ENo.1951 メリム・ファルトリア

夕暮れ時、メリム、ルア、アウラルのパーティーは平原を進んでいた。
目的地は自分たちが初めて訪れた街、スティルフだ。
スティルフの街は野営したところから西にあるので、今は沈んでいる太陽に向かって進んでいる。
前方には小さな丘があり、あの丘を越えればスティルフの街が見えるだろう。

ルアとアウラルの歩みは、心なしか、少し早めだった。
戦闘しつつの行軍のせいで、３人は体力は限界に近づいていた。
しかし、街に辿り着けば魔物などに襲われる心配もないし、ちゃんとした寝床で寝ることができる。
そういった気持ちが、無意識のうちに２人の足を速めているのかもしれない。

その２人の歩みに遅れないよう飛びながら、メリムは今日の戦いについて思いを馳せていた。
昨日の戦いに続いて、今日もメリムにとって予想外なことが起こったからだ。

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昼過ぎ、平原の真ん中でメリムたちは草賊たちと対峙していた。
ハムスター戦の疲労を考えると戦闘は避けたかったが、運悪く見つかってしまったのだ。

「……私達は疲れているんですが、宜しければ見逃してくれませんかね。
　食料はすぐそこのスティルフの街に行けばいくらでもありますし、お金も必要ないでしょう？」
「……そんなこと言われても困っちまうなぁ。大人しく襲われてくれねぇか？」

メリムは駄目元で交渉をしてみたが、予想通り取り付く島もなかった。
そもそも食べ物が無数に存在するこの世界で、貧困にあえぐなど到底考えることもできない。
それに、彼らが襲い掛かった相手から金品を奪ったという話は聞いたことがなかった。
とすれば、彼らの目的は戦いそのものにあるのだろう、とメリムは考えた。
あるいは、苦痛を与えたり、与えられたりすることで興奮するような変態なのかもしれない。

「……まあ、こんな世界でわざわざ他人を襲う時点で予想はしていましたがね。
　お金や物じゃ、きっとあなたたちは動かないんでしょう？」
「……おお、まあそういうこった。そんなモン、わざわざ奪う必要なねぇからなあ。
　悪ィが、運が悪かったとでも思って諦めてくれや」

その言葉をきっかけに、草賊は魔石を取り出し、珍平は拳を構える。
草賊は見かけによらず、魔法使いのようだ。

「来ます――みなさん、気をつけて……！」

ルアがすっと身を低くし、居合いの構えをとった。

「こっちは疲れてるんだけど……大丈夫かな？」

アウラルが魔石を取り出し、短剣を蔦に絡める。

「まったく……こんなときに戦いだなんて――」

そして、メリムも覚悟を決め、虚空に手をかざして長く鋭い針を数本作り出した。
作り出した針に魔力を加えて浮かせ、さらに集中を高めていく。
皆が発する闘気、あるいは殺気と呼ぶべきもので肌がピリピリと焼かれる感覚がした。
この時点で既に戦いは始まっているのだ。気圧されているようでは到底勝利など望めない。

「仕方が――――――――」

メリムは自分の感覚を研ぎ澄ませる。
一層皆の間の殺気が高まっていくのが分かった。

そのとき、トクン、と心臓が大きな脈を打った気がした。

（…………！？）

メリムは、自分の奥底から何かが沸きあがってくる感覚を覚えた。
その『何か』は、周囲に充満する殺気を取り込み、メリムを温かく、柔らかく包み込んだ。
それは同時に、相手を鋭く貫く殺気の刃となる。

（……温かい…………）

その温かさがメリムの余計なものを奪い、さらに力を与えた。
しかし、湧き上がってくる闘志とは反対に、思考はどこまでも冷静に落ちていく。

「な、なんだァ！？」

メリムの変化に気づき、相手の間に僅かながら動揺が走った。
その眼差しは今までの比ではなく鋭く、澄んだ青色をしていた目は赤々と輝いている。

「――――ないですね」

相手への恐怖心などは微塵もない。迷いもない。
余計なものが視界から消えて、相手の急所が手に取るように分かる。
そして、何よりもこの感覚がメリムには心地よかった。

「引くチャンスは与えたのですし――殺されたとしても、構いませんよね？」

羽に魔力をまとわせ、飛行速度を上げていく。
もはや、メリムはこの戦いに負ける気など微塵もしなかった。

果たして、戦いはメリムたちの圧勝だった。

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（あの感覚は……）

あのような状態になった原因に心当たりがないわけではなかった。
メリムは以前、気絶している時にメリムの姿をした誰かから記憶の一部を戻して貰ったあと、怨霊を利用できるようになったことがある。
ならば、昨日取り戻した記憶が原因となって、自分にあのような変化が起こったのかもしれない、とメリムは思った。

「……もしかしてあれが、あの子が言っていた『狂気』とやらなんでしょうかね……？」

メリムはぼそりと独り言ちた。
後から考えてみると、あの状態の自分は相手を殺すことへの躊躇いが全く無かった。
きっと、勝って生き残るためなら、どんなに残酷なことでもできただろう。

『肉を削いで、急所を抉って、毒を流し込んで、相手を苦しめて……最後にはクズ肉に変えるのよ。』

彼女の言った言葉が思い出される。
彼女はメリムとは異なり、あの高揚感に身を任せて、そういった戦いを繰り返したのかもしれない。

「でも、そんなことより……」

メリムはもう一度、あの時の感覚を思い出す。
温かかった。懐かしかった。そして、安心できた。
まるで、「あのひと」の夢を見ている時のような幸福感に包まれていた。
いや、そうではない。夢のような不確かなものではなかった。
幸福感を超えて、「あのひと」そのものに包まれているかのようだった。
まるで起きながらにして白昼夢を見たかのように、メリムは「あのひと」に抱かれながら戦っていたのだ。

「えへへっ……」

思い返すだけで、自然に笑みがこぼれ、胸が温かくなった。

（実際にぎゅっ、ってしてもらったら……どんなに気持ちいいんだろう……）

この感覚が大好きだから、メリムは旅が出来る。
「あのひと」に撫でてもらいたい。「あのひと」に抱きしめてもらいたい。
そういった気持ちの強さが故に、メリムは異世界も果敢に探索することが出来るのだ。

（そうか、きっとあの子もこれを知っていて……だから『一番素敵なプレゼント』って言ったんだ）

あの感覚――『狂気』を御することができれば、いつでも「あのひと」の温もりに包まれることができる。
もっとも考え方が少し残酷になってしまうようなので、使えたとしても戦闘中くらいだろうが、メリムにはそれで十分だ。
どうやって制御するのかはまだよく分からないが、それはこれから見つけていけばいいのだ。

「明日から……また頑張らないといけませんね」

すっと胸の辺りに手をあてると、いつもより少し早い心臓の鼓動が伝わってきた。
「あのひと」の温もりを感じたのも久しぶりだったし、少し興奮してしまったのかもしれない。

「おっ、街が見えてきたね」

アウラルの声がしてメリムは我に返った。
メリムは飛んでいたからよく分からなかったが、いつの間にか丘を越えていたらしい。
顔を上げると、夕日に照らされたスティルフの街が見えた。

「んっ……」

見慣れているはずの夕日の光が、メリムには何故かいつもよりまぶしく感じられた。

【おまけ】

スティルフの街を出発する日の朝。
メリムたちは旅の準備をするために朝市に行くことにしました。
それぞれ欲しいものは違うだろう、ということで集合時間と場所だけを決めて自由行動です。

「さてと……今回の野盗はとても強いという噂ですから、しっかり準備していかないと……」

メリムがまず向かったのは道具屋さんでした。
戦いながら旅をするには、体力回復のためのポーションは欠かせないからです。

「う〜ん……値段はしますが、やっぱりこっちですかねえ……？」

メリムは色々悩んだ末に、500ポーションSETと1000ポーションを買うことにしました。
500ポーションSETは、かさばらない上に500ポーション３本分の効果があるという優れものです。
ただ、その分値段は高いのですが、メリムが持てる荷物はまだ少ないので贅沢は言えません。

メリムが次に向かったのは市場でした。
予想通り、初日に来たとき以上に人でごった返しています。
それもそのはず、果実同士の合成で作れる「なかなかの物体」が、非常にいい材料になるということが判明したのです。
たくさんの店が並んでいますが、どの店でも果実が飛ぶように売れています。
勿論、メリムも「なかなかの物体」が欲しいのもあって、果実をたくさん買いました。
さっき500ポーションSETを買ってまで荷物に空きを作ったのは、このためだったのです。

集合時間が迫っていますが、メリムは最後に作物畑に行きました。
ここで取れる野菜は誰でも好きなだけ取っていっていいことになっているのです。

「い、急がないと……！」

メリムはいくつかの野菜を亜空間に詰め込んで、集合場所へと向かいます。

「あっ、メリムちゃんだ」

集合場所には既にルアさんとアウラルさんが来ていました。
時間はギリギリ。メリムは何とか間に合ったようです。

「す、すみません、遅くなっちゃいまし……あっ」

２人の姿を見て、メリムは驚きました。
なぜなら、２人とも荷物に持てるだけ果実を詰め込んでいたからです。
どうやら作物畑に行ったのはメリムだけのようで、その分遅くなってしまったのでしょう。

「お２人とも……やっぱり『なかなかの物体』ですかね……？」
「ええ、便利だと聞きましたので」

ルアさんがにこりと笑って応えます。

「それにしても……私達だけでこんな感じなのによく品切れになりませんねえ……」

３人で買った果実はなんと20個以上あります。
それでもなおスティルフの市場にはたくさんの果実が出回っています。
これこそがこの世界が「躍動の世界」と呼ばれる所以なのでしょうか。

「ふと思ったんだけど……」

アウラルさんがぽつり、とつぶやきます。

「こうやって合成のためにたくさんの果実が売られるのを見越して、それが嫌でアップルさんたちが逃げ出した……
　なんて、そんなことはあるのかねえ……」
「えっ……ま、まさかそんなことは……あはは……」

力なく笑うも、それを否定することはできないメリムなのでした。