ENo.1828 霊夜　代

「おっはよ、パンひとつちょーだい！」

朝日が出てきた頃に宿の一階入り口に行き、ここの主人に朝食をせがむ。

「あれ、シロさん早いですね。今用意しますので少々お待ちを。」

「ご主人こそはや……あれ？　俺の名前もう覚えたの？」

傍にあった椅子に腰掛けて、主人に聞き返す。

「ええ、変わった名前ですから。」

「ああ……そう…………」

そう言われて、少しむかっとする。

実を言うと、この名前は自分で考えたものだ。
ハイランドだって、あの人の名前を反対にしただけだし。

……やっぱ、俺って名前のセンス無いなぁ。

「はい、パンと……サービスで牛乳。」

「うわ、いいの？」

「ええ。少しお話したい事もありますし。」

パンをくわえた瞬間に話か。
きっとろくでも無い話なんだろうな。

「……そういえば名乗ってませんでしたね。俺の名前はフレン＝イデア。フレンとお呼び下さい。」

「わかったよご主人。」

「で、その……話というのは、ですね……」

急に口が塞ぎがちになる。
相当頼みにくいことなのかな。

……もしかしたら賞金稼ぎ関係なのかもしれない。

そういうと、フレンは目の前に大きな袋を出した。
床に置いたとき、お金の独特の音がした。

「……これを、支払いますので……どうか、ここの国の人の賞金首を狙わないで下さい。」

「……どういう意味？　ご主人、今犯罪者の味方してるって理解できてる？」

「ええ、覚悟の上です。」

フレンの目は真剣だった。

「申し訳ないけど、流石に理由も無くお金だけ貰ってはいさようならはやりたくないから。」

「理由、ですか……」

「そそ。話したくなけりゃー別にいいけど、そのお金受け取らないだけだし。」

「……正直に言うと、賞金首全員の肩を持つつもりはありません。ただ、一人だけ……どうしても捕まえてほしくない人が居ます。」

「へぇ……家族恋人、そんな感じ？」

「全然違いますよ、赤の他人です。でも……命の恩人です。」

「へぇ……」

「……もう、賞金首になって十二年になりますが、重罪なので月日が経っても消えることはありません。だから、俺が出来るのはこうして無事を祈るだけ。」

「悪いけど、その話は受け取れないね。俺がここに来た理由、知ってる？　俺って結構色んな人捕まえてきたけど、一人だけどうしても捕まえられなかった。」

「も、もしかして……」

「ローランド。ここの国の国王暗殺者だっけ？　その人の弱点を調べに、この国に来たの。」

「そ、そうなんですか……」

冷静を装ってるけど、確実に動揺している。
きっと、この人が庇おうとしている人と同じなんだろう。

あの人は……本当に、御人好しなんだから。

「だから、受け取れない。俺はその人とは敵なんだよ。」

「……そ、そうでしたか……じゃあ、」

「……でも、過去を暴くのは嫌いじゃないしね。『無罪だったら狙う理由も無くなる』んじゃないかな？」

「え……！？」

ニヤニヤと笑いながら、フレンを見る。
フレンは少し戸惑っていたが、こっちの言葉の意味を理解したのか、また真剣な目になった。

「……わかりました。俺も、あの人は無実だと今も信じてます。」

「……そっか。頭の固い人は苦労するよぅ？」

「はは、もう十分に苦労してますよ。」

そう言って、フレンは笑い出す。
案外、この人もいい人なんだろうな。

「……あ、それじゃ共同戦線張ろうか。俺は疑って、ご主人は信じて過去暴いてやろうよ。」

「……ええ。あの人がそんな事する筈がありませんから。何でもしますよ。」

「それじゃあ……そうだな……」

協力者か。しかも、宿の主人だから人付き合いも多いだろうし、情報量はすごいかもしれない。
資料や証拠を探すよりも手軽で強力かもしれないな。

今のところ、判明してないことと言えば……

「そうだ、事件発覚のときのこと教えてよ。俺、新聞の記事でしか知らないんだ。」

「当時のこと、ですか……？」

「そうそう、記事だと情報が規制されてるかもしれないしね。」

「当時ですか、えっと……」

「俺もその場に居たわけじゃありません。現場は確か王宮ですから、一般市民の俺には見られない場所ですし。」

「それも確かにそうだねぇ。」

「ただ、人に聞いた話では、誰も殺害を目撃していない。」

「……確か、事件が発覚したのは大臣が死体を見つけたからだっけ？」

「ええ、そう聞いています。」

「大臣の名前、記事に載ってなかったんだよね。名前知ってる？」

「……すみません、名前までは。ただ、人数は二人みたいです。」

「へー、二人だったんだ？」

「ええ、当時王宮に勤めてた使用人が聞いた話ですから。信用してもいいとは思いますが……」

「ま、俺は全部疑って聞いてるからね。でも参考になるよ、二人か。」

……二人ぽっちで『数人』って書き方するだろうか。
間違ってはいないけど、誇張表現使ってるし何か気になるな。

「あ、ついでにその使用人さんに話聞いてみたいな。まだこの国に居る？」

「……いえ、もう…………」

「そっか。」

フレンの表情が一変し、一気に暗くなる。
情報を漏らしたせいで『失踪』でもしたんだろうか。だとしたら気の毒だ。

「んー、やっぱ時間が経ちすぎてるし、話を追うのは難しそうだねぇ。」

「それに、王宮での出来事ですから。機密扱いされてるのか、一般市民の俺では……」

「へー、事件の事調べてたの？」

「も、勿論ですよ！　だって……！」

その顔は真剣だった。
この人は良くも悪くも素直なんだな。

でも、釘は刺しておくか。

「……好奇心は猫を殺す。猫だけで済めばいいけどね。足、後遺症残ってるんでしょ？」

「え……？　後遺症のこと、お話しましたっけ……？」

「さっきパン持ってきてもらったとき、歩き方に違和感あったし。あと、この宿でも玄関の傍の部屋からあんまり動いてないね。その部屋、杖がいっぱいあるけど老人さんでも住んでるの？」

「あ……」

「……国家機密なら、余計に慎重にならないとね。ろくに動けない駒なんてチェスでも将棋でも使えやしない。だから、ご主人は事件を追うのやめときな。」

「でも……」

「んじゃ、毎朝牛乳もらうよ。背ぇ低いの気にしてるし。そのかわり、代金として情報あげるから。それでいいでしょ？」

「……、すみません、何から何まで。」

「きにしなーいきにしなーい、俺はあくまであの賞金首追ってるだけだかんね。」

残ってたパンを口に咥え、宿を出ようとする。

「い、一体どちらへ？」

「好奇心は猫を殺す。でも獅子は殺せるのかな？」

「……は？」

それだけの会話で打ち切る。
まずはこの情報収集かな。そうなると向かう場所はっと。