ENo.1774 募集中

「…ジルの様子、いつもと違う…と思うかい？」

朝食の後、ジルからマリアを預かっていた。
前を歩くジルの足取りが重い気がして、ジルに聞こえないよう、小声でマリアに話しかけた。

「…ふぇ？…様子？あー、クリスマス近いからかなぁ。」
「え？…クリスマスに何かあるのかい？」

…クリスマス、今まで一緒に祝う様な人は居なかったので詳しくはないけれど、
大切な人にプレゼントを贈る風習がある事ぐらいは知っている。

「ジル、あれでも悪魔だからね。神様関係のイベントは苦手みたいよ？本人は認めないけど。」
「えぇっ！？…そ、そうか…どうしよう、やっぱり渡さないほうが良いかな…」
「え？何々！どしたの？何かプレゼントするの？」

マリアのテンションが上がった気がする。

「するつもりで、花を探したんだけれど…しおしおのシロツメクサしか見つからなくて…
　これじゃあプレゼントにならないかと相談するつもりだったんだけど、相談内容が変わっちゃったな…」

早起きして草原を探し回り、漸く見つけたシロツメクサを取り出す。
僕の手で握ったら見えなくなってしまうような、しおしおの小さい花が一輪。
２時間ほど探し回って、花らしい花はこれだけしか見つからなかった。
今は砂地を歩いているので、草の１本すら見当たらない。

「わーこんな世界でも花があったんだ、すごいじゃんネフィル！」

マリアだったら、この花でも喜んでくれそうだな…。

「んー…せっかく採ってきたんだから渡すだけ渡してみたらいいんじゃないかな。」
「でも、クリスマスが苦手じゃ、嫌がられないかな？探したのが無駄になるより、ジルに嫌がられる方が嫌なんだけど…。」

ジルに喜んで貰いたくて探したのに、嫌な気持ちにさせては元も子もない。

「クリスマスと結び付けなきゃ問題ないんじゃない？
　この間の手当のお礼とか何とか言っちゃえば？あいつ貢がれるのは嫌じゃないみたいだし。」

そうだった…クリスマスよりも、気持ちが先にあった筈なのに、盲点だった。
どこかで、ジルとクリスマスらしい事をしたい…と思っていたのかも知れない。

「なるほど！そうしてみるよ、ありがとうマリア！
　……あ、あのさ、こんなしおしおで大丈夫かな？何か、他の物の方が？」
「他のものねぇ…どれもこれも今の状態じゃ手に入らないし…。あのさ、ネフィル。
　あいつには伝わらないかも知れなけどネフィルがあいつのために何かしてあげたいと思っている気持ちがこもっていれば
　結局何をあげてもいいんじゃないかな。大事なのはハートよ、ハート。」

僕のハート…とか言って渡したら嫌がられそうだな…。

「…まあ…探してもこれより良さそうなものは見つからなかったんだけど…ハートか…
　……うん、何もしないより、何かして反応を見たいかも…」

ジルの事、まだ知らない事だらけだ。
どんな事を嫌がって、どんな事を喜んでくれるのか、知りたい。

「そうそう。とりあえず渡してみなさい。何かあいつが失礼なことしたら私が怒ってあげるから。」
「はは、ジルが嫌そうだったらすぐ引っ込めるよ。ありがとうマリア、とりあえず渡してみるよ。」
「どーいたしまして！というわけで善は急げ。すぐ渡す！」
「うわ、は、はいっ」

マリアに急かされてジルに追いつく。
うんざりした様子のジルを覗き込む。

「…ジル」
「…何かね？言いたいことがあるならはっきりと言い給え。」
「あ、いや、…調子が悪いなら、ちょっと休憩するかい…？」
「…」

「プレゼントです」という言葉は、ジルの不機嫌な様子に怯んで引っ込んでしまった。
少し前まで、これくらいはどうって事なかった…僕は少し臆病になった気がする。
ジルは訝しげにしていたが、休憩に賛成してくれた。

「そうしたほうがよさそうだな、休憩だ。」

思わず言った事だったけれど、なんとなく、この状況の方が切り出しやすそうだ。
ジルが適当なところに座り込み、僕もすぐ隣に座る。

「僕の方は、大分良くなったよ、ジルのお陰で…ありがとうジル。」
「そうか。それは重畳。」
「僕もジルになにかしたいって思ったけど、何も出来ないからさ…」

急だったかも知れないが、時間が経つと、きっと渡し難くなると思い、しおしおの花を握りこんだ手を差し出す。

「ジルに…いや、邪魔だったら置いてってくれて良いんだけど…」

挙動不審な僕の手の中身を…ジルは受け取ってくれた。
僕が少し体を離したのは、無意識だった。
ジルがつまんだ花を観察している。

「…これは？」
「シロツメクサ…それしか見つからなかったんだ。朝、草原に花を探しに行ったんだけど…。」
「ふぅん」

耳には自信がある僕だが、音量の小さなジルの声は、僕の心臓の音に掻き消されそうだ。
目の前に広がる砂を見つめながら、ジルが花を眺める姿を、僕は視界の端で伺う。

「クリスマスの贈り物、というわけかな？」

どうでもよさ気にしていたジルが、突然意地悪そうに笑った。

「っい、いや！クリスマスとかそういうあれじゃなくて、ほら、手当てのお礼というか、お世話になってるし…」

直前の表情を見ていただけに、不意を突かれた。

「おや、違うのか。残念だ、世間じゃ皆浮かれているというのに…君だって何が起こっているか知らないわけじゃないだろう？」
「えぇ！？だってジルはクリスマスがッ……いや、…クリスマスプレゼントは他に用意しようかと…」

クリスマス、していいのか！？

「君の贈り物のセンスなどたかが知れている、気にすることはない。」

……。
ジルはシロツメクサをいじりながら続ける。

「祝うつもりは毛頭ないが良い酒を飲んでも許される日だ。君も少し付き合え。」

酒瓶とグラス2つを取り出すジル。
…え、本当にクリスマス？

「……いいのかい？クリスマス、苦手なんじゃ…しかも君の大好きなお酒を…」
「誰が苦手だといった、少し気分が沈むだけだ。いいから受け取れ、私の気が変わらないうちに。」

…そういえば、マリアは、「本人は認めないけど」とか言っていた。
グラスを持たされる。ジルが、お酒注いでくれているのを、夢かと疑いながら見る。

「……ありがとう…」
「飲み給えよ。」

２つのグラスに酒を注ぎ終えたジルが僕に促す。

「いただきます……乾杯とかするかい？」
「やめろ、気分が悪くなる。」

ジルがグラスを傾けたのに習い、少しずつ口に含む。

「…美味しすぎて泣きそうだ…。」
「君は酒の味が分からないやつだな。この程度で美味いと言っていたら水と入れ替えただけでも美味になるんじゃないか？」
「ジルが僕にくれた水なら、美味しいに決まってるよ。」

ジルが作ってくれる料理と同じだ。
泥の塊みたいな野菜でも、水分の無いスポンジみたいな果実でも、
ジルが僕に作ってくれたってだけで、最高の贅沢。
飲んだだけ減ってしまう酒を、惜しみながら飲む。

呆れたようなジルも酒を飲みながら、シロツメクサを懐にしまった。
僕の顔が、酔いが回ったように熱くなった。