ENo.1021 ジョン・Ａ・マルクス

「ご機嫌麗しゅうお坊ちゃま、今日もいい天気でございますよ。おほほほほ」

白衣の女性は満面の笑顔で言った。

「あー…久しぶりですね、リズさん。」

「あらぁ、さん付けだなんて他人行儀な。ワタクシはお仕えする身、呼び捨てで結構ですのよ。」

「そんなこと言って…呼び捨てにした途端ぶん殴られたこと…忘れてないからね。
　君は俺じゃなくて父さんに仕えてる、だったよね。」

「あらあらあらぁ〜、そんなことあったかしらねぇ。そんな１０年前のことワタクシ記憶に御座いませんのことですわほほほほ。　　　　　　ちっ」

覚えてるじゃないかしっかり。舌打ちまでして…また殴るつもりだったんだろう。
俺は深い溜息をついた。
彼女の名はリザエル・バレット。俺の家庭教師謙専属医師。
年齢不詳。見た目は２０代前半。
彼女を初めて見たのは確か４歳の時、その時と寸分変わらぬ容姿。
そういえば、歳を尋ねたときも盛大にぶん殴られた気がする。それも笑いながら。
それ以外にも、ことあるごとに殴られた記憶しかない。

「で、リズさん」

「はい？何で御座いましょうお坊ちゃま」

「なんでリズさんがここにいるのかな？」

「何でって、そりゃあ言うまでもなく坊ちゃんの治療の為で御座いますわ。坊ちゃまの為でしたらたとえ火の中水の中、異世界だろうがすぐさま駆けつけますのことですわ」

どうやってここが…。
言いかけて止めた。迂闊なことを聞くと殴られかねない。

「…なんにせよ、ありがとう」

「はて？なんのことかしら坊ちゃま。ワタクシ坊ちゃまに感謝されるようなことは一切しておりませんが」

「いや、毎度のことかもしれないけどこうやって治療してくれて…」

「治療？何を仰っているのか理解しかねますが。治療は今からですよ。」

「え？」

不覚にも変な声を出してしまった。
そしてすぐさま思い出す。とても、とても大事な事を。
そうだった。

「坊ちゃまが気を失ってる間に治療を済ますなんて+大+-もったいないこと大-ワタクシにはとてもとても出来ませんわ」

彼女は。

「さぁて、楽しい楽しい治療のお時間ですよ」

地獄の底から湧き上がるような笑い声。
いつの間にか両手の指の間には無数のメスが握られていた。

「い、いや、大丈夫だからっ」

「いえいえいえ、心配ご無用すぐによくなりますからねー、おほほほほほ」

慌てて起き上がり逃げようとする。
が。

「確保」

彼女がそう言うなり、いつの間にか俺の周囲に現れた白衣の人影が一斉に俺の体を押さえつけた。
一瞬にして身動きが取れなくなる。
彼女は悠然と一歩足を踏み出す。

「ちょっ、せめて麻酔を」

「痛いのは最初だけ。すーぐに気持ちよくなりますからね。」

よく研がれたメスが鈍く光る。
そうだった。
彼女は、こういう女性だった。

あまりの痛みに意識が飛ぶ瞬間、彼女は言った。

「最初の質問の答えがまだでしたわね。ここはフリフトにある宿屋の一室。坊ちゃまと達が目指していた街ですが一足先に運んでおきました。まもなく坊ちゃまのお友達も到着いたしますわ。」

「そうそう、坊ちゃまの代理はちゃんと送ってありますのでゆーっくりお休みくださいね。多少の痛みはご愛嬌、ですわ、おほほほほほほほ。」

え？…代…理？