ENo.9 ツィエルアーシャ・エロ＝サヴァーレン

黒い薔薇の蜜を啜る。
音を立てて吸う。

じゅる、じゅちゅ。ぴちゃ、ぴちゃ。

赤黒い花びらに愛おしげに舌を這わせてみる。
歯を食い込ませ、柔らかなそれを噛み千切れば芳醇な香り。

中心の窄まりに舌を突き込んだ。
花びらが纏わり付く感触を楽しみ、一枚一枚味わって、剥がしていく。

「…………ぁ、う」

満たせば満たすほど餓える。
胸を握り締める。ぐにゃりと柔らかく、芯など存在しないようにひしゃげる肉。
少しも気が紛れない。焦がす。

「かはぁ……」

首に爪を立てる。食い込んで血が流れていく。人並みに温かい。
本当は赤くも熱くもない。

ここには何も無い。何もない。
私はどこにもいない。

ひていのせかい。

　　　▼

「大人しく襲われてくれねぇか？」

その言葉にシャクシャクと、薔薇を食べながら胡乱な視線を向ける。
唐草模様のバンダナをした男と、巨大なカマドウマ。
薔薇は本来は蜜を、というか精気を吸うだけでいいのだが勿体ないので食べている。

「野盗の類か？頑張るなぁ」

ゆっくりと立ち上がり、小瓶を構えた。
戦闘用の薬剤の前に透明なモノを服用。これでよし。

「さて、死合おうか」
「うむ、くるしゅうないのだわ」
「何様だ」
「それでは静かに参りましょう」
「天の壱法、”天奏”を御魅せしよう」

シンは相変わらず殺る気満々で安心する。しかしエミルは何処か調子が悪そうだ。
心ここにあらずといった様子でロザリオを握っている。

「むねが痛い。痛いよ。おとなしくしてよ。」

　てんしのkiss

その言葉に応じるように魔力が人の形をとった。不定形な、人型のような存在がエミルに触れる。
触れた部分から癒しの光となり消えていくがエミルはまだぼんやりしていた。
気になるが戦闘中だ、後回しにするしかない。

「とろとろに蕩けるといい…
　蕩かす雨」

「は、禿げるぅッ！！はげるうぅッ！！！」
「意外と歳いってるのかな？」
「遺伝の関係かもしれないが、見えない以上推論だな」

降り注ぐ薬剤の雨。カマドウマを熱く溶かしていく。
草賊はギャーギャー騒ぎながら逃げ回った。みっともないが、当たっていない。
私とシンの軽口に反撃することは不可能だったようだが。

「呪を禁ず、ゆえにその魔力を頂こうか
　騎突」

シンの槍が踊るように何かを描く。神楽とかいうものだろうか。
その動きに幻惑され掻き乱された草賊とカマドウマの魔力がシンに流れ込んでいった。

半溶けのカマドウマがシンに飛び込む。

　Love embrace

「さてと、次の魔法は当ててくれるんだろうな？」

それを余裕で躱しシンは槍を構え直す。
しかしだ。なぜあの抱き付き…だと思う、あれが魔法だと解ったのだろうか。

「祝福を！」
「うお、眩しッ！」

エミルの胸元に光のような魔力が凝縮し、小さな太陽を生んだ。
それが放った光を草賊はバンダナを下げることで回避する。
カマドウマは目を焼かれて悶絶した。さっきから運のない奴だ。

しかし草賊も己を的確に狙う穂先をかわすのは難しいらしい。シンの一撃が連続で入る。
だいぶ良いところに入っているが、倒れないのは流石というか。

分が悪いと思ったのかカマドウマが標的を変えた。
狩りやすそうな（外見的に）一番弱そうなモノへ。

「きゃー！へ、へんたいー！」
「ロリコンとは救いようのない…」

エミルに抱きつこうとし、ギリギリで避けられた。
本気で嫌がられたことにショックを受けているような気がする。

驚きのせいか半泣きのエミルがイヤイヤと頭を振った。
違う、様子がおかしい。指向性を持たない魔力が漂ってくる。

「わたしのくるしみがとまらないの。だめ、おとなしくして」

　いやなおもいで

地面がのたうっている。でもエミルは地霊の能力なんて持っていない、はず。
足許から吹き出した魔力が景色を歪めている―――――？

それは腕を伸ばしカマドウマに巻きつき、じわじわと体力を奪っていく。
哀れっぽく藻掻く獲物などお構いなしだ。主人であるエミルは俯いている。

「魔を禁じ、生きることを禁ず…天来の祝福は死を持って、命の遣り直しを強制する
　天奏の七言、八舞！【結神】」

好機と見たかシンが舞った。
蝶のように舞い蜂のように刺す、というのだろうか。
柔らかい起動を描いた穂先が気がつけば草賊の脇腹を抉り抜いている。

「ぐぇ・・・お・・・？」

自身の変調に首を傾げる草賊。ぬらり輝く刃には毒が塗られていたようだ。恐らく麻痺毒だろう。
草賊には光を、カマドウマには闇を帯びて向かっていった刃が不思議だが…
もしかしてそのまま『蜂』のイメージカラーだから、なんだろうか？

そして草賊を身代わりに難を逃れたカマドウマ。
自分にアタックしてきた事に感激したのか身をくねらせシンにアピールしている。

「そういうこともあるか」
「無いと思うよ…カマドウマだぞカマドウマ」
「そうか？」
「そうだよ」

シンが一歩、動く。

　Love power　―　Love embrace

「もういやぁああああっ！」
「おい、幼女を泣かせるな。氷砕するぞ」
「ツィエルはフェミニストだな」

それによってカマドウマによる愛の力から愛の抱擁へのコンボはエミルに向かい。
弾かれたように直ぐさま反応したエミルの嫌悪に満ちた逃走劇により失敗に終わった。

シンでもエミルでもどちらかに当たればほくそ笑んでいたに違いない。
ハズレは私だ。

「磨かれた水鏡、なんてね
　反響する水面」

左掌に薬剤を落とす。出現させた水鏡はさっき食べた薔薇の香り。
それに向かって低温の魔力塊を撃ち込めば薔薇型の氷弾がカマドウマにぶち当たった。

「連れて行かないからね？救いようのない変態はゴメンだよ」
「・・・・・・」

明らかにシュンとしたカマドウマ。誰でもいいのか。
げんなりしたのも束の間、草賊がドヤ顔で何事かを詠唱する。

「食らいなッ！！」

　Rockfall

「甘い甘い。『魔女』は伊達じゃないよ」
「ぶげッ！？　このアマ・・・！」

打ち出された岩の礫は当然のように水鏡に当たって跳ね返った。
横っ面を張られたような顔にちょっと笑う。
笑ったところにもう一発、と踏み込んできたがそれも水鏡に弾かれた。
物理攻撃なら通る、なんて幻想だ。

一連の出来事にエミルがくすりと笑った。奇妙な魔力は既に感じない。
薄い唇が晴れやかに力を帯びた言葉を紡ぎ出す。

「どうぞ、天使の口づけを」

　ぶどうジュースのシャボン玉

ふわりと浮かんだのは薄紫のシャボン玉。芳醇な香りが辺に満ちた。
風など関係なく飛んでいきシンを包み込む。膜が弾けると更に強い香りが漂った。

「ちょっとお腹すいたかもしれない。何かあったかなぁ」
「そういえば料理を考えておかないといけなかった」

きゅぅん。

「あぁうぅ…」
「………終わったらおやつにしよう」
「それがいいだろう」

可愛い腹の虫にシンと笑いあう。音源は真っ赤になってあわあわしていた。
微笑を貼り付けたままシンが槍を突き出す。

「ひとまずはこんなところだ」
「御美事っ！」

カマドウマ、草賊。立て続けに刺し貫く。真っ青になった草賊の顔に限界を確信した。
対してカマドウマはまだ立ち上がれそうである。序盤の回避が効いているようだ。
そこにきっちりと追い打ちを撃ちこむ。

「そこのヒゲ。一緒に来たいのか？」
「・・・悪いねぇ。」
「そのニヒルを気取った顔、気持ち悪いんだけど」
「　　　　　」

言い返す言葉すら無く草賊は沈黙した。撃沈と言ってもいい。いいが。
ダンディズム溢れる人物ならまだしも原っぱの盗賊まがいに惹かれる奴はいないだろう。
常識的に考えて。

「くそ、ハズレ引いちまったなぁ・・・」
「女難の相が出ているぞ」
「大まじめに冗談言うよね、シン」
「じょな…？」

疑問符を浮かべるエミルを余所にシンが貫き、私が砕く。
ハッとしたように追い打ちを掛けたエミルは未だに首を傾げていた。

「つつがなく終わったね」
「大したことは無かったな。お疲れ、二人とも」
「うーん、マンダム」
「じょなんのそう、ってなんですか？おいしそうな名前…」

それはきっとジョナゴールドだ。
というのは後で説明してやるとして、崩れたカマドウマを見て小瓶を収める。
つい、とシンが槍でカマドウマを退けると力強く伸びる植物があった。

エミルが目を見開き、シンは感嘆の吐息をもらす。

「春菊…来たか」
「やった！やりましたシンさん！」
「これが噂のか。結構長かったね」
「ほんとうに、長かったですよぅ…」

涙ぐむほど喜ぶのはよく解らなかったが素直に笑顔になりエミルの頭を撫でた。
撫で、髪を掻き混ぜ、遠くで倒れている草賊に目をやる。

まだ生きている。戦っている最中には目立たない傷跡が生々しく覗いていた。
槍と氷結魔術と光振魔術を食らえばそんなものかもしれないが。

「二人共、ちょっと席を外すよ。いい？」
「私は構わないがおやつはいいのか？」
「それくらいはいいよ、これでも大人なんだからね？」
「ごはんまでにはかえってきてくださいね！」
「解ってる解ってる」

苦笑しながら軽く手を振って別れた。水の反射鏡で行き先を誤魔化しつつ。
真っ直ぐに未だ苦しむ草賊のもとへと。

　　　▲

「ねぇ、痛い？」

草賊の体を跨いで見下ろす。ぴく、ぴく、痙攣するような口元は何かを言ったようだったが聞こえない。
赤い小瓶を出して中身を振りかける。見た目はアレだがれっきとした治療薬だ。

「どうせ死ぬのならちょっと声を聞かせてほしいな」

痛そうで痛そうで熱くて温かくて羨ましい。

腰を下ろす。
生々しい傷口に手のひらを当てた。

詠唱っぽい技名と動きの名前っぽい技名と、
表現の手法に迷っております。
毎回安定してないのはそのせいです。