ENo.117 JAZZY

　俺は昔のことを思い出さない。先のことばかり見て、そればかり考えている。
　記憶しないわけじゃない。失敗は記録して記憶し、改善や成長の為に活かす。
　それは何もかも未来の為、結果の為だ。
　咲き誇る花を見る歓喜があるのなら、種を植えて土に塗れた感傷は生まれない。少なくとも俺には。

　例えば俺がかつて会社で新人だった頃にマネージャーとして受け持った女の子が、入れた仕事と私情の方向性のずれ、ついでに恋人が出来たことで完全に失敗し切り捨てられることになった。
　その後男の借金を背負ったとか体を売ったとか噂は聞いたが、それは俺にとって最早どうだっていいことだ。情が無かったとは思わないが、咲かなかった花はそれだけのこと。
　例えば自分が惚れこんだリンクスで何度か大会で優勝もして、その時競り合った好敵手がリモートドランカーになって崩れ落ちていくことにも興味は出なかった。その時は自分の乗るリンクスを最高の舞台に立たせることだけが重要だった。
　そうした後に自分の機体が型遅れになると思った時に、それを乗り捨ててリンクス・リングにも出なくなった。散っていく花は眺めるもので、自分が手をかけるものじゃあない。

　だから例えばJAZZYの望むままに食い散らかしてきた機体やそれに乗っていたリンカーのことなど、思い出しもしないのだ。
　アンジニティへと落とされる間に追ってきた奴らが何人居たか、それを全部食いきったのかどうかなど、瑣末すぎて気にも留めなかった。

　俺にとって目的以外のことなど路傍の石だ。
　仕事も、友人も、家族も――いや、そうでもないのが一人だけ。

　俺の後をついてきて、俺の代わりに全てに感傷を持って記憶してくれていた、弟。
　あいつはちゃんと、贈ったリンクスと繋がれているだろうか……楽しみだ。実に。
　アンジニティを出て準備が整ったらあいつを見に行こう。会いに行こう。
　最後はあの機体と決めているから――。

「Jeeeeesus！　よくわかんない生き物は多いわ砂が機体部品に噛むわでやってらんないよ黒鉄！
　こんなんじゃ周りにリンクスがいるかどうかもセンサーじゃ調べづらい！」

　寧火が不満を叫ぶ。この辺りは弟とよく似ているものだ。

「分かってる。もう少ししたら町へ着けるから、そうしたらメンテしよう。
　お前も機体に篭りっぱなしで疲れたろう」

　前の座席に座る少女は、肩を竦めて返す。

（なあ、JAZZY。お前も少し休みたいだろう――）

　コクピットから赤子を撫でるように、心中で語りかける。

　そう、今の俺が全精力をかける目的は、このJAZZYというわけだ。