ENo.143 サクラリッジ・バロックヒート

海鳥らしきものが空を旋回している。

「ニャアニャア鳴くのがウミネコだっけ？大海猫って鳥？ネコ？」
「とりあえず、カモメじゃあねぇな。ニャアニャア鳴くのはウミネコのはず……だよな？」
シオンとサクラはそれを見上げてのんきに指差して話している。
海辺でありがちな、のどかな風景……なのかもしれない。
それが随分とデカくて、えげつなく牙が生えていることを除けば。
大海猫はゆっくりと旋回して……こちらに狙いを定めたようだ。

陸戦型の機体で、空を飛んでいる敵の相手は分が悪い。
とは言え、グリッターハーツの機体は遠距離にもある程度対応可能な武装を備えているので
これぐらいの相手ならばそう引けを取ることもなく。
相手も、遠距離から撃ってくるような類ではなくヒットアンドアウェイで
近接攻撃を仕掛けてくるので、そこを狙ってカウンター気味に叩けばいい。
頑丈な歯で狂ったように噛み付いてくるが、まだどうとでも凌げる範囲の打撃だ。
噂の、死神のようなうみねこほどではない。

クリューソスが牽制し、そこへシキミが電磁ブレードを叩き込み
落ちてきたところにヒサカキが念入りにトドメを刺す。
悪くない連携だ。
そうして断末魔を上げた一匹を始末して、残りの二匹も危なげなく弱らせ、撃ち落としていく。

ぴくぴくと痙攣して泡を吹いている大海猫を蹴ってひっくり返して見下ろす。
牙が残っていれば、と思ったがやりすぎたようで三匹ともボロボロで
ろくに使えそうなものは残っていない。

そして、これが食えるかをどうか試す……には、今回は街が近すぎた。
ここでいらん冒険をするよりも、街でマトモなメシを食ったほうがいい。当然だ。
あたしらがセルフォリーフで遭遇した中ではまだ比較的食えそうな部類ではあったのだが。
とりあえず、剣の背で首の骨を砕いて息の根を止めた。
放っておけば遠からず死んだのだろうけれど、無駄に苦しめておくこともないだろう。

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エスタの街

古びた街並、のどかな空気。
いかにもレトロな感じで、悪くはない。
ホバートラックを停め、テキトーに街並やらなんやらそれらしい絵を撮りつつ、宿屋へ。

先ずは、腹ごしらえ。
聞いたところでなんとも判断しづらいので、おまかせで注文。
次々と並べられていくよくわからない料理を片っ端から平らげていく。
二枚貝のパスタのようなもの
具たっぷりな魚介類のスープ
鳥肉のピカタによく似たもの
他にも適当な焼き物をいくつか。
ここのところ野菜やら果物ばかりだったから肉に飢えていたのだ。
味付けは知っているものに近いものもあれば、馴染みがなかったりするものもあるけれど
水辺の街だけあって鮮度が良いから、旨い。
存分に食って飲んで満足したところで、適当にお開き。

街を散策しつつ、クスリやらなんやら必要そうなものを買い込む。
瓶詰めの、よくわからない色のどろっとした液体。
魔法薬、らしい。あたしは飲み薬はあんまり好きじゃねーんだが、錠剤は無いらしい。
とりあえず、ニンジャの旦那が「実際良く効く。」と言っていたからまぁ、効くんだろう。
強壮剤の一種らしく、疲労が激しい時用にいくつか保険的に持っておいたほうが良い、とのことで。
暴走体の戦闘力やらなんやらを考えると、備えはあるに越したことはないだろう。
マテリアル作りの媒体としても優秀らしいとのことでそれ用に余分に買い込む。

毛皮店等も見て回る。こちらは随分と毛皮が安い。
大家への土産にはこの毛皮のコート辺りを買っていくと喜びそうだ。
尾頭付きの敷物はちょっとワイルドすぎてヒきそう。
見た事もない変な毛並のやつのがいかにもそれっぽくていいかもしれない。
今は余計な荷物になるから買わないが。　
とりあえず、自分達用にいくつか防寒具や毛布を買い足しておいた。
北の山岳地帯のことを考えると、備えておくべきだろう。

荷物を部屋に放り込んでからは各自、自由時間とした。
そう長い時間も取れないが、息抜きは必要だろう。
なにより、あたしも必要としていた。

石畳に枯葉が散り敷いた、静かな公園。
頭上の木々を通過した柔らかな日差しが暖かい日溜まりを作っている。
弥陀山やえとサクラは四阿（あずまや）の椅子に腰掛けていた。
途中の屋台で買った串焼きにサクラが旨そうに齧りついている。
やえはそれを眺めて微笑んでいる。
ドロイドである彼は食物を必要としないし、摂取する機能もない。

「せっかくだし、ちっと歩いて見てくかァ。」
手を繋いで、ふたりで歩くと踏みしめた枯葉が乾いた音を立てた。
ぴゅう、と吹いた冷たい北風に思わず首をすくめる。
不意に立ち止まり、サクラがぽつりと呟く。

「……ごめんな、やえ。こっちだと二人の時間とか、なかなか無くってさ。」
「いえ、そんな。わたしはおねえさまといっしょに居られるだけで」
「あたしが不満なんだよ。」
面白くなさそうな声音。年甲斐もなく、唇を尖らす。
そうして己の口から突いて出た言葉に気付いてサクラはハッとして視線を逸らし
「ぁ゛ー！　今のナシ!! ナシな!! あたしなんッッも言ってねーから！」
つい、反射的に口走ってしまって恥ずかしいらしい。が、それは本心だ。
その様子を見て、やえはすこしの間、きょとんとしていたが、目を細めて
「おねえさま、かわいいっ！」
そう言うと、嬉しそうに勢い良く、しがみつくように腕を絡ませた。
ふわりと、花が咲くように笑みが広がる。
サクラは無言だが、もう、耳まで赤い。

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そのまま、並木道をふたりで歩いていく。
赤や黄色に染まった葉が、風に煽られてざぁっと舞い散る。
その葉音も、二人の足音も、夕暮れを告げる鐘の音に紛れて、呑み込まれていった。

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宿屋の一室

衣服を適当に脱ぎ散らして、下着姿でどさりと仰向けになる。
勢いと重さを受けて、ベッドが軋む。
ベッドで寝るのも久しぶり、という程でもないが、やはり野営よりもゆったりと出来る。
まだ慣れていないお嬢ちゃん達は、尚更だろう。

「お疲れさまです、おねえさま。」
脱ぎ散らされた衣服を拾って、やえが籠に入れていく。
文句も言わずに、いつものことのように。

「おぅ。やえも、今日はもういいぜー。」
寝転がったまま、通りがかりに尻をぺちっと叩く。というか、揉んだ。
「ぴゃっ!?　もう、おねえさまったら……」
不意打ちに、思わず手から落ちた籠が床に転がる。
「いやぁ、ちょうどいい位置にあったからつい、な？」

サクラは仰向けのまま、やえを見上げる。
明るく澄んだ空のような、水宝玉色の瞳。
主従の契りを結んだあの日から一緒の、ふたりの、お揃いの色。
きれいな、まっすぐな、優しいやえの瞳。
月光が海の水面で煌めくような金色の光がちらちらと瞬いている。
ヒトとは異なる、ドロイドの瞳孔。五つの光点。

「やーえっ……おいで？」
返事も待たずに細い手首を掴んで、引き寄せた。
抵抗もなく細い身体があっけなく倒れこみ、それを受け止めて抱き合う形になる。

やえが顔を上げる。すこし驚いたような顔。
目を丸くしてこちらを見つめて、逸らす。かわりに、遠慮がちに体重を預けてくる。
その様子が、愛しくて。桜色の髪を優しく撫で、指でそっと髪をすく。
着物の裾から手を入れて撫でる。少年特有の手触りと、きめの細かい肌の感触。
ヒトとは異なる球体関節の手触り。機械の腕で、機械仕掛けの身体に触れていく。
耳元で、甘く囁く。

「このままだと冷えちまうからさ、暖めてくれよ……やえ。」
「はい、おねえさま。」
やえが頬を染めて、こくりと小さく頷く。
その瞳に、細波だつ夜の海の青い光が微かに瞬いていた。