ENo.3026 鈴音　鈴音

───鈴音さん、起きろって鈴音さん

───……今日は少し、調子が悪いのでーもう暫く寝かせて下さいー……

───あいつら、もう二人で狩り行ったぞ

───はい？

●

「なんで起こしてくれなかったんですー！？」

叫びながら跳ね起きると、目の前には心配そうなのかびっくりしてるのか、よくわからない悪霊テレサが

いた。
目の前には違う人がいるはずだったが、ほんの少しだけ考えて。

「……あー、夢ーですねー」

懐かしい声が聞こえたと思ったが、こんなところにあの少年がいるはずもない。
彼に対してはあまり感傷を抱いていないつもりだったのだが、あの三人の中で一番最後に別れた相手なの

だから、無意識に何か思うところがあったんだろうか。
とはいえ、あまり考えても浸ってしまうだけなので、気持ちを切り替えることにしよう。

「テレサさんー、おはようーございますー」

落ち着いたので挨拶すると、こちらが跳ね起きたときの動揺も落ち着いたらしく、相手も挨拶らしき動作

を取った。
まだ少し感覚が鈍いので一伸びして身体をほぐし、立ち上がろうとしたところで、足に毛布が掛かってい

る事に気付いた。

「……？あらーらー？」

昨日寝たときのことを思い出そうとするが、記憶にない。
ダメージが重かったので、落ち着く前に倒れてしまったんだろうか。
そもそもいつもは、昔の習慣で普通に地面に転がるだけで寝ているので毛布も何も使わない。
ということは、誰かが私が倒れてから世話をしてくれたことになる。

「もしかしてー、テレサさん私がー
起きるまで看ててくれたんーですかー？」

そういうことをする霊には見えないのだが、もう一つの同行者のカラーヒヨコには出来ないだろうし他に

はいないだろう。
この悪霊もたしか一時的に消滅するほど消耗していたが、大丈夫なのだろうか。
悪霊から返事は無いが、代わりに反応があった。

「あらー、また手ですかー？」

悪霊から手がこちらに一本伸びてきて、何かを受け取るのを待つかのようにその手のひらを出された。
少しだけ考えて、すぐに気付く。

「あー、お砂糖欲しいんーですねー」

右肩の装具から、明らかにそこにしまえるサイズではない容器を取り出し
その中身を大さじ一杯、悪霊の手のひらに落とす。

「お砂糖欲しくてー、お世話してたんですかー？」

私に出させなくても、荷物を漁れば砂糖は見つかっただろうに。
律儀なのかバカなのか、よくわからない悪霊だ。
私からそれを受け取った手がまた悪霊の身体に戻ろうとするが
容器をしまおうとしてそれに貼られたシールを見た。
そして丁度、悪霊の手が身体に納まったときに自分が見た事実を伝えた。

「それー、お塩でしたー」

●

何が起きたかは今は誤魔化すが、起きてしまったことは仕方ない。
砂糖は平気でも、塩は良くないのはやはり正しかったらしい。
幸い、自分にはまだカラーヒヨコがいる。
決して一人ではない。

「ぴよー、ぴよぴよー」

カラーヒヨコは近くに座ってはいるが、今のところ完全に無視されている。
ヒヨコの言葉はわからない、しかしコミュニケーションを取ることは大切だ。
座って包丁の手入れをしつつ、適当にぴよぴよ言っておく。

「ぴーよーぴよー」

傍目からは包丁が無尽蔵に湧いて来るように見えるだろうが、そういうわけでもない。
数には限りがあり、投げたものは後で回収しなければ、すぐに足りなくなってしまう。

「ぴよぴーよーぴよぴー」

「すみません、さっきからぴよぴよ気持ち悪いんで黙ってもらえます？」

丁度手入れをしていた庖丁を、反射的にカラーヒヨコに投げた。

●

前述通り投げた包丁は回収したが、カラーヒヨコは運良く包丁を回避しており命中はしなかった。
急にカラーヒヨコが人語を話した上、なんかムカつく内容だったので反射的に刺そうとしてしまったが
持っていたのが戦闘用包丁だったので、刺さればおそらくそれなりに死んでいただろう。

「テレサさんーがプシューしてしまったところですしー。
貴方まーでー死んだら良くーなかったですねー」

冷静にヒヨコに話しかける。
自分は常に冷静だが、本能と反射でついつい刺してしまうことがある。
または冷静に激怒して刺すこともある。
冷静ではあるが、冷静に突発的に刺す理由は冷静にいくらでもあるのだ。

「ほらー、もーう一回喋っーてみてくださーいよー」

少し待ってみるが、カラーヒヨコが話す気配は無い。
聞き間違いだったんだろうか。

「やっぱーりー、ヒヨコが喋るわけ無いですよねー」

「ぴよぴよ」

「ですよねー」

「ですからもう話しかけないでもらえますか？」

「分かりましたー」

返事をしながら、今度は刺さるように投げつけた。