ENo.3324 リオゼラ

───タルタス

出発した当初から、そんなトントン拍子に事は運ばないだろうとは思っていがた…。
存外早く戻ってきたものだと思う。

いつのこと、というのは記憶していない。
ただ、タルタスという街の状況を把握してまず始めたのは、生活圏の確保だったことは覚えている。
ただ風雨をしのげればそれで構わなかった。

朽ちた礼拝堂、物置小屋…場所は転々とした。

時には、「そういった」仕事をこなした報酬で、宿をとったこともあった。
…必ず他人が傍にいる、という違和感に耐えきれず、そこを住処にすることはなかったが。

そして最終的に落ち着いたのは、街外れの廃墟の屋根裏。
入口はがれきで埋まっており、動物でもなければ通り抜けるのは不可能な状態である。
隣の建物を経由して、初めて辿りつけるこの部屋は、なるほど絶好の隠れ家ではあった。

─元々は一度組んだ老人が使っていた部屋だ。
気に入られたのか何なのか、それ以来何かと仕事の口を与えられた。
その縁で、病に伏した老人を看取ることになったのはまだ記憶に新しい。
今際の際に、部屋は好きにしろと伝えられた。

まあそのまま言葉に甘え居座っている。

部屋は老人がいた時のまま、そう変えてはいない。
持ち込んだ本が少々増えた程度だ。

住人が変われば部屋の表情も変わるというが、俺にはその部屋はいつまでたっても他人の部屋のままだった。

───とまあ、そんな御託をこねても、そこは今では名目上自分の住処ではある。

…次の出立までそこに戻らないという選択肢はそもそもないのだが。

ギルドには街に入った後の自由行動を伺ってはおいた。

まあどんな答えが帰ろうと気にするつもりはなかったが。

…いつまたここに舞い戻るかわからない以上、あまり自身の手の内は明かさない方が得策に思えた。

と

街に入った手前
先を歩いていた影がぐらりと揺らぎ、そのまま地に伏すのが見えた。
同行していたと思われる赤毛の女と白い髪の…女の姿をした何かが、驚いて声をかけている。

見れば二人も健康と言える状態でもないようだった。

街の入り口付近で倒れた事により、ざわざわと住人達が集まりだしている。

…集団で行動している今この場で…という輩は流石にいないだろうが、療養先で襲う算段を立てるであろう輩、恩を着せようとする輩を呼び寄せそうな気配であはった。

─結論から言えば
このままここで見世物になっているのは得策とは思えない。

フェアーに獲物を押し付ける。
そしてそのまま倒れた影…もとい赤毛の男を担ぎあげた。

同行の二人と駆けよってきたゲオルクには、現状を軽く説明し後に落ち会う場所を伝え…

その場からの離脱と至った。

獲物を押し付けられたフェアーも、わずかな逡巡を見せたが、嗅ぎ回ろうとする輩を牽制しつつ、そのまま後に着いてきたようだった。

───誰も招く予定のなかった部屋に数人が詰められている。

部屋に辿りつき、赤毛の男…ファングをベッドに寝かせたのを見届けると、フェアーはゲオルク達に状況を知らせに行く、とそのまま部屋を後にした。

俺も同行しようと立ちあがると…病人を放置しとく気か、たしなめられた。

後を着けてきた相手がいたようには見えなかったが…手負いの相手を抱えているなら、当然の配慮なのかもしれない。

まあその間、怪我の治療やら防具の繕いやらに時間を割けたことは僥倖だった。

そして先程、落ち会うだけにしては妙に時間をかけて戻ってきたかと思えば、フェアーは自身の買い物もついでに済ませていたようだった。

寧ろ、落ち会う方がついでで、その買い物こそが目当てだったのだろう。
袋から溢れんばかりの煙草をどの程度で吸いつぶすのかは想像もつかないが…まあ存外に早く荷物が軽くなるのは目に見えていた。

───至る、現在。

ついで、と渡された具の少ないスープを温め直し部屋に戻れば、フェアーはソファーに全身を任せ、転寝しているようだった。

近づいてそのまま観察していたところ

「……なんだよ」と不機嫌な声が湧く。

特に意味はない、と告げればそのまま無言で顔をそむけた。

…何か問題があるんだろうか。

そのまま、ファングが眠るベッドへと近づく。

そういえば自身のことにかまけている間、特に様子は見ていない。
連れてきた段階ではやや苦しげな呼吸をしていた気はするが…。
生憎それを落ち着かせる薬は所持していなかった。

……ちゃんと生きているんだろうか。

そんな疑問を抱きつつ、ベッド脇に立った。

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…丁度そのタイミングで目を覚ましたファングは、案外意識も意思もしっかりしていたようだった。

正直同行を止めるつもりも義理もない。

ギルドという集団でいる限り、そして設立者がファングの関係者である限り、まあみすみす置いて行くという選択はしないだろう。
彼らはこの世界から出よう、という意思を同じくして行動しているのだから。

ゲオルク達に受け渡すまではしばしこちらで面倒をみることになるが…まあ特に影響はないだろう。

死んだらそれまでだ。

ここの主だった老人のように、地に葬るだけ。

と、壁に貼られた、若かりし頃の老人の写真に目をやる。

隣に写っているのは息子だと、目を細めて話していた。
丁度俺と同じくらいの年に死んだとも。

たった一度組んだ男に部屋を譲った老人の気まぐれの意図を、俺は未だ知らない。