ENo.1828 霊夜　代

目指した先は、国立図書館。
世界的に見ても資料の数は最大と噂されるほどの大きな図書館だ。
何でも軍事機密の資料もこの場所で保管されてるという噂もあるし。

まあ、最初っからそんなに危ない場所を調べたりはしないけどね。

「いらっしゃいませ、当館をご利用ですか？」

入った途端に受付の竜のお姉さんが話しかけてきた。

「あ、はい。えっと、ここで調べ物したいんですけど。」

「はい、でしたらこちらにサインをお願いしますわ。」

「えっ、サインが居るの！？　図書館なのに！？」

「はい、当館の本は全て禁帯出となっておりますので、紛失しないよう責任を持ってもらうためですわ。」

「き、きんたいしゅつ？　な、何それ……」

「はい、当館の本は全て、外に持ち出すことは禁止されております。それを禁帯出と申しますわ。」

「はー……」

流石、世界最大と噂されるほどの図書館だ。
中々に厳重というか、決まりごとがいくつかあるらしい。

仕方なく、名前を書いて身分証明書も出す。
本を持ち出すな以外にも、元の場所に返せここで飲み食いするな走るなとか色々と注意された。

……ちなみに、入り口を通るだけで一時間はかかった。
これで無駄骨になったら嫌だなぁ。

中に入ったら入ったで、部屋がいくつもある。
二階三階もあるみたいだし、地下もあるみたいだ。

適当な部屋に入る。
そこには本棚……いや、もう本の壁というぐらいの大きな本棚でびっしりだった。

……ちょっとまって。これどこから調べたらいいの？

五時間後。

「も、もうやだ……本の壁を見るのやだ、何か……何か調べなきゃ……！」

そんな独り言をぽつりと漏らす。

ずっと歩き回りながら背表紙のタイトルや何やらを見るのに疲れまくった。
もう本を見ても文字が認識できないっていうかぼやけて見えるっていうな何ていうか。

何かもう、別の事をして気を紛らわせたい……！

六人ほどが本を読めるような、机と椅子が置いてあるスペースに着いた。
そこに全体重を乗せて、息を切らす。

……こ、こんな罠があるだなんて…………
お、思いもしなかったッ…………！

机に顔を乗せ、だらだらと過ごす。
俺もうこのまま眠ってしまいたい。チーズ蒸しパンになりたい。
師匠の事なんてどーでもいいよーもう俺ここで眠るよー疲れたよぱとらっ……

ふと横を見る。

机の上に置きっぱなしだった、一冊の本が目にとまった。
本を手に取り、表紙を見てみると『ネメアの獅子の記録』という本だった。

……ネメアの獅子か。

疲れていたし、何か別の事に気を紛らわせたかったし。
ぱらぱらと、ページをめくってみる。

もう、何千年も前の話だ。

とても大昔に、ネメアの獅子という悪魔が存在した。
ネメアというのは地名であり、その悪魔には名前が無かった。だからネメアの獅子と呼ばれた。

ネメアの獅子はとても強かった。
ネメアの爪は全ての肉を切り裂き、ネメアの牙は全ての骨を砕き、ネメアの皮膚は全ての攻撃を弾き、
ネメアの血は全ての怪我を癒し、ネメアの瞳は千里先を見渡せたと言う。

そして、ネメアの獅子には最大の『力』があった。

魂の共振。

魂というのは、人に宿る力の源。
魂というのは、人に宿る意思の源。

その魂を自分のものにする。

魂を奪われたらもうどうすることも出来ない。
戦う意思も、逃げる意思も起こらないわけだから。

その力をもって、ネメアの獅子は世界に生きる全てを食らい尽くしたという。

そんな悪魔にも終焉は訪れる。

一人の男の元に、一人の神が舞い降りたという。
神は男に対し、この恐ろしい獅子を倒すように命じたという。
男はそれに応じ、神からひとつだけ加護を施した。
そして男は翼が生え、元の姿とはかけ離れた存在になった。

男は魂に結界を貼り、この獅子に挑んだという。
魂の共振が無かったとしても全てを裂く牙や爪がある獅子とは非常に辛い戦いになったという。

しかし、最後には男が勝利した。
獅子を三日の間、首を絞め続け、悪魔は死に絶えたという。

男は英雄として崇められることになった。
英雄はネメアの獅子の身体で自らの武具を作り、後まで使い続けたという。

ネメアの獅子の魂は全能の神の手により、遠い遠い星空に流刑されることとなった。

……これでネメアの獅子の伝説はおしまい。

蛇足にはなるが、この英雄がこの世界での竜人のルーツになったと言われている。
つまり竜人は皆、この伝説的な英雄の子孫になるということだ。

翼を切られるだけで死ぬというのも、神の加護が無くなるからという意味があるのかもしれない。

まあ、普通ならこれは只の神話、作り話と思うかもしれない。
でも、俺はこれが真実であるということを知っている。

何故なら、俺は……

ぐぅぅぅぅぅぅぅうう……！

あっ。腹減ったな。
そういえばもう昼過ぎだし、朝パンをもらってから何も食べてないや。

結局何も調べられてないけど、まあまた食べてから調べればいいや。

そう思って席を立つ。

あっ……
そういえば本は元の場所に戻せって言われてなかったっけ？

でも机に置きっぱなしだった本だしなぁ。
まあ……いいや、ついでだし本を元に戻そうか。

そう思って振り返る。

机の上には、何も無かった。
最初から何も無かったように、綺麗に、何も。

「……。」

ああ、そうか。
またあいつの仕業か。

「……はぁ、そうだね。俺ネメアの獅子の事知りたいって前々から言ってたもんね、そりゃどーも。」

とりあえず形だけの言葉を放つ。
そこには誰も居ないが、きっとあいつには届くだろう。

……でも、どうせなら俺が調べたかった資料を持ってきてくれたらよかったのに。

さて、昼ご飯かー。何食べよう。
そう思いながら入り口に戻る。

だって、この図書館では飲み食い禁止だし。外に出ないと。

そう思って受付近くに行く。

ふと、受付のお姉さんが入ってきた人に何かを手渡してた。

「はい、この図書館のパンフレットですわ。大事にしてくださいませ。」

……あ？

「ちょっと、そこのおねーさん。」

「はい、何でしょうか？」

「今の、今の何？　あの人に何渡してたの？」

「パンフレットですわ。この図書館広いですし、迷子にならないように、どこに資料が、どこに何の部屋があるかを案内しておりますわ。」

「はぁ……俺ぇ、貰ってないんだけど。」

「ええ、伺ってませんもの。」

「あぁ、そう……そうなんだ、へぇ。」

「ええ、そうですわ。うふふ。」

「ふっざけええええええええええええええええええええええええ知るか初見の奴にそんな便利なもんあるなんて知るかよおおおおおおおおおおおおおお最初に言えよおおおおおおおおおおお何だよ迷子になりまくってたんだぞ畜生壊してやるこんな国ぜってぇぇぇぇぇぶち壊してやらあああああああああああああああああああああッ！！」

……その抗議で、もう半日がつぶれた。
……まあ、入館禁止にならなかっただけ良かったかな。

宿に帰ってフレンにその事を話したら、何か目が点になってたけど。はは、はははは。