ENo.710 オデコとジイヤ

「ゲット・リンク」

「――ふうっ。」

緊張を解いて大きく息を吐く。
夜中はだいぶ冷え込むようになったが、それでも少し汗ばんでしまっている。
数日前からこっそりと行なっているクリューソスの基本動作の反復練習。
とっくにバレているかもしれないけれど、おかげで動きは少しずつはマシになってきている……と思いたい。
何かこう、もっと秘密の特訓のようなことができればいいのだけれど、それでは駄目なのだ。
一度きりのリンクス・リングで意表をついて勝てたとしても、それでは自分が納得できない。
サクラリッジ・バロックヒートに大見得を切った手前、実力で彼女を越えなければならない。
それに、そもそもは救援としてこちらに来ているのだし、コンスタントに戦えるようにならなければまた迷惑をかけることになるだろうし。
そういえば、足を引っ張らないとも言い切ってしまった気がする。
……何にせよ、先は長い、なあ。

気分を切り替えて、再びトレーニングモードでクリューソスとリンクする。
ブン、という駆動音と共にクリューソスが構える。
自分の魔力をクリューソスに伝達し、マジックサーキットで増幅、更にその魔力を前方に放つイメージで――

「――マテリアライズバンカー・ショット！」

半物質化された魔力が、前方の土を削り飛ばす。
さすがに、非戦闘時であれば問題なく扱えるようだ。
魔力を半物質化して撃ち出すマテリアライズバンカーは、武装を失っても使えるという意味で便利ではあるのだけど、自分の集中力が高い状態でないと安定しないため、実際の戦闘ではあまり頻繁に使うことはできない。
これも、繰り返しているうちに慣れていくのかしら。

続いて、少し億劫な気持ちで新しい武装をセットする。
――サイコ・アンプリファイア。
言うならば精神攻撃を可能とする武装なのだが、どうにもうまく扱うことができない。
敵意を飛ばすイメージだと言うものだから、昨晩はずっとサクラリッジ・バロックヒートに撃つつもりで試してみたのだが、さっぱりうまくいかなかった。
……やり方が悪いのか、イメージした相手が悪いのかはわからないけど。
仕方がないので今日は違うアプローチで試してみることにする。
仕様書を見ると、元々幻覚魔法を魔術的素養のない者でも扱えるように機械化したのがルーツとなっているらしい。
それならば、入力部分を直接行えばもしかすればもしかするんじゃないかと、そんな風に思ったわけで。
あとイメージする対象も変えようと思う、もっと心の奥底から腹立たしい相手――ワンダ。
ピース様の手を払いのけた、あの瞬間をイメージすれば……！

「マジックサーキット・ダイレクトリンク……Psy-A ファントム！」

ガリッと、大きな音をたてて不可視の刃が土を削り取る。
はじめての成功……なのだが、どっと疲れが出た。
ここまで続けて自主練習を続けていたのもあるが、これもそうそう乱発できるようなものではないようだ。
それにいけ好かない相手とはいえ、そういう気分でい続けるのは……正直あまり楽しいものではない。
もっと自然に、使いこなせるようにならないと、ね。

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そうしてオリヴィアは一息つくと、この数日かけられた言葉に思いを馳せた。

直哉「それ頼りなすっげえ無責任な感想だけど、コネってトコに葛藤しながら伸びてくお嬢様って、なんだろう、スゴイ伸びるような気がするよ！
なんてーか、あー……そのさ、物凄い成長の兆しって言うのかな。先輩いっぱい居るみたいだし、周りも伸ばしてくれそうだよね」

オガワナオヤ――アンテセラの世界に随分と興味を持っているらしい少年の言葉は、彼女の心を力強く勇気づけていた。
確かに根拠のない無責任な発言ではあったが、その底抜けにポジティブな考え方は、失敗したばかりの彼女の気持ちを救っていたのだった。
その態度から、嫌味も何もなく言っているのがわかるために、彼女自身も比較的素直にその言葉を受け入れられていた。

レイラ「同志オリヴィア・デフォール・コルストフィア。　以前の放送では残念な結果でしたが、成長に期待してますよ」

レイラ・ゼロスフィナ・ロストヴァ――既に引退した身ではあれど、一時代を築いた偉大なリンカーの一人。
期待しているという言葉が社交辞令なのか、本心からのものなのか、それを判断するすべをオリヴィアは持たない。
だが少なくとも、目をかけられているという意識は、彼女を奮い立たせるには充分だった。

シオン「…でもね、オリヴィアちゃん、できない事があるのも、どうしたらいいか分からないのも、サクラねーさんは分かってるよ。分かった上で、気が強いの褒めてたし、ちゃぁんと立派なリンカーに鍛え上げてやる、って言ってたよ。
今できる事は少ないかもしれないけど、まずはサクラねーさんと、ついでにシオンを信じる所から始めて欲しいな。」

そしてシオンの、この言葉。
オリヴィアがサクラリッジ・バロックヒートを嫌いになりきれなくなったのは、おそらくこの話を聞いてしまったからであろう。
その結果今の彼女にとって、気に入らない相手というよりも認められたい相手となりつつあるのだが、その自覚はまだない。
だが何よりも、信じる所から始めて欲しいという言葉が、オリヴィアの胸に暖かく留まっていた。
同年代と深い信頼関係を築いたことのない彼女にとって、信じるということは恐れでもあったが、他に代え難い喜びでもあった。
同時に、弥蛇山まりに言われた言葉を思い出す。

まり「自らをリンカーと断言して下さい。ワタシたち機械にとって、ことリンクスにとって
リンカーに所有を認められないことほどの悲劇はないのです。
ワタシたちは人間を守り、為に傷付くことについて不遇と嘆くことはありませんが」

まり「そうして守ろうとしている相手が己に疑問を抱くようでは拠り所がなくなってしまいます。
もっと信じて欲しいのです、迷わないで欲しいのです、でなければワタシたちも道を誤ります」

道具は道具であり、リンクスはリンクスであり、それらに心というものはないのだと、そう考えていた。
だがリンクスを相棒と呼ぶ者、パートナーと呼ぶ者、その呼称は様々だが、自分のリンクスをそう呼ぶ皆がリンクスと心を通わせているように、オリヴィアには見えていた。
自分にもそれができれば――今よりも、成長できるのだろうか。

オリヴィア「ねえ、クリューソス。アタシがアナタを信じれば、アナタは応えてくれるの？」

《Operating System》
『――Get link.』

オリヴィア「ふふ、返ってくるのはシステムメッセージだけなんだもの。
……アタシにはまだ、わからないわ。」

試しにリンクしながら声をかけてみたが、その調子は変わらない。
けれど以前よりかは、リンクスを信じるという考え方に違和感は感じなくなっていることに、オリヴィアはまだ気付いていない。

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随分とゆっくりしてしまった。
汗ばんだ身体がすっかり冷え、ブルッと身を震わせる。
早く戻って暖かいシャワーを浴びよう、そしてジェームズの淹れた紅茶を飲んで、それから――
と、そこまで考えてから、ふと思い立ちクリューソスにコツンと額を当てる。

（また明日、ね。）

意味はないかもしれないけど、なんだか今日はこういうことをしたくなった。
本当に少しずつだけど、変わっていく。
少しずつだけど、繋がっていく。