ENo.767 腐敗したパンのゴーレム

タルタロスの街を離れた初穂とフィルンは、連れ立って東に歩を進めた。
周辺の地図を手に入れたのだが、南と西は海で覆われておりとても進めそうも無い。

他の世界から来たという人達が、北や東の未開地に向かうらしいという事を聞いたので追っていくことにした。
多少心許ない女二人旅だったが、周りを見ると意外に女性が多かったのでそれほど目立つ事はなさそうだ。
そうして、小さな丘を越え、開けた平野に出る。

地図で分かっていたのはここまでだ。ここから先は開拓していくしかない。
陽も落ちかけてきたので、野宿が出来そうな一目につきにくい場所を探していると、不自然な物音が聞こえてきた。

少し離れた所にある、大きめの岩に隠れた茂みからだった。

「初穂！」
「は、はいっ！？」
「何かいるみたい、気をつけて。」
「わ、わかりました…っ（ごくっ）」

二人が耳をすませながらゆっくりと近づくと、音の正体がはっきりしてくる。
音から察するに複数いるようだ。

「…ぁっ…、ぃゃ…、だ、だめっ…ですっ！あっ…っ！」
「っへっへっへ、口は嫌がってもここはいい具合に悦んじまってるぜっ…。ほらよっ！啼けぇっ！」
「ぅぁっ！あっ…！ひあんっ！！」
「たーわっしゃっしゃっしゃ！」

『！？』

明らかにヤバイ様子だ。犯罪と栗鼠倫の臭いがする。
二人は慌てて茂みに駆け寄る。
すると、足音に気付いたのか茂みの方に変化があった。

「！！ちっ、誰か来やがったか。仕方ねぇ、こいつは後回しだ。ヤるぞ！」
「たわしゃーっ！」
「後でマワすから後回しなんだぜ、どうだうまいだろ？」
「わしゃしゃしゃしゃしゃ！」
「いあ、つまんないですけどね？」
「な、なにしてやがるんですかぁ！」

やけに楽しそうな馬鹿とタワシが影から出てきた。
チンピラ風の男はズボンのベルトを締めながら、こっちを見て余裕そうに笑う。

「へっ、なんでぃ、誰か来たかと思ったらメスが二匹かよ。ちょうどいいやてめぇらもそこで伸びてる奴みたいに、はっ倒してからひぃひぃ言わしてやんよ！」
「たわわっしゃー！」

「たわわって…、タワシにセクハラされるとは思わなかったなぁ…。」
「か、返り討ちにしてやるですー！」

そして二秒でノされる三下とタワシ。
チャックが空いたまま仰向けに倒れていたので、二人掛かりで性的に物理的にトドメをさす。

「ドスっと潰してっと。ふふ、棒が無ければもう立ち直れないでしょ。二度と勃たないだけにね。」
「フィルンさん、言ってる事が三下と同レベルですぅ…。」
「そんな事はいいのよ初穂。さ、襲われてた人を助けましょ」
「はいです！」

岩陰に行くとやはり女性が一人倒れていた。
ぐったりとした様子で、目は虚ろになり焦点があっていない。
どれだけの間さっきのヤツに嬲られていたのか、服はあちこちが破れ身体はヒクヒクと痙攣している。

「ねぇ、ねぇ。だいじょうぶ？意識はある？」
「うぁ…っ、ぁっ…。ぅ…」
「大分朦朧としてるみたいです。気付けしますですか？」
「うん、お願い。私はちょっと周りが安全か見てくるから。」
「はいです。」

〜　○　〜

フィルンが周囲に脅威がいない事を確認して戻ってくると、倒れていた女性は意識を取り戻していたようだ。
初穂に話し掛けられながらゆっくりと頷いている。

「良かった意識は戻ったのね。私はフィルン。だいじょうぶ？」
「私は初穂って言うです。大変な目に合っちゃったみたいですね」
「う…。あ、私は…。」

さすがにまだ曖昧な様子なのかすぐに言葉がでてこないようだ。
二人はとりあえず体を綺麗にしようとするが、粘つく液体が邪魔をする。

「うぁ…、臭いしベタベタするしひどいねこれ…。初穂何か拭くもの持ってる？」
「うーん、私もあんまり…。あ、そうだパンで拭いたらどうですか？確か消しゴムにもなるって言うぐらいですから、よくふけるんじゃ。」
「えっ、さすがにそれはちょっと…。あー、でも、これを材料にパンをつくると思えばとりあえず溜めとくのはいいかも。そうしよっかな。」

初穂の驚きの提案にさっくりと乗っかるフィルン。
常識とかもったいないとかの感覚はあまりないようだ。

「ぁ、ありが、とう…。私は柏目瑠希。ルキって、言います…。」
「ルキちゃんですね。辛い事は思い出さなくていいですから、今は落ち着いてくださいね。」
「ナイス初穂。さすがに経験者は言う事が違うね。」
「その犯罪を犯した本人が何言ってるですか…。はっ！ルキちゃんに追い討ちかけちゃダメですからね！？」
「わかってるわかってるってー。さ、ざっとだけど拭き終わったよ。」
「………。」

初穂は信じていないのか少しジト目だ。
粘つく白い液体は拭われて心持ちきれいになる。
それでも、やはりぼーっとしているルキを見て、フィルンが慌ただしく話しかける。

「まー、その、こんな世界じゃよくある事かもしれないけど、その、犬に噛まれたと思って、ね？」
「いえ…、いいんです…。これは、罰ですから…。私の犯した、罪の…」

呟くようにルキが自戒する。

「罪…、何か大変な事をしてしまったですね…？」
「はい…。だから、これは仕方ないんです…」

初穂の問いにルキが小さく頷く。
しかし、フィルンは空気を読まずルキの背中をぽんぽんと叩く

「なんにしたって過ぎた事だし、心配したってしょうがないよっ。とりあえずパンでも食べて元気だしたら、どうかな？その間に破けた服も多少直してさ…、…って、あれ？服こんな綺麗だったっけ…？」
「あ…、服は直しました…。」
「直して？」
「へ？い、いつのまに？」
「………」

ルキは再び沈黙してしまった。
あまり話したく無い内容だったのだろうか。
仕方なく、フィルンが立ち上がって声をかける。

「じゃぁ初穂。行こっか。」
「へっ？あ、はい…って、ルキちゃんも、一緒、ですよね？」
「いあ？そんなつもりはないけど？」
「えっ、じゃぁ、ここに置いてけぼり…？」
「そのつもりだけど？」
「………」
「………」
「………」

妙な沈黙が落ちる。
パンのゴーレムに良識や常識を求めてはいけない。
彼女は先に進む事しか考えてなかった。

「ほら、初穂、いこう？」
「……（ぐすっ）。うっ…、（ひくっ）うっ…。」
「えっ。えっえっ。は、初穂…？」

突如初穂が俯いてぽろぽろと泣き出してしまった。

「フィルン、さん…っ、（ずっ）…ど、どうして…、そんなっ、うくっ…、ひどいこと…っ。（えぐっ）。ル、ルキちゃん、可哀想じゃ…、可哀想じゃ、ないんです、か…（ぐすっ）」
「え、あ、そ、そういうもの…なの？」
「…私に言われても…」

初穂に泣かれておろおろとするフィルンが、思わずルキに助けを求める。
なんだかアベコベになっているが、もちろんルキに答えられるはずもない。
困ったフィルンがルキに尋ねる。

「あー、じゃぁ、その、ルキは、どうしたい？」
「私は…、私は、その…あの…。」

思う所はあるのか、何か言いたそうにしているが、もごもごと口籠ってしまっている。

「その…」
「？」

口に出せない言葉の代わりに、初穂の服の裾をきゅっと掴んだ。
それに気づいた初穂が、はっと顔をあげ、ルキの手を取る。

「ルキさん…。ほら、フィルンさん。ルキちゃんも行きたいって言ってますですっ。…それでも、置いて行っちゃうんですか…？もし…、もし、それでもダメなら…、私も、いっその事置いてってください…っ。」

初穂が覚悟を決めた顔でフィルンを見つめる。もっとも、その目は赤く腫れてはいなかったが
。
「〜〜〜っっ。はぁ…、そこまで言われたらしょうがないなぁ。分かった置いてかないよ。一緒にいこう？」
「ほんとですかっ。よかったっ。ルキちゃんもう大丈夫です。一緒に行きましょうっ」
「うん…。」

飛び上がって喜ぶ初穂と安堵したように口角を上げるルキを見て、フィルンは妙なことになったなぁ、と頭を掻くのであった。

（おちまい）