ENo.1951 メリム・ファルトリア

夜。メリムは手ごろな石に腰かけ、注文を受けた防具を作っていた。
メリムは自分が納得がいくまで手直しを加えるため、作業は徹夜で行われることが大半だ。
なぜならばメリムは睡眠をとる必要がないので、彼女にとっては睡眠は娯楽の一種に過ぎないからだ。

「……よし、と」

メリムは出来上がった３種の防具を月明かりで照らして丁寧に確認する。
夜目が利くメリムにとって、町から離れた草原での月明かりは十分な量の照明である。

「うん、おかしいところはないですね」

３種の防具を亜空間に収納し、メリムはうーん、と大きく伸びをした。
月と星を見上げ、その位置を確認する。

「随分早く作業が終わったんですねえ。
　皆さんがおきてくるまでまだまだ時間があるじゃないですか」

メリムは再び石に腰を下ろした。
時間があるとはいえ体力を消耗するような行為は避けるべきだと思ったからだ。

「そういえば……」

ふと、メリムは今日の昼に起きた戦闘中のことを思い出した。

「あの感覚…………一体なんだったのでしょうか……？」

今日の戦闘はハムスター退治だった。
事前に集めた情報では油断と不運さえなければ負けることはない相手だ。
しかし、戦闘が始まってすぐにメリムにとって予想外のことが起きた。
お互いが接近した瞬間、アウラルが放った最初の一発。

「大地の力…！」

そうアウラルが叫ぶと、すさまじいまでの地のマナが集積し、大地が小さな津波のように膨れ上がりハムスターを飲み込んだ。
確かに強力な攻撃ではあるが、それ自体は単なる魔法の一種だろう。
しかしメリムは――

「………………！」

――その光景に心を奪われてしまったのだ。
何故かそのような光景がひどく懐かしいもののように感じられて、目を離せず一瞬放心してしまったのだ。

「原因は……やはり、私の記憶でしょうかね……？」

メリムがあのとき感じたのは懐かしさだった。
しかし自分の記憶の中にはあのような光景を懐かしいと感じる要素などない。

「私の……無くした記憶が、あの感覚の原因になっているのでしょうか……」

メリムは110年程より前の記憶を失っている。
もしかしたらその時の記憶が、あの光景をきっかけにして揺り起こされたのではないか、と考えた。

「とりあえず、時間もあることだし久しぶりに寝ることにしましょう。
　この気分をずるずると引きずるのが一番まずい気がしますからね……」

ひとまず気分転換は必要だろう、という結論にメリムは至った。
それに突然のことだから驚いてしまったという側面があることも否めないのだ。
少なくとも大地の魔法等を見てしまったときは意識して集中を強めることにすれば即座に害が発生することはないだろう。
メリムは道具を入れてある亜空間に身を滑り込ませると、毛布に包まって横になった。
そしてそのまま目を瞑ると、あっという間に眠りの世界に落ちていった。

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気がつくと、メリムは夢の中で誰かと会話していた。
ここがどこかは分からない。辺りは真っ暗な霧のようなもので覆われているからだ。
ただ、自分が土でできた椅子に腰掛けていることは分かった。
会話の内容はノイズがかかっていてほとんど聞き取ることはできない。

話相手は自分よりもほんの少し小さかった。
この小ささと背中に生えている羽からして、恐らくは妖精なのだろう。
肩の辺りまで伸びた、自分と同じくらいの長さをした茶色の髪をしている。
それと、頭頂部の辺りから髪が一房ぴょこん、と飛び出している。
にこにこと笑顔を浮かべており、小動物のようなくりくりした目と、牙を思わせる八重歯が特徴的だ。

「でねでねっ、私は大地の妖精なんだよ！
　例えばねー、こんなことも出来ちゃうんだ！」

急に音声がクリアになったかと思うと、いきなり相手の妖精が立ち上がった。
地面に降り立ち、手を下に向けてなにやら集中している。
メリムには妖精の周りにマナが集まっていくのが分かった。

「むむむ〜……えーいっ！」

妖精が叫ぶと、地面の一部だけが一瞬揺れ動いた。
そして次の瞬間、地面の一部がまるで水面であるかのようにはじけ飛び、土の塊がぱらぱらと飛び散った。

「やったやったー！大成功ー！！」

その妖精はとても嬉しかったらしく、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを全身で表した。

「わっ……す、すごいです！」

自分の口から勝手に言葉が飛び出した。
夢、というには何かがおかしい。

「これって結構難しいんだよ〜？
　私ってそんなに力強くないから、ほんとにいっぱいいっぱいなの！」

そう言ってその妖精はメリムのそばに飛んできてメリムの手をにぎった。

「でさでさ、こうやってお互いのことを理解したわけだし？
　お友達になろうよ、メリム……さん！」

ぶんぶんと握った手を振りながらその妖精は話を続ける。

「この辺りって何か知らないけど全然妖精いないの！
　でも簡単にこの場所を離れるわけにはいかないから退屈で退屈で！
　だからね、お友達になっていっぱい一緒にお話してくれると嬉しいな、なんて！」

まるで機関銃のように言葉がすらすらと妖精の口から飛び出してくる。
だから、こんなに明るくて、こんなに元気な子と一緒に遊べればきっと楽しいに違いない。
メリムの口からくすり、と笑みがこぼれた。

「はい、こちらからもお願いします！　《ザザッ》さ――――」

世界が暗転した。

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気がつくと、さっきの妖精が装置につながれた透明なケースの中に入れられていた。
周りの景色は相変わらず黒く塗りつぶされていてよく分からない。
服は全て脱がされ、手足には淡く発光する枷のような物がつけられている。

「…………！　…………！」

その妖精は何かを叫びながら必死にケースを叩いていた。
しかし、そのケースは妖精を閉じ込めるには十分な強度を持っているらしく、びくともしない。
長く叩いていたのか、強く叩きすぎたのか、あるいはその両方なのか、彼女の両手は血で染まっていた。
ケースを強く叩くたびに、手から血が飛び散りケースの底へと落下していく。

その時、ブゥンと鈍い音を立てて装置らしきものが起動した。
それに気づいた彼女はいっそう強くケースの壁を叩くものの、やはりそれはびくともしない。
突然、彼女は指先からだんだんと光の粒に変化し始めた。
彼女は更に強く壁を叩き続けるが、すぐに血にまみれた手は光の粒子へと分解されてしまった。

「《ザザザッ》……だ！　やだ！　助けてよ！　助けて！」

不意に、彼女の声が聞こえるようになった。

「いやだ！　死にたくない！　消えたくないよお！　なんで！　なんで私達なの！」

妖精は通常の方法では殺しても時間経過で復活するため消滅させることはできないが、消滅させる方法がないわけではない。
自然を本質とする妖精の体は基本的にマナで構成されている。
妖精を構成するマナの結合を魔術的方法等で完全に解くことができれば、その妖精は存在の基礎を失い消滅するのだ。
そして、あの光の粒子がマナの輝きなのだとメリムは直感的に理解した。
あの妖精はまさに今、妖精にとっての完全なる死を遂げようとしているのだ。

「ひっく、やだぁ……やだよぉ…………ぐすっ……！」

彼女は既に両手足を失っていた。
体の部分についている羽でかろうじて飛んでいる状態だ。
そして、体の部分が下のほうからゆっくりと光の粒子へと変わっていく。

「これからもずっと……楽しく遊べたはずなのに……なんで…………なんで……！」

不意に羽が分解されたため、彼女は落下して頭を強かに底部にぶつけた。
その際に額でも割れたのだろうか、彼女の頭の周りに血溜まりが広がっていく。

手も足も、羽も無くなって、彼女はもう無理だと悟ったのかもしれない。
誰かに呼びかけるのは止め、その妖精は力を振り絞って何とか顔をメリムのほうに向けた。
予想通り彼女は額から大量に出血しており、涙や鼻水と混ざって顔面はひどい有様だった。
メリムが先ほど見た、輝くような笑顔はもうどこにもない。

「メリム……私、私……メリムと《ザザッ》お話したり遊んだりするのすごく楽しかったけど……」

下半身が消えて上体だけになった。
まるで凍えているかのようにその体は小刻みに震えている。
歯と歯とがぶつかるカチカチとした音が声に混ざって聞こえてくる。

「もっと一杯お話したかった……遊びたかった……！」

首の下まで消えた。
体という錘を失って、頭がころりと転がる。

「ねえ、メリム……私…………消えたくない……！」

そして――

「怖いよお…………っ！」

頭が、消えた。

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「…………っ！　はぁ……はぁ……はぁ……！」

メリムが目を覚ますと、全身が嫌な汗で濡れていた。

「なんなんですか、この記憶……前のものよりずっと生生しい……！」

これは夢ではなく自分の記憶なのだ、とすぐにメリムは理解していた。
しかし前回戻った記憶はどこか漠然としていて、現実味がなかった。
それに対し今回の記憶は鮮烈なものだった。

「それにこの感覚……！」

楽しい、懐かしい、悲しい、といった感情とともに、メリムはじんわりとした温かさを自分の中に感じていた。
それは「あるひと」の夢を見たときと同じ感覚だった。
もしかしたら今の記憶も「あるひと」に関係していたのかもしれない。
色々な感情がぐるぐるとおなかの辺りで渦巻いて、吐き気がこみ上げてきた。
意識的に深呼吸をして何とか吐き気をやり過ごす。

「一体、私の過去に何があったっていうんですか……！　あっ……」

しかし猶も感情の渦は収まらず、それらの感情は涙となってあふれ出した。

「うっく…………ぐすっ、ひっく…………だめ、止まらな……う、あああああぁ…………っ！」

一度決壊してしまっては、もうメリムには止めることができなかった。
訳が分からないまま、ひたすら涙が溢れ出してきて止まらなかった。
せめてこの感情をこの亜空間の外に持ち出さないようにと、メリムは泣いて、泣いて、泣き続けた。

【メリムは記憶の欠片『大地の妖精』を入手しました】

【メリムの狂気が増加しました】