ENo.1526 ベネデッタ・コーネル

― 木枯らし番長のテーマソング(4) ―

　―――ザザッ

　　―――ザザザッ

「へ……」

　酷く耳障りな雑音が、すぐそこでに響く。
　辺りを見回すものの、何の変哲もない砂地が続くばかりで、何もない。

「どうかしたのよ？」
「うんにゃ、なんでもねえよ。空耳だ」
「ふぅん、そう」

　気のない返事。
　奴の心はオレになく、目の前の事象にのみ注がれているからに違いねえ。
　先程倒した”大海猫”に、珍平の時と同じ変化が起こったからだ。

　羽を広げたまま、地に伏した巨大海猫。
　ヤツの体は紐解かれ、五線譜と音符、様々な音楽記号へと置き換わってゆく。
　海猫の肉体は消え失せ、全く別の”何か”を描き出していく。
　そこに居たのは……。

　まぎれもねえ、巨大な大福だった。
　てきとうな真ん丸に、てきとうな顔が描かれている。
　体の左右には翼っぽい出っ張りが付いている。付いているが……アレだ、全く飛べる気がしねえ。

　酷く渋い顔をして居るであろう、オレの真横に於いて、
　ベルはきらきらと瞳を輝かせている。
　開口一番。

「きゃー！　かわいいのよー！」
「はぁ！？」

　どこがだよ。
　……と、オレが聞き返す間もなく、ベルは大福に飛び付いてゆく。
　オレよりもでかく、圧倒的に横幅の有る大福は、ベルを受け止めてもびくともしねえ。
　弾力性に富んだ体を波打たせ、ぷにぷにぷにぷに震えている。

　度量まででかい大福は、ベルに何をされても怒らねえ。
　だからこそ、ベルも調子に乗っていく。

「ねえ、カモメさんは何て名前なのよ？」

　オレの時とは異なり、ベル自らヤツに名を尋ねに行く。
　耳に挟んだだけの曲だけに、曲名を知りたいってのもあるんだろう。
　が、論点はそこじゃねえ。

「かも……め……？」

　大福に飛び付いたままこちらを見、任せておけと言わんばかりに胸を叩く。

「ふふん、山生まれだからって馬鹿にしないでほしいのよ。私だって、図鑑でカモメくらい見たことが有るのだから！」
「いや、それ、うみ――…」

　やっぱオマエにゃまかせられねえ。
　ヤツの勘違いを正そうとした瞬間、大福はぶるりと躯を振るわせ。

「ふうせん、かもめ、そらをとぶー」

　と、鳴きやがった！

「おわぁ！　しゃ、しゃべりやがった！！」
「ほら、カモメなのよ」

　確かにそうだが、突っ込むところ、そこじゃねえ……！

　おそらく、ベルが弾いた曲は「ふうせんカモメそらをとぶ」で間違いはねえんだろうな。
　カモメもウミネコも、同じチドリ目カモメ科の鳥類だ。
　見た目だって似てるから、素人目には見分けなんて付くワケがねえ。
　ベルの勘違いがそのまま反映されたんだろうが……。
　本当によ、ココは度量のでけえ世界だ。
　なんでも有りをそのまま体現してるってえやつかよ、フザケてやがる。

　判っているのかいないのか――まあ、判るまでもなく判ってねえンだろうが。
　ベルはベルで、酷くしょっぱい顔をしてる。

「なんて顔してんだよ。心配事でもあるのか？」
「ほら、この子の名前。やっぱりすごく呼びにくいのよ」

　残念なほど、嫌な予感がする。
　予感こそするが、オレの返事も決まってはいる。

「……まあ、長いっちゃ長いわな」
「でしょう？　やっぱり、愛称をつけてあげないとね！」

　しばらくの間。

「よし、決めたのよ！」
「……どうすんだ」
「カモにするわ！」

　ふいた。
　なにそれひどい。

　ウミネコなのか。
　カモメなのか。
　カモなのか。
　はたまた大福なのか。
　何一つはっきりしねえ名前じゃねえか！

「よろしくね、カモ！」

　オレの心情なんざ差し置いて、本人、酷くノリノリだ。
　名を呼ばれれば、大福は嬉しそうに跳ねる。
　なんか不憫だが気にしちゃいかんのだろうよ。

　しっかし、まあ……コイツのセンスは酷えモンだな。
　なーんも考えてない突貫思考は勿論のこと、年相応の女らしさも何もねえ。
　時折、ちょいと心配になってくる。

　オレに心配されちまったら終わりだろ、ベルさんよ。