ENo.1506 レミス＆ミーティア

【七日目】
少しキャラバンの行軍の予定に変更が入った。
もう暫くは柔らかいベッドの中でぐっすりと眠れそうだ。
……疲れが抜けきってない身としては、ありがたい。
同時に、少し歳を感じた。

忘れないうちに、昨日少しだけ妻と観光したこの古風な街の出来事について書き留めておこう。
広大な湖に面したエスタの街は、あちこちに水路が張り巡らされている。透き通った美しい湖の水を生活に結びつけるために考えられた先人の知恵の跡、というわけだ。
生活用水としての使用はもうされていない様だが(上下水道がしっかりと備えられている。僕たちの世界でもなかなかお目にかかれないほどの水準の高さだ)複雑に入り組んだ水路によって分断された生活区域は、人にしろ物資にしろ足を使うより小型の船を使って移動させるほうが効率が良いらしい。
水路沿いを歩けば水面をすべるように移動する小船が何隻も見受けられた。乗合馬車のように沢山の人々が乗った船や、色とりどりの果物をふんだんに詰め込んだ籠を載せた船、中には水路一杯を埋め尽くす巨大な船にこれまた重そうな鋼材を積み込んだ物の前方に長いロープを括り付け、えっちらおっちらと運んでいく商人の姿などもあった。
勿論こんな魅力的な移動手段に妻が興味を示さないはずが無く、取引所からの帰りは僕たちも水路を使って宿へと帰りついた。
珍しいからという好奇心でもあったが、単純に取引所から宿への帰り道が判らなくて困っていたというのも事実だ。

雰囲気が良さそうだからと選んだ宿から、隊商向けの取引所へはかなりの距離があった。
観光もかねていたから行きこそあちこち人に聞いて歩き続け、それを気にはならなかったものの、いざ取引を済ませて帰ろうとしても最早僕たちには帰り道がさっぱりだったのだ。
また道すがら何人も人を捕まえて宿への道を聞きつつ帰るのも軽い気恥ずかしさがあったし、折角だから、という事で素敵な小時間を僕たち夫婦は過ごした。

実は今日もこの街を一通り水路から眺めてきたばかりだったりする。
馬車や海を渡るような巨大な船では味わえない景色や乗り心地に、いい年をして二人とも興奮してまた乗りたくなったのもあるが、一番の目当ては先日僕たちを宿まで送り届けてくれた案内人自身だった。
どこか貴族を思わせる振る舞いをするその案内人の少女の運搬は少々変わっており、その様子が今のエスタの街のちょっとした名物だったらしく、二日連続で乗れたのは幸運だと笑っていた。
確かに思い返してみれば、彼女の持つ船は他のものと違っていたようだし(確かゴンドラと言っていた)ハミングを口ずさみながらゆっくりをオールを漕ぎ、決して客人に不快な振動を与えぬよう、それでいて遅すぎる事は無い船の操り方は他の運搬者とは一線を画しているように見えた。
またご縁があれば、と笑って見送ってくれた彼女の船に、明日もまた乗れるだろうか？妻は三度目の乗船を熱望しているようだが……。
こればかりは、幸運に恵まれなければならないな。

エスタの街についてはこれぐらいにして、娘たちの事を書いておこう。
娘たちからの手紙はもう届いていた。中身は……特筆すべきところは無さそうだ。つまり、順調。
髪型が違わなければ見間違えそうなほどそっくりな二人だが、手紙の内容ははっきりとその個性が浮き出ている。
生真面目なルクラは学校生活のことを主に殆どを書いているし、マイペースなノアの方はその全く逆で、休日の個人的な発見や疑問などを書き連ねていたりする。
規則の上になる学園で学ぶ事も、休日に道端で思わぬ発見をすることも、どちらもかけがえの無い物だ。
これは親としての予想だが、書いてあることはどちらかに偏っているとしても、この子達はどちらからも満遍なく経験を積み重ねていっているだろう。
僕達親が出来るのは、その経験になるチャンスを見つけ易く、時には生み出してあげる事だ。
悔いの無い学園生活を送りなさい。

♪七日目

行程の変更が入ってほっとした。
レミィがちょっと疲れた様子だったから。
……原因はどう見てもあたしね。うん、今度は気をつけよう。

疲れてるレミィをまた歩き回らせちゃうのは嫌だったから、ちょっとお金はかかるけど小船に乗って水路を回ってこの街の観光をすることにした。
レミィもそれには賛成で、しかも運の良い事に昨日あたし達を宿まで運んでくれた女の子の船にまた乗る事ができた。
居たらいいな、程度でちょっと探していただけだったけどホントにまた会えるなんて、ラッキー♪
透き通るようなハミングに、ゆったりとした乗り心地、そして何より、この街の魅力をいーっぱい詰め込んだ案内をしてくれるこの女の子の案内は、多分、エスタ中の同業者の中でも一番だって思うぐらい素敵！
それもあながち間違ってなかったみたいで、その子の案内は今大人気、二日連続で乗れたのが本当に凄い幸運だって知った。レミィも疲れを忘れて、子供みたいにはしゃぐ滅多に無い場面もあって、ほんっとうに楽しい時間が過ごせた！
……また乗れるかしら？幸運もそこまで続かないかしら？

更に宿に帰ったあたし達には、元気が湧き出る秘密の手紙が二通！
勿論、娘たちのお手紙！
今回も何度も何度も読み返しちゃった。
手紙にあの子達の表情や仕草や声は乗ってない、けれど、確かにあの子達らしい文面で、何度読んでも頬が緩んじゃう。
二人とも元気にやってる。お母さんたちも元気に頑張らなきゃね。
……勿論、何を頑張ってるかはあの子達にはナイショ、なんだけど。
この旅が終わって帰って、あの子達に会いに行くか、それともあの子達が里帰りしてくるか、それはまだわからないけど、また家族みんなが揃ったとき、この旅について話しちゃおう。
二人ともどんな顔するかしら？
何でそんな大事な事言ってくれなかったのってルーちゃんは拗ねちゃうかな？
ノーちゃんは、付いていきたかったって拗ねちゃうかな♪
そんな娘達のお叱りは予想の上だし覚悟の上！
あの子達が拗ねに拗ねて機嫌を直すのに苦労するぐらい、素敵な旅にしちゃおうっと！