ENo.3 満月の森　夜明の海　王たる者と騎士

満月の森　夜明の海　王たる者と騎士。
明らかに偽名としか思えない名前の救援者。

彼女は『リンディ』という愛称を登録し如何なる時もその名を名乗っている。
名前は記号なのだから『他者』と区別さえできれば良いのだ。

救援者リンディ。
彼女は多重人格であり、手間を省くために誰にでも閲覧できる情報として公開している。

しかしこの『多重人格』というものは広く深く嘘も混じる一般的な情報としては『障害』である。
これが完治したとされる状態は『人格が統合され一つになる』か『日常生活に支障がない』か。
そういう意味では日常生活に支障がなく、しかし他の人格が存在する彼女は非常にあやふやな存在だった。

「私の名前はリンディ」

呪文のように繰り返すお決まりの挨拶。
複数の人格を一つの器に閉じ込めるための。

時刻は微睡み。起こるのは混線。

―――――

「これはまた派手だな…」
「火竜。報告の通りだ」

燃え盛る町並み。上空では翼竜が舞っている。
彼らが受けた報告は『ちょっかいを出された火竜が報復を行っているらしい』というものだ。
なるほど家は踏み潰され、焼かれ、様々なものが焦げる臭いに満ちている。
悲鳴や怒号が聞こえるが自業自得である。

「で、どうだ『騎士』」
「今の私は貴方の部下だ、『軍団長』。指示に従う…が、私が行った方が早そうだな」
「頼む。下の炎はきっちり消しておく」
「任せた」

言うが早いか得物を手に騎士と呼ばれた男が駆け出す。
対して軍団長と呼ばれた男は後ろに控えていた小隊に指示を出し始めた。

元は火竜の魔力で起こされた炎でも他に移った時点でただの火だ。
科学より魔法が栄える世界、放水などというまだるっこしいことはやらない。

小隊が小さな陣を描くようにバラけ魔術の詠唱を始める。

「…毒か」

軽く壁を蹴って飛び上がった騎士が見たものは、口から泡と炎を吐き続ける火竜だった。
目はあらぬ方を向き、力強く羽ばたく翼以外は細かく痙攣している。
人間というのは残酷なものでこれくらいなら死ぬだろうと。
平気な顔で致死量未満の猛毒を用いるのだ。

「今、楽にしてやる」

吹き上がる熱風を足場に再度跳躍。
見えていないのだろう、闇雲に暴れる火竜の首に、騎士は得物を叩きつけた。

「ガ……カ…」

翼が緩み重さのままに墜落していく火竜。ほぼ同時に小隊の魔術が燃焼部を真空にし火を消した。
放火魔は燃え尽きた残骸を巨体で押し潰し、動かなくなる。騎士は火竜に近づきその体を撫で始めた。

「相変わらず早いな。消火が間に合わないかと思ったぞ」
「問題ない。火竜を火で倒すのは無理だ」

呆れ半分、感心半分の言葉を土産に寄ってきた軍団長に騎士は真顔で返す。
軍団長は溜め息をつくと甲冑に包まれた指先で騎士の顔を撫でた。

目元をなぞり、頬を伝い、唇まで。

「『お前が』焼けると困るんだ」

拭い取った煤を見せつけられ騎士が黙り込んだ。
懐から出した手拭いで顔を拭いてみれば真っ黒に染まっている。確かに酷い有り様だった。
軍団長は何度目か解らない溜め息をつき火竜に手を着く。

「助かりそうか？」
「ああ。解毒薬を打っておいた。目を覚ますのは当分先だろうがな」
「その方が助かる」

大真面目に返されて、少しだけ騎士は笑った。
硬い鱗が一部だけ剥げている。鋭利すぎる刃物で切り取られたように。

―――――

「悪魔の代わりに呼ばれる名、小さき竜
　共鳴する空間　壱式」

Summon Minidragon
Minidragonを召喚！

流石ミニドラゴン、というべきか。自分が知っている竜よりは小さな陽炎が現れる。
赤い色をしているのは『火を帯びている』という事前情報のせいかもしれない。
しかし相手方がシルクハットから出したFairyより大きいのは助かった。前に立ってくれる壁がそこまで小さいと不安になるし。

対峙する相手方は珍しく後ろを召喚に任せていた。
射程諸々の都合があるのかもしれないが、Fairyの小ささも相まって戦闘離脱しても気づかないんじゃないかと思う。
背後の味方を考慮するのも戦術のうち…とここまで行くと流石にお節介がすぎるか。

「少し、痛いですよ」

Double slash

目にも留まらぬ早さでファニアが二閃。
的確すぎる斬撃が試合相手を切り裂いた。

「立ち上がれますか？」

本気、真剣。練習試合でも容赦ない。
その一撃を貰うことになった相手方には手を合わせよう。正確には二撃だが。

「いかがでしょうか・・・」

Sirenの体から水の波紋のように音が広がる。
静かな振動が体のブレを修正してくれるような気がした。
もっとも、召喚物に精神力を吸われた私には剣を振ることしかできないのだが。

「さよなら」

振るった剣は呆気なく試合相手を斬り伏せた。
しかし軽く頭を振るだけで相手は立ち上がる。

「受け切れますか？」

Hit and away

タン、と軽い音と共にファニアが舞った。鎧姿が一瞬消えたように見えた、頃には斬った相手から離れている。
地面を削る具足を見るに相当重い一撃だったことが解る。

「今日はずいぶん調子いいじゃない」
「日々の試合は無駄になっていないようです」

軽口を叩いて向き直った。さすが毎日毎日真剣なだけある。
…あるが、よく疲れないものだ。

Minidragonが動く。その体を取り巻く炎が見える。
その炎を喰らい、口を開いた。

Tinder

火口から溢れた炎は空に溶けていく。

―――――

少しだけ寒い秋の日。
常に火を吹く、でも溶岩は流れていないという不思議な山を見に行った。

山は暖かく薄着でも平気だったことを覚えている。
みんなで不思議な植物を眺めてとりとめない話をしていた。

「この木の実って食べられるんですか？」
「赤くて綺麗！」

この山では必須だという、耐熱耐火の素材で作られた手袋越しに触れてみる。
手袋のせいか熱さは感じなかったが顔に仄かな熱気を感じた。
冬に炬燵の真ん中に置いておけば快適かもしれない。

案の定というか、その実は食べられるものじゃなかった。
割ると中には火があって、簡単な火種になる実用的（？）な木の実だと。
赤の色は山に満ちる『火属性の魔力』のせいで、出来たてでも熟しても同じ色なのだそうだ。

「ふわー！中とろとろしてる！」
「ほんとだ。これは油、なのかな？」

許可を貰い、岩に載せて割ってみた実は言われた通り燃えていた。中はどろどろで意外にも白色をしている。
どういうことか顔が映り込むくらい光沢があって綺麗だ。

油と蝋の中間のような性質で、キャンドルによく使われているらしい。

―――――

「危険ですね・・・
　反射魔術」

Reflection

カエシスの眼前に魔力の壁が産み出される。
その性質は反射、効果範囲は使用者のみ。

「護身術なのは解るけど…情けない構図ね」
「返す言葉もありませんな、いやはや…」
「反射物を私たちに当てないでくださいね」
「ここまで信用されていないと流石に心が痛むといいますか」

肩を竦める動作が気に入ったのか知らないが、Fairyがもじもじしている。
このFairy、まさかダメンズウォーカーなのか。

Grace

背後の反射魔術を気にしているのか無言でファニアが踏み出した。
召喚士…というか召喚を行った相手方に祝福された一撃をお見舞いする。

「立ち上がれますか？」

御決まりの台詞を投げ掛け構え直した。
この台詞、相手を心配しているのか嬲りたいのか解らない。

Minidragonがもう一度口を開く。
鬼灯のような火が点った。

Tinder

相手の装備が燃え上がる。が、一瞬にして消し止められてしまう。
この世界では魔力は炎上への抵抗につながるらしく、火の魔力は掻き消されたようだ。
さすがは召喚士というか、Minidragonが残念というか。

「撃ってください！
　大礫弾」

Rockfall

畳み掛けるようにカエシスが片手を上げた。この間修得した（捕まえた？）地霊が頑張るらしい。
魔力で割と殺意を感じる大きさの岩が作られ、一直線に飛んでいく。
『fall』じゃない気がするのは触れないでおこう。

「口を閉じてください。腹の中身が飛び出ますよ」

Fairyの腹部（と思しき場所）に岩がめり込んだ。
ファニアの一撃に劣らない致命的なダメージが見て取れる。

「…えげつない」
「鬼畜ですね」
「いえいえ、お嬢さんがた程では…」

心外そうなオーバーリアクションで返されても私の4倍、ファニアと等倍のダメージを叩き出しているのだ。
女二人、半目になってしまうのは仕方がない。

この気の抜けたやり取りを見ていたのか相手方の動きが変わった。
Fairyが祝福で援護を始め、召喚士が軽く飛び回る。

…こんな漫才じみたパーティにやられたくないのは解らなくもない。

「回復ね…欲しいかもしれないの」
「賑やかになりますな」」

ファニアの描く優雅な太刀筋が悉く空振りに終わっていく。
代わりに何の小細工もないカエシスの魔力が召喚士を貫いた。

「口を閉じてください。腹の中身が飛び出ますよ」
「飛び出したらファニアに頼めばいい、わ！」

剣を振るえばのたくる波紋が打ち据える。返す刃を振り抜きもう一発。
波紋を追うようにファニアが飛び込む。

Grace

軽い攻撃だったが、だからこそ当たったのだろう。
だめ押しのようにMinidragonとSirenが口を開く。

「聴いてください・・・」

Tinder
　　　　　　　Duo

小さなFairyが火種となって燃え上がり声と羽音の二重奏が召喚士へとその火を広げた。
呆気なく燃え尽きていく2人の、ぬるい陽炎の先に。

「・・・・・・やだ、またファン？」

もふもふを見つけ、『私』は覚醒した。