ENo.757 パン製造機械と少女

『ツンなんて無かった』
Eno.472 ユーフォリエッタ＝フォンブレンさんをお借りしましたっ
いつもありがとうございますっ！

（コン、コン）
アトリエのドアが静かにノックされる。

「すいません、リエットさんはいらっしゃいますか？」
「あ！は、はーい…っ！」

返事を受けてから、カチャッと音を立て中に入ってきたのはフィルンだ
少しくたびれ出した薄緑と青のエプロンを窮屈そうに身につけている

ここはアトリエ『しあわせ風見鶏』
隊商ギルド『カルヴァン・カランコエ』のギルドマスターであるユーフォリエッタ＝フォンブレンが営む、小さな衣装屋である

「こんにちわリエット。そろそろ服が出来上がる頃合いと案内いただいたので早速来ちゃいました。ご連絡ありがとうございます。」
「（ぼそっ）…神も仏もないよぅ…」
「へ？」
「あ、う、うぅん！なんでもないよ、いらっしゃいませふぃるるん！」

小さな声で金髪碧眼の羽娘が困った様に呟いてから、それを打ち消す様に大きな声で来客を迎える
その様子に少し不思議そうにしたフィルンだったが、あまり深く突っ込まずにアトリエにいるもう一人に声をかける

「あっ！びしゅむーーーっ！！！んーっ！はぁ〜…v 今日は一段ともふもふしてるね。あったかくて柔らかくて気持ち良いっ。どっか痒い所はないかな？ブラッシングするよっ？そう？ん〜〜〜vvv びしゅむぅびしゅむぅびしゅむぅ！はふぅ…v」
「フィ、フィルンさーん…？」

失礼、声をかけた、ではなく、飛びついた、だったようだ
アトリエ内に鎮座している巨大な狐布団にジャンプするように倒れこみ、もふもふぎゅうぎゅうと抱きつき、毛を愛おしげに撫で付ける

入ってきた時の落ち着いた様子とあまりに違う豹変ぶりに、リエットは対応しきれていないようだった
まぁ、ツンとすました表情から、一瞬にして雪が溶けたような甘え顏になってしまうのを目撃すれば無理も無いというものだろう

ひとしきり堪能するまでもふもふを抱きしめてからようやく我に返ったのか、はっとした様子で立ち上がると、スカートの裾をパッと払い小さく咳をしてリエットに向き直る

「コホン…、お見苦しい所を。それで、新しい服の具合はどんな感じでしょうか。」
「あ、ううん、そろそろ見慣れそうな気もするからだいじょうぶだよっ。それでね、服は一応ここに出来てるんだけど…、そのー…」

流石に少し赤面しながらフィルンが話しを元に戻す

リエットがこの光景を目撃するのは、既に三度目ぐらいになる
フィルンがアトリエを訪れたのも三度目なので、毎度かかさずやっていることになる。見慣れてしまうのも時間の問題だろう

そのリエットが少し言いにくそうにしているのは、出来上がったばかりの衣装のことだ
実はこの衣装、少々サイズを間違えてしまったらしい
しかし気づいた時には時既に遅く、フィルンは今こうして目の前にきてしまっていたというわけだ

「ん？じゃぁ、とりあえず試着させてもらっていいですか？あ、まだ着れないとか？」
「うん、その、もう着れるはずなんだけど…っ。実はちょっと…っ」
「あ、出来てるんですね。じゃぁ、ちょっと着てきます。」
「あっ…（あわわ）」

パッと服を受け取ってフィルンが更衣室に入っていってしまう
リエットは口を挟めぬまま渡してしまった
更衣室からはフィルンの楽しそうな声が聞こえてくる

「今回は本当にありがとうございました。今の体になってからサイズが変わったのか、ちょっと窮屈になっちゃってて。作ってもらえる事になって本当に助かりました。」
「ううん、いいんだよーっ。私もいい勉強になったからねっ。あ、それでね、その服なんだけど…」
「え？わ♪ 可愛いピンクですね。へぇ、タイツもついてるんですか。これからの季節寒くなくていいですね。んしょっ、よっ…。」

しゅるっ、ぱさっ、という衣擦れの音が更衣室の扉越しに聞こえてくる
そしてとうとうフィルンが情けない声を出す時がやってきた

「よっと、ん？あ、これはこう着るのか…。それで最後はボタンを締めれ、ば、しめっ…、んっ？締め…、って…っ。あれ？え？ごめんリエット、最後胸元のボタンが…。」
「あぁぁ、やっぱり…。ごめんなさいっ！実はサイズが測ったのと違うので作っちゃったみたいで…っ。」
「えぇーっ！？道理で閉じないわけだ…。と、とりあえず脱いで返すねっ！このままじゃ、丸までいかなくても、見えすぎちゃいますしっ」

フィルンが慌てて脱ごうとバタバタとしているのが良くわかる
その時、まるで着終わって気づくのを待っていたかのようなタイミングで狐布団から声が上がる

「ふぃるるーん。見たいわぁ。」
「…えっ…？な、なにを、かな？」
「いいから。そのまま出てらっしゃい？♪ 」
「うぅっ。問答無用だった…。は、はぃ…っ」

ガチャッと扉を開けて割と素直にフィルンが更衣室から出てくる
全体をピンクで染めた衣装に身を包み、頭には同じくピンク地でできた三角巾を乗せている

腰からお腹に掛けては皮のコルセットで絞ってあり、胸元が良く強調されている
膝上10ｃｍのスカートからは絶対領域は見えないが、すらりと伸びた足が黒タイツに包まれていた
そんなツリ目で金髪褐色肌のきつい印象を和らげるような服を着ながら、フィルンは恥ずかしそうに胸元を抑えている

「うー、これでいい？」
「手、どけて♪」
「あぅぁぅぁぅ…」

大人しく手を下ろした胸元は、ぱっくりとひし形に大きく開いていて、フィルンの肌、もとい褐色パンがよく覗けるようになっていた
狐布団はフィルンの全身をしっかりと目に焼きつけて、満足気に頷いている

「うんうん、可愛い。やっぱりいいわねん。じゃぁ、サイズは私が直してあげるから少しゆっくりしましょ。」
「え、あれ、ビシュクさん私がやりますよ？間違えたのは私だしっ」
「だいじょうぶよ。直すだけだもの。」
「そうですか？分かりました。じゃぁ、お茶でも用意してきますねっ」
「あ、それなら、ちょうど手土産にシュトレンを焼いてきたのでどうですか？」

「…食べられる物なら、頂こうかしら」

一瞬ぴくっとビシュクとリエットの動きが止まるが、フィルンが明るく否定して打ち消す

「あっ、大丈夫ですよ。私もいい加減覚えましたからっ。これはちゃんと、レシピ通りのシュトレンです」
「そう、それなら良かったわ。ようやく覚えてくれたのね。」
「そ、そんなに、ひどかったんですね…、ふぃるるんの殺人パン神拳…」
「Σだから、それは誇張された話ですってー！？」

実際はあながち間違いでもない話ではあるが、フィルンは頑なにそれを認めようとしないのであった。

程なくして簡単なお茶の準備が整い、三人でテーブルを囲む
狐布団から人間サイズに戻ってちくちくと縫いを直しているビシュクの横で、リエットとフィルンが姦しく話しを弾ませている

フィルンがリエットと出会ったのは、ここセルフォリーフに来てからだ
この世界に来てバタバタとしていたフィルンは旅の同行者も見つかり、なんとか少し落ち着いたところで、主であるビシュクの捜索を開始したのだった

そうして、人づてに噂を聞きつけたフィルンがアトリエを探しだすと、そこにいたのはほわんとした雰囲気の可愛らしい羽娘と、２M近くもありそうな巨大な狐ソファーだったのであった
何がどうしてこうなった、と思ったものだったが、その時の事を考えてフィルンが思い出し笑いをする

「…ふふっ」
「どうしたのふぃるるん？」
「いえ、さっきのシュトレンじゃないですけど、最初にスコーンを渡した時のリエットの反応は面白かったなって、思い出してて」

そう言ってフィルンはクスクスと笑っている
それを聞いてリエットが困った様に言葉を返す

「うぅっ。だって、それは…、ビシュクさんがすっごい脅すからっ」
「あら、そんなに色々言ったかしらん」
「言ったよーっ。絶対パン娘が訪ねてくるから、その時は気を付けなさいって。特にパンを持ってきてたりしたら何が起こるか分からないから、いつでも逃げられるようにだけはしときなさいって。すっごい怖かったんだよっ？」
「び、びしゅむぅ？そんな事言ってたの…？」

さすがに少し傷付いた様にフィルンが恨めしそうな目で、服を縫っている途中のビシュクを見やる
しかし、ビシュクに動じる様子は無い。平然とした表情で言い返す

「そういえば言った様な気もするわね。でも、『三途の川ガレット』や『液体金属チョココロネ』や『魔王パン』なんて物もあったわよねぇ。全部大惨事だったはずだけど、忘れてないわよ？」
「うっ…、そ、それは…、その。過去の私というか、その…」
「えっ、それ、本当なの…？」
「えぇ、まぁ…」

ニッコリと笑って追い詰めてくるビシュクに、フィルンはぐうの音も出ない
リエットに確認されても曖昧に認めるしかなかった

「これでも氷山の一角なのが困った話しよね。ま、今は真面目にやる気みたいだから今後に期待ね。さ、できたわよん」

そう言ってまとめるとフィルンに直し終わったばかりの衣装を手渡す
そして改めて試着するようにと促した

「あ、はい。よっと、あ、今度は大分胸元余裕あるんですね。うん、着やすいです。でも、ちょっとぶかぶかかも？その…、胸の辺りだけ…」
「いいのよそれで、後は勝手に合わせてくれる仕掛けだから」
「へぇ、すごいですね。じゃぁお願いします」
「えぇ、合わせるのは体のほうだけどねん♪」
「へ？」

言ってビシュクがまじないを口にすると、仕掛けが発動して小さな煙が立ち込める
するとだぶっと余りのあった布地がピンと張り、見事な乳袋を形成する
しかし、それは布がサイズを変えた訳ではなかった
サイズを変えたのは胸の方だ

「えっ、ちょ、ちょっと、びしゅむぅ！？何したの！？」
「何って、『秘儀：おっぱい増量の術』よ？これでその服を着た人のおっぱいは自動的に服にぴったりのサイズまで大きくなるわ。これで焼き間違えても安心よね」
「安心よねって、そんなところ心配しなくていいのにーっ！？」

フィルンの心からの叫びもビシュクはどこ吹く風だ
置いてけぼりのリエットは目を丸くして二人のやり取りを見つめている

「それと」
「まだあるの！？」
「胸のボタンは時々消失するから気を付けてねん♪」
「へっ、消失って…。きゃーっ！？ほんとにないーっ！？ってこれじゃ縫い直す前と変わって無いよ！？」
「めでたしめでたし」
「Σこんな終わり方ーっ！？」

（ちゃんちゃん）