聞いておいてもいいかい？”

……告げられた名を、彼はその唇に乗せて刻み。

名残惜しそうに緋色の少女へと視線を送り、その傍らに腰を落とすと、そっと彼女の真紅の右耳のピアスに彼が触れる。
そこへ、闇色の力が流れ込むのが見えた。

“会えて話せて良かったよ……夜灯君。じゃぁ……さよなら――可愛いフレアを宜しく頼むよ……”

闇色の青年が姿を翻し。
ぷつん、とそこで夢は途絶える。

――傍らの緋色の少女が、彼と入れ違いのようにして身を震わせて、その真紅の両瞳を開いた。

→フレア(1645)さんの日記へ続く。

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※この日記は前半クリスマスの話は夜灯ＰＬが、後半エッジさんの夢渡りの話はフレア(1645)さん作成の合作になります。