ENo.1810 エミール＝ランドール

オルゼの宿の一室、小さな木机を挟んで、エミールとシルバーは向かい合い座っている。

シルバー「さて。俺に言いたい事があるんだと？」

エミル「‥‥」

シルバー「どうした。」

エミル「‥ごめんなさい。うまく、お話できません。
言葉で表わそうとしても、どれも違う気がして。」

そう言ったきり、エミールは黙り込んでしまう。
次に出る言葉を待っても、沈黙は続くままだ。シルバーは痺れを切らしたように口を開く。

シルバー「ったく‥下手にアタマでっかちに育ったガキはお堅くていけねえ。」

エミル「え？」

シルバー「お前は、仲間の前でいいカッコしたかったんだろ？」

エミル「！？」

シルバー「それが盗賊程度に出鼻挫かれちまったもんで、悔しくて仕方ないわけだ。」

エミル「ち、ちがいま‥」

シルバー「なーんも違わねえ。そう顔に描いてある。」

シルバー「弱えだ未熟だって口じゃあ言ってたが、今まで調子良かったようだしな。
正直自信あったんだろう？強くなった、ってな。」

エミル「‥‥ッ！」

図星を突かれたからか、有無を言わせず畳みかけられたからなのか。エミールの目に、大粒の涙が滲んだ。
その様子に、シルバーは既視感を覚える。
かつて出会ったばかりの頃、目にいっぱいに溜めた涙を懸命に堪えている、どうしようもなく子供らしい表情をよく見せていた。
『このツラ久しぶりに見たな』などと他愛もないことを考えながら、師匠は弟子の視線に向かい合う。

エミル「‥そうですよ！いけませんか！？」

シルバー「なにも悪いとは言ってねえよ。自信がついたのはいい傾向だ。」

何もかも知っているような風をして、肝心な答えをよこさない。
エミールの口調は段々と苛立ちの色を帯びていく。

エミル「何言ってるんですか！
あんな大事なときに倒れたりして‥本当に情けなくて恥ずかしいですよ！
強くなれたと思っていたのなんてただの慢心で、こんなに惨めな事ってないじゃないですか！」

シルバー「‥‥」

エミル「僕はやっぱりダメなんだ。ピスケス様や皆さんだってきっと失望したに決まってる。
そうですよね‥誰にも甘えずやり遂げると誓っておいてこの有り様ですから。
自分で決めたことも、何一つ守れない！」

シルバー「‥‥」

エミル「‥何ですか！お師匠も分かっていたならどうして助けてくれなかったんですか！？
負ける僕の姿を見るのがそんなに可笑しかったですか！？」

シルバー「そういう趣味はねえが、ヘタな手伝いでも入ってみろ。お前何て言う？」

エミル「‥‥‥」

シルバー「｢俺に迷惑かけた｣だの｢一人で戦えなかった｣だの、今ウダウダ悩むのは同じだな。違うか？」

エミル「‥‥‥」

少しの間を置き、次の言葉が飛び出してこないと確認すると、
先ほどひとしきり撒き散らされた思いの丈を、ひとつふたつと指折り数える。

シルバー「一つ。少しは自分の腕を信じたんだろ？前に比べりゃむしろ有難い進歩だと思え。
それを”慢心”で切り捨てられるような次元にゃ、お前はまだ行ってねえと俺は思うがね。
別に調子に乗れって言ってんじゃねえぞ。テメーに対して素直になれって事だ。」

シルバー「二つ。”負けて悔しい””恥ずかしい”。実にシンプルだ。そいつの何を捏ねくりまわす必要がある？
甘えだ失望だのと理屈つけるこたねえ。真面目くさった被害妄想や自己嫌悪なんざ百年早い。」

シルバー「勝手に小難しく背負い込んでテメーの限界決めた気になんのは実に下らねえよ。
強くなりゃなるほど、負けて挫かれんのは当然のこった。その度に僕はダメだ僕はダメだって立ち止まるつもりか？
今のうちは恥かいてナンボってことをよーく覚えとくんだな。」

エミル「‥うううっ」

シルバー「‥要はな、ガキならガキらしい整理のつけ方をしろってこった。
似合わねえお悩みポーズなんざ疲れるだけだ、やめちまえ。もっとお得意の方法があんだろう。」

エミル「‥あううううう」

シルバー「喚く前に他に言っとく事は？」

エミル「‥‥‥
‥ずごぐ‥怖ﾞがっだんﾞでずげど‥！！」

シルバー「そうか、そいつは悪かったな。
こちとら言われなくても本当に命が危なけりゃ手は貸すつもりだ。見損なうな。」

エミル「‥うえぇええ‥っ」

シルバー「代わりにお前は、そん時その結果が不本意でも、甘んじて納得すると約束しろ。いいな？」

エミル「‥ばいﾞっ」

その返事を聞き届け、シルバーは役目を終えたとばかりに席を立つ。
狭い部屋の中で、一人残ったエミールの嗚咽だけがしばらく響いていた。
そこにあるのはただの、年相応の子供の姿だった。