ENo.2240 海鼠腸ユッケ

バイオレンスジャック・桜子。
180cm近い長身、顔に走るサンマ傷、頭に被ったパンツ、と一目で只者ではないことが窺える。
だが只者でないのは見た目だけではない。そう、彼女は無免許医師なのだ。

そしてどこで噂を聞きつけたのか、ここセルフォリーフでも彼女の元に治療を求めてやって来る患者たちがいた。

女の子
「お願いです！兄を…兄を助けてください！」

桜子先生
「わかったわ。ではまずパンツを脱ぎなさい」

女の子
「え…えっと、わかりました…
　ほら、お兄ちゃん。先生がパンツ脱いでって…」

桜子先生
「何を馬鹿なことを言ってるの。そんな黄ばんだブリーフ穿いてそうなじめじめした男のパンツなんていらないわよ。あなたのパンツに決まってるでしょう」

宿を震わすような声にならないような声が聞こえたかと思うと、ドアを荒々しく開け、兄の手をひっぱって女の子が出て行った。
その後に残され、舞い上がった埃をカルテで仰ぐ桜子先生の下にPTメンバーがやってきた。

ユッケ
「桜子せんせ、また患者さんともめたの？」

桜子先生
「パンツを脱げないというなら仕方ないわ。引き止めて治療をするほどの理由も無いし」

ビス子
「でも、わざわざ桜子先生を訪ねて来たということは難病なのではないのですか？」

桜子先生
「そうね、難病だわ。アレは……重度の中二病」

ユッケ
「そういえば、お兄ちゃん指貫グローブしてた」

ビス子
「カルテの名前が”夜刀神=S=鋭羅”になってますね」

ユッケ
「S？」

ビス子
「シュヴァルツ、とふりがながふってあります」

桜子先生
「本名は西山ひろしだかたかしだかそんな名前だそうよ」

そんなことがあった数日後。再び兄妹が桜子先生の前に現れた。

女の子
「先生、兄が…！」

桜子先生
「む、これはいけない。邪気眼を併発しているわ」

女の子
「あれから受験に失敗した上、失恋をこじらせてこんなことに……
　お願いです！パンツなら幾らでも脱ぎます！兄を助けて下さい！」

桜子先生
「その言葉が聞きたかった」

ニヤリと笑って桜子先生は女の子の手を握った。その手の中には薄桃色のシルクのショーツが。

桜子先生
「脱ぎっぱなしはよくないわ。これを穿いておきなさい」

更衣室で女の子が脱いだ縞パンを受取ってからの桜子先生の治療は凄まじかった。
手術室に入ってから7時間。休むことなく聞こえる治療の音。具体的には「世の中なめるな」的な説教と壁に何かが叩きつけられるような音。あと悲鳴。

だが、そんな治療の壮絶さとは裏腹に、出てきた兄の表情は晴れやかだった。
もう指貫グローブははめていない。服も上下黒一色から清潔感のあるシャツとジーンズに着替えていた。
世の中を斜にしか見ていなかったような腐った魚を思わせる目は、今では何か一つの目標を見つめる男の目となっていた。

兄
「長い夢を見ていたようだ…」

女の子
「お兄ちゃん！」

兄
「ごめんな。ぼくは現実に目を背けて生きてるうちにおかしくなってしまっていたようだ。
　世界はいつだってこうして輝いていたというのに！」

仲良く去っていく兄弟を夕日が赤く照らす。
桜子先生とPTメンバーの二人がその後姿を見送る。

ユッケ
「やー、すごいね桜子せんせ。こんな短時間で中二病を治しちゃうなんて」

桜子先生
「なに、現実的の素晴らしさに目を向けさせてあげただけよ」

妹の後ろを歩く兄が振り返って大きく桜子先生に手を振った。
その手には女の子がはいていた縞パンが日の光りを浴びて輝いていた。

桜子先生
「パンツは女性の下半身を包み込む。言うなれば全ての人々の故郷の大地。
　そう、大地母神そのものと言っても過言ではないわ。
　その優しさに包まれて自分を見つめなおし、彼は生まれ変わったというわけね」

ビス子
「素晴らしい人間賛歌ですね」