ENo.456 臥待外法之助

アイリーが野営地に戻ってきたとき、ハルと外法之助が何事か話し込んでいた。

「うーん、僕はそういう事、よく分からないなあ。その人も見た事ないし」
「そうか」
「ごめんね」
「いや、いい。お前はおそらくそうだろうとは思っていたが、念の為だ」

焚き火の側で何か話している二人の雰囲気――いや、ハルはいつも通りだ。多少申し訳なさそうな風情はあったが、いつも通りだった。ただ、外法之助の雰囲気が少し違っている気がして、アイリーが様子を見ていると、彼が戻ってきた事に気付いたハルが「あ、アイリー君」と声をかけてきた。
それを切っ掛けに、何となく止まっていた足を動かし、二人の方へ近付いて行く。

「何か変わった事でもございましたか」
「ううん、あ、僕そろそろ見回りの時間だから、一周してくるよ」

ハルが銃を片手に立ち上がり、定時の見回りに出て行く。
静かで規則正しい足音が遠ざかると、野営地に響くのは薪の爆ぜる音だけになった。外法之助は焚き火をじっと見詰めて黙りこくっている。酷く静かで妙に居心地が悪い。
手持ち無沙汰だがいきなり鞄を弄り出すのもどうかと思い、アイリーが焚き火の側に腰を下ろす。
ふと、外法之助が顔を上げた。

「アイリー、お前、界を渡るのに慣れているな」

唐突な質問にアイリーは二度ほど瞬きをした。
端的な聞き方だ。外法之助もアイリーが別の世界から来ている事を既に知っているし、お互い、初めて異世界に渡ったとは口が裂けても言えないほど、様々な事への対処に慣れがあるのも、短い間に知り尽くしていた。

「まあ、慣れていると言っても差し支えはないかと。そういう事も含めて、色々な事を行う機関の様なところに所属しております事は、以前お話しした通りです」

アイリーは軽く肩をすくめる様にして答える。所属する『庭園』の事は外法之助にも話してあった。

「そうだな……。……おい、聞きたい事がある。……妙な男を、見かけた事はないか。どこかで。噂でもいい、そんな男が居る、と」

どこかで、というのは、どこかの世界で、と言う意味だろうとは察したアイリーだが、思わず怪訝な顔をした。

「妙な男、でございますか？」
「ああ。……全身に傷跡があって、いつもいつも、わけの分からねえ独り言を言いながら、ふらふらとあちこちをうろつきまわっている」
「そ、れは、確かに妙な……。というか、あの、いわゆる不審者ではありませんか？」

アイリーのもっともな指摘に、外法之助が初めて少し笑った。よく考えると、この話を始める前から今まで、全く笑っていなかったのだと気付いて、アイリーは何故か背筋が少し寒くなった。

「確かに、不審者だな。気狂いだ。だが俺たちのような『探索者』だの『冒険者』だのがうようよ居る世界なら、そう変でもねえだろう」
「ああ、確かに」
「黒目黒髪、背は俺より高くて、異常に痩せている。上半身は裸、勾玉をひとつ首から掛けていて、腰から下は袴と鎧。そしておそらく、両手に刀を持っている筈だ。……あと、術を使う」

妙な男とやらの風体を頭の中で想像して、その異様さにいささか絶句していたアイリーだが、外法之助の声音に引かれて、彼の方を見た。低く憎々しげなそれは珍しい。

「術師としては、腕が立つ。腹に据えかねるが、認めざるをえん。……ずっと捜しているが、目くらましを何重にも張り巡らせてあって、見付からねえ」
「それはそれは……。ずっと捜していらっしゃると言うのは、世界をも渡って、と言う事でございますか？」
「ああ、ここにもそれで来た。これだけ異世界からの来訪を歓迎している界だ。紛れ込んでるんじゃねえかと思ってな」
「成る程。確かにあちこちに救援依頼を出しまくっているようですし、渡りやすいと言うのはあるかもしれません。そして渡ってきても目立たない、と」
「そうだ。……アイリー、どうだ？」

暫くアイリーが考え込む。どう答えるべきかを一瞬迷ったが、これに関しては、何か駆け引きをしようとは思わなかった。手札が一切なかったからかもしれないし、何より、外法之助の様子が常と違ったからかもしれない。

「申し訳ございません。わたしの記憶にある限り、そのような方をお見かけした事はございませんし、噂も、聞いた事がありません。高位の術師なら何人か聞き及んでおりますが、その中にも、該当するような方は思い当たりません」
「……そう、か」

外法之助は溜め息混じりに頷いた。
半ばこの返事を予想していた気もするし、予想しながらそれでも期待していた気がする。

「……あの、長く捜していらっしゃるのですか、その、お方を」
「……、……ああ、長いな。随分長い」

躊躇いがちなアイリーの問いに、苦笑めいた笑みが外法之助の口端に滲んだ。
ああ、そうだ、随分長く捜している。