ENo.934 アルシア=フィアス

「はぁ……」
毎度変わらぬ旅。
最初のうちは慣れない事ばかり、
知らない事ばかりで苦労していたものの、
それが数日続けば、
飽きもするし、
変わらない事にため息が出る事もある。
特に、この世界は自分にとって…
――平和過ぎるのだから。
闘いは死と隣り合わせの己の世界。
些細な事で人が死ぬ世界。
けれど、
この世界では人は中々死なない。
更に力も体力も恐ろしいものがある。
だが、
それ故に平和過ぎる。
それが悪い事だとはいわない。
寧ろ良い事なのだと思う。
けれど――
「…自分は根っからの戦争人間って事かねぇ…」
私ではそれを持て余してしまう。
これでもし――
闘いすらも無くなったならば、
私はきっと生きていけないのではないかと思う程に。
だからこそ、
私は他人が輝いて見える。
懸命に生きる者達が。
だからなのだろう。
ほっておけばいいのに、
ついつい手を出したり、
手を貸そうとしてしまうのは。
「かといって…
　軍人にしては私は優しすぎる…」
それは、
優しさなのだと思う。
非情であるべきなのに、
非情になりきれない。
暇が出来るとこんな益体のない事を考えてしまう。
だから、
私はそんな時はじっとスコープを覗く事にしている。
祖国において来た、
愛用のスナイパーライフルについていたスコープを。
別に変わったものが見える訳じゃない。
特別なものでもない。
けれど、
私はこれを覗いている時だけは、
心を静かにしていられる。
戦地で狙撃をする時のような落ち着いた気持ちに。
――どれほどの時をそうしていたのだろう？
気がつけば日は高くなり、
声が聞こえた。
「アリア！
　今日の練習試合の相手見つかったよ。
　早く早く！急いで！」
――時間、か。
思ったよりもずっとぼーっとしていたらしい。
相手も、
仲間達も待たせては申し訳ない。
スコープを懐にしまい、
銃をチェックしながら仲間の元へと向かう。
…此度の相手はどんな人達なのだろうか。

――
今回の相手も可愛い三人の女の子達だった。
…
ここは、割と女性人口の方が多いのだろうか？
それとも、たまたまなのか――
しかし、
それよりも眼を引いたのは…
「…耳が、尖ってる？
　…やれやれ、まるで御伽話の妖精のようだねぇ。
　初めてみたよ。」
武器らしいものは蒼い髪の女の子が剣を持っているが、
残りの二人は武器らしい武器はもっていない。
妖精という事で考えると、
魔法を使ってきそうだが――
闘ってみないと分からない。
「さて、と。
　待たせるのも悪いね。
　さっさと始めてしまおうか。
　それにしても…これまた可愛らしいお嬢様達だこと。
　…姿や年で判断しちゃいけないね。
　一手ご教授願うよ。」
「本日は相手になってくれるそうでありがとう！
　三対三、今回はどんな試合になるのかなぁ…
　全力で行くよ〜！」
それにしても、蒼い髪の女の子…
――名前はルーリ・シルキー。
ルーリというらしい…
は、
元気なものだ。
その瞳は常に真っ直ぐで、
好感が持てる。
「本日はどうぞよろしくお願いしますっ」
薄桃色の緩いウェーブのかかった耳の尖った女の子…
――名前をはルナリア・ルーチェ。
ルナリアというらしい…
は、
礼儀正しいというか、
育ちがいい印象を受ける。
「始めようか。よろしくね！」
「ぴきゅー！」
そして最後の一人は可愛らしい瓜坊を抱えた金の髪の女性…
――名前はシャルル=リシーハット。
シャルというらしい。
…こちらも元気一杯で、
綺麗…と普通ならばいうべきなのだろうが、
可愛らしさが先に立つ。
どんな手を使ってくるのか。
エモさんが加速すると同時に、
シャルさんが不穏な動きをした。
何かを仕掛けたのだと思う。
何を仕掛けたのかまでは分からないが…
解除している暇はない。
気を付けて闘うしかないだろう。
そして、ルーリさんの剣が輝き、
ルナリアさんの歌声が響く。
――既に戦いは始まっている。
距離のあるうちに強化を、という事だろう。
闘い慣れしている。
やはり油断はならない。
狙撃をしてもよかったのだけれど――
「…試してみるかねぇ…」
手榴弾のピンを抜く。
だが、
これは手榴弾などではなく…
「煙幕――！？」
そう。
煙の幕。
視界を奪い、
相手のミスを誘発する。
その隙に押し切れるかどうかは私自身の体術と、
仲間次第の所もあるが…
はたしてどうなるか――
そう、思った矢先だった。
エモさんの牽制の魔法を解き放ち、
シャルさんが呼応するようにエモさんに相対した所で、
「これが私の全力ですッ！」
ルーリさんの剣が青白い輝きを増していく。
どういった原理でそうなったのかは分からない。
けれど――
その輝きは恐ろしく、
それが必殺の力を秘めているのは見てとれた。
けれど…、
その一撃は空を切る。
焚いた煙幕のせいで目測が狂ったのだろう。
振り下ろされた剣。
必殺を外された事によって起こる体の遅延。
狙い済ませたように私は手にもった銃器を鈍器のように叩き入れる。
まずまずの出だし。
この調子で押し込む…
はずだった。
「ノトリア・フォルテの力を少々解放させて頂きますね」
敵は三人。
となれば無論、
残された一人とてこの戦況をみて黙っているはずがない。
「実験と参りましょうっ」
突如襲う眩暈(めまい)。
ルナリアさんの発する魔法の光が、
視界をぐらつかせる。
その光の発生する素、
それは――
「充分な増幅が掛かっておりますので気をつけてくださいね！」
歌――
魔法の歌がこちらを蝕(むしば)む。
起された減少が、確実にこちらの力を奪っていく。
「チィッ――！」
リィンさんとエモさんの方をみやるが、
歌は広範囲に広がり、
「アイドルさんほどでは無いですけれど、
　楽しんで頂けるかしら？」
ゆっくりと、
着実にこちらが押し込まれていく。
「かくなる上は…！
　でっかい一撃、貰っておいてね！」
起死回生でリィンさんがシャルさんに強烈な一撃を叩き込み、
私も草結びの罠で陥れようとするも、
歌と、連携するように繰り出される攻撃の前に
既に体がもつ状態ではなく――
「さァ、アンタの今日の運勢、占ってあげるよ！」
リィンさんにお返しとばかりに
シャルさんがタロットを解き放つ。
リィンさんは人形達が防ぐも、
防ぎきれるようなものではなく、
人形達の防壁が崩れ、
大きく吹き飛ばされるリィンさん。
「く…！
　冗談キツイ…！
　こんな威力があるなんて…！」
「さっきのお返し。
　残念、運勢はあんまりよくないようだね！」
…それにしても、
素晴らしい一撃だった。
思わず見とれるほどに。
…私の狙撃でもあれほど綺麗な一撃を決めれるだろうか。
そう、思ったのが不味かった。
「ッ…！」
意識が朦朧(もうろう)とする。
恐らく魔力の籠った歌が、
私の脳を完全に揺さぶったのだろう。
「…大したもんだ。
　――特にそのタロットの攻撃法には驚いたね。
　見事なもんだ」
確信する。
自分はもう限界まで来ていると。
これ以上戦ったら、
恐らく後に支障をきたす。
だから――
私はそれだけを告げて意識を手放した――

――気が付いた時には練習試合は終わっていたらしい。
結果は向こう側の勝ちでこちら側の負け。
連携に個々の力。
共に向こうが勝っていた。
当然の結末だろう。
「…いや、強いね。
　お相手ありがとう。」
「こちらこそ！
　ありがとうございました！」
「どうも、
　お付き合いありがとうございましたっ。」
礼をいうと、向こうも挨拶をしてくれる。
良い人達と練習試合が出来たようで、
本当に良かった。
…やっぱり練習試合は気持ちよくいきたい。
「…それにしても…
　凄いタロットだね。
　…やっぱり投げるのは大分練習したのかい？」
しかし、それにしても気になるのは、
タロットカード。
カードを投げて攻撃するのは珍しい。
しかも、
その切れ味が素晴らしいとなれば尚更に。
「あ、これ？
　別に投げる練習をしたわけじゃなくて、
　導術っていう物体と物体を見えない線で結びつける――
　いわゆる魔法の一種だよ。」
「…魔法…ね、
　そんな魔法もあるなんて…
　いや、だから魔法か。
　…私は使えないから何やら羨ましいね。
　便利そうで。」
「確かに便利だけど別に万能って訳でもないけどね。」
そして、話を聞いてみると、
それもまた魔法の力を使ってのものらしい。
魔法というのは不思議なもの。
多彩さにおいては、科学をしのぐかもしれない。
ともあれ、
ずっと話していられるわけでもなく、
彼女達三人とは別れる事となった。
次に会う時にはもっといい戦いをしたいが――
どうなるかは分からない。
…しかし、魔法、か。
エモさんに言わせると、
私には魔法への適正が全くないらしい。
元々魔法のないとされる世界から来たのだから、
当然ではあるのらしけれど、
話に聞いた導術については、
少々魔法が使えない事を残念に思った。
だって、もし私がそれを使えたならば――
もっと効率的に狙撃が出来るのだから。

――しかし、それにしても、この島は面白い。
なんどこう思っただろう。
だが、流石に思わざるを得ない。
何故なら今回現れた敵は、
チンピラは良い。
…
だが、まさか空飛ぶたわしが出るとは予想出来なかった。
「…
　たわしだね。」
「…
　うん。たわしだね。」
「たわしはたべれない。いらない。」
頷き合う。
こんなのには負けるわけにはいかない。
戦闘内容については割愛。
一つだけいえるのは――
後に残っていたのはぼろ雑巾のように倒れたチンピラ二人と、
地面にめり込みぴくぴく微妙に動いているたわしが一つ。
まぁ、一つ言える事があるとすれば…
人としてたわしには負けたくなかった。