ENo.1922 ハルトマン・ベール

　「う・・・ん、もう朝・・・？」
　雑に閉められた、カーテンの隙間から洩れる陽光を顔に受け、気だるそうに起き上がるハル。
　昨日は一旦この宿に入り、四半時ほど部屋のベッドに雪崩れたものの、動けるうちにと市場へ買出しに出かけた。
　だがその程度の休憩では、疲労困憊した身体には全く足りず、結局ハルは疲れた頭で即思いつく物品ぐらいしか買うことが出来なかった。
　｢っと、そろそろ起きないと。｣
　ハルはゆらりと身体を起こしてベッドから降りると、あっと一声上げると同時に買い忘れがあることに気付いた。これはゆっくりしていられないと、急いで身支度を終えてバタバタと慌ただしく宿を後にした。

　急ぎ足で市場へと続く路地に出ると、既に他の冒険者達でごった返し、そこは活気にあふれていた。
　その様子を見たハルは、自分は周りよりも行動が遅かったことに気付く。速足を小走りに変え、更にその路地を急いだ。
　暫く道なりに走っていると、十字路が見えてきた。向かって左右を小路が繋いでいる。おそらく裏路地へと続く道なのだろうな、と思いながら走り抜けようとしたその時、一瞬懐かしい甲高い声が右側から聞こえてきた。
　まさかこんな所にいるわけがと、勢いを緩めず突っ走るハル。だがやはりその目の前を、あの時と同じように黒い影が遮った。
　｢う・・・っわ・・・っ！？｣
　｢きゃっ・・・？！｣
　さすがに今度は咄嗟の判断も出てこず、ハルはその影を避けられなかった。結果、お互いそのまま派手に後ろへ倒れドンと尻もちをついた
　ハルは突然の衝撃とその痛さにイラっとしつつ顔を上げ、文句の一つでも言おうかとその影に目を向けた瞬間、驚愕した。
　｢ってぇ・・・って、え？えぇっ？！｣
　相手の名を口に出そうとしたその時、小路から見覚えのある橙髪の女性が現れた。
　｢大丈夫でございますかって・・・あっ・・・？！｣
　彼女もハルを見て驚き、彼らの手前で思わず足を止める。
　その後ろを濃紺に染めた装束に身を包んだ、スラリとした青年が駆けてきた。彼は瞬時に状況を把握した後、開口一番
　｢おまえか。｣
　と一言だけ冷静に言った。
　｢なっ・・・・・おまえか。じゃねぇよっ！！｣
　昔と同じシチュエーションで、まさかの再会に驚きを隠せなかったハルは、咄嗟にそう叫ぶしかなかった。

＊

　｢・・・で、何でこんなことになってんだ？｣
　とりあえずその場は落ち着きを見せ、路地の端に4人固まって寄る。
　ハルは呆れ顔で姫と侍女、相棒の顔を見渡しながら、彼女らがこの街に来た理由を問い質した。
　｢えっと・・・何て言うか、ね？｣
　もごもごと答える某国の姫、アカネ・ルイーズ。
確か彼女は、国王に行ってはならぬと言われてなかったか？
　｢ええ・・・私達は、その、ハル様の事が・・・ですね。｣
　いつもはしっかりした物言いをするはずの侍女、エミリア・ブルー。
珍しくどこか躊躇いがちな発言である。
　｢姫さん達を攻めるな。今回はおまえの事を思っての行動だ。｣
　あまりにも簡潔すぎる理由を述べるハルの相棒、ランディ。
彼がついていながら、どうしてこうなったのか。
　｢え？俺を思ってって・・・あーっ！早く買い物して行かないと！｣
　突然の出来事ですっかり忘れていた事を思い出し、ハルが慌てて歩きだすと
　｢・・・まあ、話は歩きながらでいいか。｣
　とランは言い、姫と侍女と共にその後ろをついていった。

　ハルは買い忘れた品物を手に取りながら、話の続きを聞いていた。
　｢心配って・・・これは勅命なんだし。いつものことじゃないか？｣
　怪訝な顔でそう答えると、アカネが少しだけムッとして返す。
　｢いつもの事って・・・そりゃそうだけど、１人ってのは初めてだったでしょ？
だから・・・何か居てもたっても居られなくなったの！｣
　｢ですから、ハル様がどうされていらっしゃるのか、様子だけでも見ようと・・・。｣
　エミリアは、優しい口調でそう続けた。
　それを聞いたハルは、嬉しさと気恥ずかしさで一瞬、顔が緩みかけたが、すぐに少しムッとした表情になった。

　２人の来た理由は『ハルが心配だった』。
　それだけの理由で、未だ調査中のこの島まで来てくれたことは、本当に嬉しかったが、同時に複雑な気持ちにもなった。
　結局、いつもの通り子供扱いなのだ。ハル自身がどう思おうが、アカネやエミリアから見れば、充分に子供なのだから仕方ないのだが。
　｢っ・・・つうか、ラン！何で止めなかったんだよ・・・。｣
　遣り切れない気持ちを相棒にぶつける。言ってから、やっぱりまだ自分はガキなんだなと再認識し、自己嫌悪に陥って顔を伏せる。
　｢・・・・・。｣
　ランディは、暫くの沈黙をもって答えを返した。
　その答えに耐えられなくなったハルは、買い物を済ませてすぐに皆の待つ広場へと向かった。

　｢・・・やっぱ、やめてたほうが良かったかなぁ？｣
　｢ですが、もし彼の身に何かあったらと考えますと・・・。｣
　ハルの後ろを少し間をあけて歩きながら、アカネとエミリアは申し訳なさそうに小声で話していた。
　その様子を見兼ねてか、ランディはハルの横に並び、ため息交じりに言った。
　｢もう、自分でも気付いているんだろ？｣
　｢・・・ああ。解ってるよ。｣
　｢なら、皆と合流する前に何とかしろ。｣

　広場まではあと僅か。
　未だ自己嫌悪の顔で歩くハルは、素直になれない自分に腹を立て、普通なら異例の事であり、姫自らこの地に赴いた、その厚意を無にしかけている事に対し、深く反省していた。
　どう切り出そうかと言葉を選んでいた時、ふと今居るギルドの名が頭によぎる。
　これだといった具合で、思い切り後ろを振り向くハル。
　｢そっ、そうだ！俺、今WANDERERってギルドで、世話になってるんだ・・・｣
　所属しているギルドの詳細を話すと、それを聞いたアカネの顔がパッと華やぐ。
　｢ああ・・・！やっぱりココでも活動してたんだ・・・それは凄い偶然だね！｣
　｢良い御縁に恵まれましたね・・・！それは安心でございます。｣
　姫と侍女は、それを機に昔話を始める。もうそれは聞いたよと、返すハルとランディ。いつの間にか先程の妙な雰囲気は、談笑によってすっかり払拭されていた。

　｢・・・と、どうする？久しぶりに皆に会ってく？｣
　広場まであと一歩という所で足を止め、ハルは彼女らとギルドの再会を促す。
　だが何故か２人は暫く思案した後、それを拒んだ。
　｢・・・ううん、今はまだやめとく。何故って聞かれても困るけど・・・何となくまだその時じゃないような気がして。｣
　嬉しいような寂しいような顔で、アカネが言った。エミリアもまた、優しい笑顔で返した。
　｢そっか・・・。｣
　ハルは顔を伏せ、２人に謝罪するなら今だと、自分に言い聞かせながら言葉を続けた。
　｢じゃあ、その、もし会いたくなったら・・・・・・・・また来ればいいよ。｣
　｢えっ？なに・・・？｣
　思い切って言ったはずだったが、どうしても心の中の何かがハルの邪魔をして、語尾が小さくなって上手く伝わらない。
　もう一度と２人から聞き返された時、今度はハッキリと謝罪も含めて言った。
　｢さっ、さっきは、ゴメン！本当は来てくれて嬉しかったんだ・・・でも、どうしても素直になれない・・・譲れないトコもあって、何か複雑になっちゃったんだ・・・だから！｣
　ここまで言ってもまだ気恥ずかしさが残るのか、再び顔を伏せながらハルは続ける。
　｢ありがとう。また、来てよ・・・！｣
　｢うん！｣
　二人は満面の笑みで返し、相棒は良く出来ましたと頭にポンと手を乗せた。

　彼等とはそのまま別れ、ハルは皆の居る広場へと走った。