ENo.1774 募集中

「…で、君はあの街の元締めに何の用だったのかな？自殺志願かね、えぇ？」

気づけば、街を大分離れた平原。
痛みと自己嫌悪でぐちゃぐちゃな意識は、自分の行動さえ満足に把握できないらしい。

「………すまなかった。十分に休息できなかったのは僕のせいだ…
　ジルは休んでいてくれ、僕が見張りをするから…自殺なんかしない、ちゃんと見張っているよ。」

僕が失敗したせいで、街に滞在できなくなったんだ。
当然、ジルが怒っている。

「そんな謝罪の言葉よりも君があの街で何をしようとしていたのかを私は聞いているのだ。
　答えられないことをしていたのかね？あの危険な相手と何かしらの取引とか…」
「ちょっと待ってよ！ジル！ネフィルを責めないで！
　私が悪いの！私が余計なことを、お節介を言っちゃったからネフィルが…！」

ジルの台詞をマリアが遮る。泣きそうな声だ。
どうしてだろう…マリアが悪い筈ないのに。

「マリア、違う…僕が勝手にやった事だ……」

ジルの質問に応えなければと思うが、…どう言えば良い？

「だって、ネフィル。ジルのために何かしようと思ってたからあんな危ない相手のところに行ったんでしょ？
　それって私が偉そうな説教しちゃって…それで…ごめんなさい！ネフィル！」

ジルのため…その筈だった。
フリストの街を仕切る連中を見つけて、この世界の亀裂について何か情報が無いか探ろうとしたけれど
すぐに見つかってボコボコにされ、その上ジルに助けられた。最悪だ。
こんな結果になってジルのためだったなんて言っても、ご機嫌取りみたいにしかならないじゃないか…。

「やれやれ、埒があかないな。」

ジルが肩を竦める。ジルの顔を見れない。
マリアは、人間の姿だったらとうに泣いているだろう。
どうすれば良い…

「マリア…違うんだよ、僕が勝手にああしようと思って失敗したってだけで………
　…そうだ、ジル……あいつ等、東の方を気にしている様だった…下っ端に偵察させるとか言って…」

元締め達の会話に聞き耳を立てて得られたのはこんな情報ぐらいだ。
世界の亀裂とは何の関係もないかもしれない。
でも、だって何を言えばいいか解らないんだ本当に

「…とりあえずここで休み給え、私より君のほうが状態として悪い。」

ジルが僕との会話を諦めたのか、手早く火を起こす。

「落ち着いたら、話してくれるね？私を愛しているのなら。」

驚いた。思わずジルを直視して、優しい声と表情に涙腺が緩むのを感じて慌てて顔を背けた。
これ以上カッコ悪い所を見られたりしたら、本当に死ぬしかなくなるかもしれない…

「…っジルにも休憩してほしい…」
「…？何か？」

迷惑をかけた上僕だけ休憩するのは憚られて、せめてと口にした言葉は
震えない様に気をつけたせいで音量が足りず、ジルまで届かなかったようだ。

「ジル、お願いすぐにネフィルの手当てしてあげてよ…。」

僕とは逆に、マリアは少し落ち着いたみたいだ。
ついさっきやられた傷はめちゃくちゃ痛いけれど、ジルをこれ以上煩わせたくない…。
そんな思いと裏腹に、ジルは荷物からなけなしの医薬品を取り出して僕に近づいた。

「やれやれ、手のかかる子だ。よく見えるようにこっちに腕を出し給え。…薬がしみると思うが我慢してくれ。」

どうして、こんな時ばかりこんなに優しいのだろう…なんだか子供扱いされている様だけれど。
…いや、こんな時ばかりではなくジルはいつだって優しい。
でも、今はその優しさが少し怖くて、役に立たない僕が嫌われてしまうんじゃないかとか
その恐怖が僕への罰なんじゃないかとか、そんな風に考えている事がまた申し訳なくて…
くだらない事を考えている間に、ジルは僕の腕を手当てしてくれた。

「っ……あ、りがとう……すまない、迷惑をかけて…」

薬は沁みたけれど、声を出すのは意地で抑えた。
ジルの手当ては完璧だ。ため息が漏れる。

「ほら次だ、背中の翼も…あぁこれはひどい。随分と傷めつけられたようだね。
弱いと分かっている相手をとことん嬲る屑で下劣なやり方だ、いやはや感心するね。」

背中の方は、沁みるを通り越して痛いぐらいだった。

「君の生体組織が人間と同じだと仮定しての応急処置だ。何か異変があれば知らせてくれ。
それからしばらく翼は動かすな。…緊急時には魔法で活性化させて一時的に回復させるが出来れば避けたい方法だ。完治が遅くなる。」

ジルが、凄く僕の事を考えてくれている。
きっとジルの言葉は薬で、背中に感じたよりも強く心に沁みる。

「………ありがとう…。ジル…僕が、元締めと…君に言えないような事をしてたとは思ってないのかい？」
「まぁ…先ほどのマリアとのやり取りで何をやろうとしていたかは大体わかったが…」

うっ…そういえばそうだった。
マリアも僕と同時に言葉を飲んだ様だ。

「言いたくなければ聞きはしまいよ。ただ、金輪際一人で何かしようとは思わないでくれ。
　ここがどういう所だか君も十分今回の件で分かっただろうしな。」

…ジルが楽しそうだ。

「う…今日は本当にカッコ悪い所ばかり見られてるな…はぁ…
　…次からは君に相談するよ…。」

二度と出来るような失敗ではない。
僕が怪我をすれば、一緒に旅をしているジルにも迷惑がかかるし。

「それがいい。年長者の言うことは聞くものだよ、ネフィルくん。」

ジルが得意げに笑う。
…ジルって年上だったのか？
僕も１００年以上は生きているのだけれど…

「さて、先程からやかましいこのリュートだが私の傍に置いておくと見張りの邪魔だ。」
「ひどーいっ」
「悪いが抱えて少し眠るといい。何かあれば起こすから。」

ジルがマリアを差し出してくる。
これもきっと気遣いだろう…。

「…ジルって何歳？」

僕はマリアを受け取る。

「私が幾つかなどということは、君にとって重要かね？」

ジルが可笑しそうに笑い、僕もつられて少しだけ顔が緩む。

「君が幾つだって僕の気持ちに変わりは無いよ。
　…すまない、後で見張りを代わる。」

ジルが頷いて見張りにつく。
たくさんの気遣いを受け取った。
さっき沁みた分、すぐに僕の心は回復して、きっと今度こそジルの役に立ってみせる。
僕の恋心は数時間前よりも少しだけ愛に近づいていた。

ジルが起こしてくれた火の傍に、リュートのマリアを抱えて座る。

「マリアもすまない…気に病ませてしまって…」
「謝るのは私の方っていうか余計な事言ってこんなことになって…それよりも傷まだ痛い？」

マリアの声は痛々しく、随分心配させてしまったようだと解る。

「そう思わせてる所が……傷はそんなに痛くないよ。
　…あのね、マリアには凄く助けられてるけど、もっと色々教えて欲しいんだ。愛の事とか…。
　…また、相談に乗ってくれるかい？」
「あたしなんかで、いいの？」
「マリアが良いんだ。言っただろ、助けられてるって。マリアが構わないなら、で良いんだけれど…」

恐々と聞いてくるマリアに、僕はずるい応えを返した。

「あたし…今こんなのだから話すことしかできないし…
　でも、ネフィルが望むなら気の済むまでずっと話し相手になってあげる！」

…ほら、マリアは優しいから、あんな風に言えばこんな風に返してくれる。
ジルもマリアも優しくて、僕だけずるくて、ごめん。

「ありがとう。」

でも、マリアと話したいのは本当だから…

「楽しみだな…宜しく、マリア。」

目が覚めたら、ジルと見張りを交代して、マリアと話そう。

「おやすみ、ネフィル」