ENo.1396 めいふの

超みかん帝国（仮）と仁義無き練習試合・前編

ふのさんのパーティは次なる依頼をこなすために、セルフォリーフ北西の砂地を目指して草地を歩いていた。砂地には盗賊団が居を構えているらしい。セルフォリーフの生物の巨大化や無機物の生物化と今回の盗賊団討伐の依頼がどうリンクするのか、ふのさんにはさっぱり分かっていなかったが、盗人の逮捕は古今東西変わらないジャスティスでもある。誰が政治しとるとか思うけどがんばろう。

冬も近くで草地は黄金色で、真っ青な空に白い雲がポツポツ浮かんでいる。日が照って暖かく、パーティの面々は少々汗ばみつつも、てくてくと歩みを進める。時折、馬車や早馬が通りすぎていくぐらいの、のどかな道中である。

今回も協力体制にあるお隣のパーティとも行動を共にしていた。お隣のパーティは、シスター・リリさんとそのお仲間で、超みかん帝国（仮）というらしい（以下、みかん帝国と呼ぶ）。

☆　お隣のパーティについて

ふのさんはお隣のパーティの面々を眺めてみる。歩く人影は一人分しかいない。シスターがてくてくと歩いている。よく見ると、その左肩には思慮深そうな鳥が止まっているのが分かるし、その右手にはみかんがちょこんと座っているのも見える。みかん帝国のメンバーは、シスターのリリさん、鳥のGakuさん、みかんのいよさんの一人と一羽と一個から成り立っているのだった。

ふのさんはお隣のパーティの面々を眺めつつ思いを巡らせてみる。まずは、自分たちのことを棚の上にうんしょとあげて、それから色々と。

まあ、あれですね。変わった方々です。

リリさんは柔和で丁寧な物腰のお方です。僧衣を着て神の愛を説いているおられるので、きっと修道女様でしょう。修道女は祈りと修行と奉仕に明け暮れる女性たちのこと。カバン一つでアフリカの奥地にだって救貧のために赴きます。それも毅然とだ。あちしはシスターやマザーはリスペクトしちゃう派だ。リリさんがどこの修道院に所属しているかは分からないけれど、セルフォリーフに来たのも何かの召命のようなもんに違いない。

でも、シスター・リリの伝導手段は拳で殴ることらしいのです。そんなシスター聞いたことないな。

Gakuさんは千年生きたという鳥で、とても物知りです。平安時代から生きているとか、天狗や不死鳥のレベルです。「鶴は千年」っていいますけど、どうなんでしょう。

そういえば、らのじ和尚と一緒に旅した宇宙的存在もGakuというお名前だったらしいです。セあちしもセルフォリーフでGakuとう名の冒険者さんに出会えるなんて、すごい偶然の一致です。セレンディピティだっけ？　

あるいは、セルフォリーフのGakuさんは宇宙的存在Gakuの化身の一つなのかもしれません。様々な世界にそれぞれのGakuさんは存在するのです。あなたの町にもGakuさんの化身が住んでいて、昨今流行のSNS(ソーシャル・ナニガシ・サービスだっけ？　忘れました)でGakuさんを探してみたら出てくるかもしれませんね。

いよさんはみかん星から来たというみかん星人。宇宙人だ。いよは伊予なので愛媛な雰囲気です。愛媛がすごいのか、宇宙が狭いのか、きっと前者だ。ちっこい女の子の姿ですが、困ったらみかんに早変わり。かわいいです。お隣のパーティのマスコット・象徴的存在と言えます。

みかん星はどこにあるのかとか、みかん帝国の皇帝陛下はどこにいらっしゃるのかとか、色々聞きたいことはあるんだけど、未だに聞けてない。

…と、まあ、ふのさんはお隣さんパーティの面々についてそんな風に思っていた。

自分の事は棚の上だ。

実際、双方のパーティはカラーが異なっていた。みかん帝国は、Gakuさんが千歳で、リリさんも２０代なので、落ち着いた雰囲気だ。年上のお二方が冒険者としては初心者のいよさんをフォローする体制らしい。リリさんとGakuさんは万の物事をよくよく存知でして、パーティの目的地などもサクサクと決めちゃう。さすがは大人です。

対して、ふのさんのパーティ（登録名：こすぷれしたいきょうだい）は面倒見のよい四畳半の姉弟がリーダー的存在であるが、ゆうなの２人はのんびりしているし、ふのさんは色々と曖昧なので、テキトー分多めだった。パーティの行き先も、みかん帝国の議論を横で聞いていて、なるほどじゃあそっちにすっか、ってことで決まっちゃう。ふのさんも依頼をこなせて観光ができればそれでいいとか思っていたので、付和雷同な進路決定には何の疑問も抱いていなかった。

☆　練習試合概論

お昼前ぐらいになったころ、パーティは当留予定地に到着した。草原のただ中にあるテント村である。今日は近辺でキャンプしてゆっくりと休み、翌日盗賊団のアジトに乗り込もうという算段であった。

テントも張り終えて、お隣のパーティと一緒に昼食もすませてしまうと、フリータイムだ。早めの到着なので時間はたっぷりある。ゆうなのアイさんも読書する気であり、カンタのにーちゃんも決めポーズの練習に励むらしい。

「明日から盗賊討伐が控えているんだけど、こんなにのんびりしてていいのかな…」

陸さんはそんなことをぼやいていたが、ゆうなのお二人もふのさんも気にしない。ふのさんも食後のお茶をすすりつつ、まあいいや、お天気もいいし、夕飯の仕込みまでお昼寝でもしようかなーとか思っていた。みかん帝国の人たちだって、きっとお昼寝ですよ。

「よくないぜ！」

でも、そんなのんびりなふのさんたちに喝を入れるかのような、ななみねーちゃんの大音声がキャンプサイトに響き渡る。ねーちゃんは部活動に慣れてきてだらけ気味の後輩を叱る先輩のごとき威容であった。

何事？というふのさんたちの注目になみねーちゃんはニヤリと笑みを浮かべ、

「今日はみんなで練習試合だ」

とのたまったのだった。みかん帝国の面々もそれぞれの装備を整えて集っていた。

ななみねーちゃん曰く、盗賊たちと一戦こなす前に技の調整が必要である。だから、みかん帝国との練習試合をするのだという。リリさんも「ええ、是非そうしましょう」と乗り気だ。

しかし、練習試合って何だろう。ふのさんはむーと首をひねってみる。すると、リリさんやGakuさんや陸太郎といったパーティの物知りさんたちが講義を始めてくれた。

練習試合とは、冒険者同士の模擬戦のことであり、セルフォリーフの技能システム上の機能の一つである。技能システムが提供する練習試合においては、冒険者は一切傷つかず疲弊もしないのが特徴である。

練習とは名がついているものの、練習試合を重ねても技能の腕前は向上しない。あくまで、パーティの戦術や戦略を検討するために行うものである。冒険者達がセルフォリーフにおいて新たに技を習得する際に、その技の性能を確認するために練習試合を行うことが多い。

練習試合にも色々なやり方がある。ふのさん達が今回試すのは、マジックシールド式と呼ばれるやり方だった。マジックシールドは冒険者を覆う魔法の力場であり、剣道の防具みたいなものであった。マジックシールドで覆われた冒険者がお互い殴りあっても、シールドの反発作用で冒険者自身にはダメージが生じないようになっている。

加えて、マジックシールドには技の効果をイミテーションする機能がある。例えば、冒険者が眠りの魔法を受けたとする。セルフォリーフの技能システムで定義された睡眠魔法の効果がマジックシールド上で再現され、冒険者を眠らせてしまうのだ。この技の効果のイミテーションによって、冒険者達は技の性質を把握するのである。

ただし、その効果はあくまでイミテーションであり、マジックシールドを解除したり、破られたりした場合には、イミテーションの効果もまた消失する。マジックシールドの魔力はセルフォリーフの技能システムから供給されるため、冒険者自身が魔力を消費することはない。だから、HPもSPも減らないというわけだ。

「おー、マジックシールド超便利っすね。これ、通常戦でも使えないんっすか？」
「そうは問屋がおろしませんよ」

モンスターさんはシールドに覆われていないので、仮に冒険者側で練習試合用のマジックシールドを張り巡らせても、シールド同士の反発がないため、攻撃が通ってしまう。マジックシールドは練習試合を行おうというパーティ同士の間のみで有効というわけだ。

「なるほどー」

かくして、練習試合についての講義は終わった。ここまで入念に講義を受けたのだし、ふのさんもじゃあ試合すっかと装備を整えることにした。

「あの…ちょっと遠慮したいです…」

しかし、アイさんが練習試合に難色を示した。曰く、練習試合とはいえ仲間に魔弾を打ち込むことに抵抗があるのだという。全力の魔力攻撃を知ってる人にぶちかますのは気が引けるというのは、もっともな話かもしれない。

どうする？アイさん抜きでやるか？　そんな雰囲気になったところで、

「心配ないよ。練習試合のマジックシールドは痛みもコントロールできるから」

と、今度はこすぷれパーティの軍師的ポジショニングパーソンこと陸さんが解説を始めた。曰く、マジックシールドは技の効果をイミテーションさせるものなので、その再現度を事前に設定することができるのだという。練習試合の初心者は痛みを少なめにするのがオススメらしい。

「じゃあ、ちょっと試してみるね」

陸さんは自分のセルフォリーフ冒険者カードを指でなぞる。練習試合システムが起動したのか、薪に火がついたような魔力放出音がすると、陸さん全体に薄い緑色の色合いが被ったように見えた。マジックシールドを発動させたらしい。

「ねーちゃん、僕に攻撃してみてよ。痛みを５％に軽減にしてみたから」

ななみねーちゃんは頷いてシールドを発動させて、陸さんに相対する。２人とも少し緊張した面持ちだった。陸さんがいつでもOKと親指を立てると、ななみねーちゃんは軽く腰を落としてファインティングポーズをとり、スパンとジャブを放った。ジャブは陸さんの鼻先をクリーンヒット。

「ほんとだ！　あんまりいたくない！」

殴られた陸さんは驚き半分喜び半分といった様子だ。これならゲーム感覚で技の打ち合いができそうだ。

結局、アイさんをカンタニーちゃんが励まして、こすぷれパーティも全員で練習試合に臨むことになった。長々と解説を聞いたのだし、実践しないとな。

双方のパーティの面々が武装してそれぞれの陣営に別れ、青い空の下、黄金の草原で睨み合う。

「じゃあ、始めるよー、ゲット・レディ？」

陸さんの問いかけに、みなは頷きをもって返す。

「ゴー！」

こすぷれVSみかんの、仁義なき練習試合の始まりであった。