ENo.402 天戸水鏡

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焔の月 2日目 PM7:00

用事を済ませ拠点に戻ってきた俺は、持ち帰った荷物を玄関先に置き、ミカの姿を探した。
広いエントランスには誰も居ない。それに、宿舎の方にも明かりは付いていない。となると――
ラボに向かって歩いていくと、案の定機械の駆動音がその中から聞こえてくる。
中を覗くと、ミカがカチャカチャと音を立てて、何かを弄くっている様子が目に映る。

「何をやってるんだ？」

後ろから声を掛けたが反応はない。
ミカが使っている作業机は、車椅子に座っていても使いやすいように下部が空洞になっている。
ラボに設置されている機械群にも手すりやスロープが備え付けられていて、何かと気の利いた作りになっているようだ。
こういうのをバリアフリーって言うんだったか？
その点、ミカにとっては慣れ親しんだ大学の設備よりも都合がいいのかもしれないな。
こちらに気が付かないほど作業に没頭しているらしく、無防備な背中をこちらにさらしている。

……にしても、ここまで無警戒なのも珍しいな。
実家のごたごたが関係しているのか知らないが、ミカには警戒心の強い部分がある。俺が戻るまでこの広い建物に一人きりだというのもあるのだと思うが。
ラボの中を見回してみて、なるほどと思う。
何かと制限が多く、利用し辛かった研究室でも暇があればずっと引き篭もってたミカのことだ。使いやすく、際限なく自由に活動できる場所を与えられて、少し浮かれているのかもしれない。

（……少し、からかってみるか？）

鼻歌でも聞こえてきそうなミカの様子を見ていると、ふとそんな考えが頭を過ぎる。
……いや、コイツは昔から、そういった冗談に対して容赦が無い。
以前、横からわき腹をくすぐってみた時には、割と本気で命の危険を感じた程だ。
ミカの机の上にはドライバーやらトンカチが置いてある。
……攻撃は避ければいいだけだが、凶器を振り回されてミカが怪我をしては話にならない。子供じみた真似は止めておく。
それよりも、俺はミカがこれほど夢中になって、一体何を作っているのか。その方に、俄然興味を引かれた。

一体なにをやっているのかと、ミカの肩越しからその手先を見てみる。
ミカは救命胴衣らしき赤いゴワついたジャケットに、なにやら黒い機械を取り付けている所だった。
そのジャケットらしき物は、全体的にゴテゴテしていた。まるで、救命胴衣から防弾ジャケットに改造されているような感じだ。
……なんだ、これ。

「鉄板……
　いや、アンテナか、これは」

胸ポケットの辺りには、小型のトランシーバーらしき機械が付いている。
ガッチリ固定している所を見ると、取り外したりは出来なさそうだが……
背中にある鉄板のような部分も強度を上げる目的ではなく、よく見ると開閉式の装置のようだ。

「あ、翔太。おかえりなさい。
　ちょっといま、改造中」

訝しげに見ているとミカがこちらに気が付いたようで、少し慌ててそんな風に返して来た。

「なんなんだ。これは」
「ええっと。こっちは通信用の端末で、こっちが受信機。
　で、これが中継ポイントを管理する部品で――」
「……いや、そういう意味じゃなくてだな。
　これは、何をする物なんだ？」

指を刺して的外れな解説しようとするミカを、手で制して止める。
ああ、とミカはそこでようやく合点がいったようで、地面に置いてあるマンホールのフタみたいなものを指し示した。
……？
その顔は『これで判ったでしょ』とでも言いたげだ。

「いや、全然意味がわからん。救命胴衣とかなのか？　これ。
　こんなものに通信機を付けてどうするんだよ」
「ええと、街で売ってたぶっとびスティルフ、って道具があったでしょ？
　翔太も見てたと思うけど。
　あの原理を応用して、作ってみた。
　これがあれば、街の外に居ても一瞬で戻ってこれるんだって」
「へえ……って、おい。金はどうした」

俺も街の売り場はだいたい見て回っていた。
確かにぶっとびスティルフという名前の、ふざけた商品があったのを記憶している。
見た品は袋に入って中身までは判らなかったが、この形を見るにパラシュートのようなもの、だったのだろうか。
だが、ぶっとびスティルフは少々値が張る品だったはずだ。この世界の通貨は、俺達が使っているソレとは全くの別物。
昼間見て回った時は、流通している品物を確認する程度しかできなかった。

このラボの倉庫には、俺達の世界で実験や研究に使っていた様々な物品が揃っている。
だが、この世界の通貨は用意されていない。
保存の利く食料はある程度備蓄されていたから、新鮮な物が食べたければ自分で稼げ、ということなのだろう。

だから、セルフォリーフの品物は、まだ買ったりは出来ない。
ラボにある道具や機械で作ってみたと言っていたが、部品があっても道具の中身も判らずに同じ物を作れるはずがない。
こいつは、どうやってその中身を知ったのだろうか？

「お店の人に聞いたら、自由に手に取っていいって言ってたから。
　借りてきて、分解して、もう一度組み立てて。
　それでさっき返してきた」

だから、これは私が作った複製品だよ。とか真顔で言い放ってくる。
いや、待て。

「……お店の人からは何も言われなかったのか？」
「うん。服を置いてきたから。それでいいって」

はぁ、と俺は溜息を付いた。
言われてみれば、ミカと別れた時に来ていた厚手のストールを今は付けていない。
確か、あれはミカの兄が買った物で、それなりに上質な物だったはずだ。ミカが自分でそう言っていたことを思い出す。

「……大事なもんじゃなかったのか？」
「うん。でも、背に腹は変えられないし」

ミカは『必要なことだったから』と後悔する様子もなく言った。
俺は着ていたジャケットを脱いで、すっかり冷え切っていたミカの肩にそれを掛け、そうか、とだけ答えた。
意固地な所もある。いまさら何を言っても無駄だろう。
俺はその事については諦め、ミカが複製品と言っていたモノについて、詳しく話を聞くことにした。
それだけの価値があると判断した、その理由に付いて聞いておきたかったからだ。

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水鏡の言った説明を掻い摘んで解説すると、このジャケットは何度でも使えるようにしたぶっとびスティルフ、ということらしい。
元々、そのアイテム自体が記憶してあるポイントへと戻る小型のロケットのようなものらしく、使用者を引っ張って宙を舞い、記憶してあるスティルフのある場所へと帰還するように出来ていたようだ。
ミカはその仕組みを応用して、記憶してあるポイントへとより精密に、無事に着地できるポイントへと誘導するよう設定した。
更に中継ポイントを設置することで、拠点から中継ポイントにぶっとぶ事も可能としたらしい。つまり

「……つまり、一度行った場所へは簡単に移動できるってことか」
「ちょっと違うけど。
　大体は、そう。
　実際に行って記録さえしておけば、いつでも行けるはず。
　あんまり連続運転も出来れないけれど、一日に一度、往復するくらいなら大丈夫」

なんとも現実離れをした機械のようにも思えたが、俺は余り気にしないことにした。
道具として安全に使えるのならば、それで構わないと思ったからだ。
それに安全性についても、ミカならばその辺りは人一倍気をつけているだろう。

確かに、これはセルフォリーフを調査していく上で最重要ともいえる。
ミカの移動手段は主に車椅子だが、充電はラボでしか行えない。
携帯型の充電機はかさ張る上に限界がある。
定期的にラボへ戻ってくる必要があった。
ミカの話に納得すると、俺はミカを探していた本来の理由を思い出した。持ってきた”荷物”を、玄関先に置きっぱなしにしていたのを忘れかけていた。

「ああ、そうだ。ミカ。部屋って空き部屋がいくつもあったよな」
「部屋……？」

水鏡が不思議そうにして、翔太へと聞き返す。

「うん、本館を見て回ったときに空いてる部屋がいくつもあったよ？」

翔太も一緒に見て回ったんだから知っているでしょ、と視線で訴えてくる。

「……あ、貸家にするとかはダメだよ。
　お金が無いのは判っているけど。管理は出来ないし、ラボもあるから管理人も雇ったりできないよ」
「ん……　いや、実はひとり――」

俺がそう言いかけた時だった。

「ンモー！ショウタサーン遅いデース！
　見テくだサーイ！身体ノ芯まデ冷え切っチャいましタヨ！」

唐突に、ラボへと胡散臭い方言の、神父風の男が闖入してきた。

「…………！？」
「……ったく、待ってろって言ったのに……」

その”お荷物”――ガルクがこちらへと近寄ってくると、俺の隣に居た警戒心剥き出しのミカを見つけ

「オヤ？　可愛らシイお嬢サンでースネー！
　ハジメましテ！私はガルク・ユニバースと言イマース！」

笑顔でミカの頬にその――冷え切った――手をペタリと貼り付け

「お、おい……！」
「〜〜〜〜――――！！？！！？」
「アハハ、軽いスキンシップでスヨー！
　……ア、ちょ、チョット！？
　刃物ハ！　刃物ハあぶナイでスヨー！？」

無言でスパナを投げつけ、マイナスドライバーを振り回すミカを見て、俺は深く溜息を付いた。
――最悪の対面だ
とりあえず、俺はそれらを見なかったことにして、宿舎に戻ることにした。

「アッ！　チョ、チョットショウタサーン！
　助け、助ケテー！」

なにやら悲鳴が聞こえてくるが、気にしないことにする。

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セルフォリーフ一日目は、こうしてドタバタのまま幕を閉じる。
翔太は部屋で仮眠を取り、ガルクも適当に部屋を決めて休んでいる。
ただ、ミカの居るラボからは、朝日が昇るまでずっと照明が付いたままだった。

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焔の月 3日目 AM7:00

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