ENo.913 チク・タク

巨大竈馬の頭をナイフで削ぎ落とす。
通常サイズの昆虫ならば後足を持つために残すのだが何せ脅威的な脚力をそのままに巨大化したモノであり暴れだしたときの事も考えこちらももぎ取る。
昆虫に秘められたスペックは驚異的なモノが多い。
サイズを人間と同じくした場合の想定スペックは正に怪物と言って差し支えの無いモノばかりだ。
ではなぜ昆虫は巨大化しないのか、それは身体構造に原因ある。
昆虫は通常骨に相当するモノを持たず、外殻によってその形を得ている。
内部は哺乳類と違い肉ではなく大部分が体液で満たされており、その中に各内臓が直接繋がっている。
巨大化すると重量が増す、その重量をに耐える外殻は厚みが大きさに比例して増える、結果外殻の重量が増え、内臓がおさまるスペースが無くなっていく。
またその重量、巨大さによる自然界の抵抗が動きを阻害し単純な想定スペックには程遠い運動能力になり生存確率が落ちる。
つまり昆虫が巨大化するには内部構造をより上質なモノにしなければそもそも不可能なのだ。
そして丁度良いサンプルが目の前に転がっている。
頭を削がれ足をもがれた巨大竈馬は胴だけの状態になってもその動きを止める事なくもそもそと草の上で身動ぎしている。
昆虫の脳―――は頭に一つとは限らない、そもそもソレは人間よりもずっと単純なモノで簡単な指令しか出来ない。
しかしその単純さからか同じモノを幾つも作ることが容易で大体の昆虫はソレを４つ程度は持っている。
ナイフをその胴体に突き刺す、白い液体が噴出した。
外殻の厚みは4，5cmと言った所か、体長から推定していた厚さよりもかなり薄い。
突き刺したナイフで外殻を切り開く、粘度の高い体液が流れ地面にに溜まっていく。
この粘度の高い体液は血液とほぼ同じ性質のモノだ、これで内部を満たす事により神経系の伝達をより早くしている。
地面に出来た体液の溜まりにもぞりと動く細長いモノが居る。
どうやら寄生虫の様だ、黒く細いからだを捻らせている。
こういった寄生虫は宿主の神経系を乱し、宿主を乗っ取る。
蟷螂の腹部に長いからだを詰め込み水場へと誘導するハリガネムシなどの仲間だろう。
地面にもぐろうと頭部と思われる側の先を土に突き刺している、逃がして二次被害となるのも問題なのでコードでつまみ上げ焼却する。
どうやらこの寄生虫、巨大竈馬内に十数匹潜んでいる様だ。

「残念ながらコイツは食用に向いてないな」

そう呟くとテトラ少尉が通信機の先で
「当然ですぅ〜」
と気弱に答えた。

「苦手ならば態々映像を見なくても良いのではないかね？」

ちなみに矮鶏上等兵は解体し始めた直後に
「PIYOTTERに付着した体液をふき取って来ます」
と自発的にメンテナンスに向かった。

寄生虫の漂っていない場所から体液のサンプルを採取する。
簡単な成分分析ならば移動中にも出来るが詳細な結果はスティルフに設置してある機器頼みになるだろう。
三本の筒にそれぞれ体液を収め内一本を残しバックパックにしまう。
残りの一本は簡易分析する、筒の蓋に一本のコードを突き刺し数秒。

「結果を送る。」

「アイアイサー」

筒からコードを引き抜き端子に付着した体液をふき取る。

「さて、次は胃の中身だな。」

体液が半ば抜け露出した内臓へと目を向けそう呟く。

「そういえば少将、なにやら近々色々とイベント事があるらしいですよ。」

「その様だね。」

胃を取り外しナイフで切り開く、中身はほぼ植物だ。

「我々はやらなくて宜しいんですか？」

特に珍しい植物は見当たらないが一応全て別にしてサンプルを取る。

「我々の領分ではないさ、そういう事はそういう所に任せる。
　それが最も有効なのだよ。」

「そういうもんですか」

纏めてバックパックに仕舞い立ち上がる。

「ま、折角なのだから都合が合えば我々も楽しめば良いのさ。
　野盗退治が終われば時間的余裕も出来るだろう。」

「だと良いですけどねぇ、矮鶏上等兵も疲れの色が見えますから。」

「偶には一般向け映像も撮らねばいかんだろうしね。」

周囲の草を軽く刈り取り、用済みになった死骸に油を掛けライターで火をつけてその場を後にした。