ENo.667 フィル・ホリック

「ハァ……ハァ……ハァ……」
逃げる、逃げる、どこまでも逃げる。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
追ってくる、どこまでも追ってくる。
「クソッ……何という体たらくだ……」
どれほどの間逃げ続けているだろう。
一瞬のようでもあるし、永遠のようにも思える。
疲労は深く魔力は枯渇し、満身創痍の状態でひたすら険しい山道を逃げ続ける。
「チッ……」
完全に弄ばれている。
いくら悪路だとはいえ、アクセルを全開にすれば一瞬で轢き殺せるだろう。
そうしないのは単に遊んでいるのか、はたまた何か意味があるのか……。
「――――ッ！」
不意に放たれる魔術をかろうじて避け、崩れた体勢を立て直してなお走る。
その間も距離を詰める事なく、ただ一定の距離をとって追い続けるフルフェイスの巨漢。
そうして終わりの見えない鬼ごっこを続けていると、見晴らしの良い場所に飛び込んだ。
「――なるほどな」
目の前に広がるは断崖絶壁、飛び降りて無事に済む高さではなさそうだ。
進路を断たれ、已む無く振り返ると、巨漢がバイクから降り、下卑た笑みを浮かべながら歩み寄ってきていた。
要は生け捕りにしたかったのだ。
なるべく生傷の少なく、弱り切った娘を捕まえようという魂胆だったのだろう。
捕まった者がどうなるかなど……考えるまでもない。
「下衆の考えそうな事だ……」
余裕を持ってゆっくり近づいてくる巨漢を冷ややかに睨みつけ、じりじりと後退する。
「……ふんっ……」
ついに崖の端まで来てしまった。
巨漢が迫る。
「生憎だが、私は貴様などの慰み者になる気は毛頭ないんだ――」
そう言い放ち、巨漢の腕が私を捕らえる前に――
「――さらばだ」
――崖から身を投げ出した。
落ちる、落ちる、どこまでも落ちる。
巨漢が驚いた顔をして覗き込んでいるのが見える。
ざまあみろ、逃げ切ってやったぞ。
しかし、痛いのは嫌だな、もっとマシな方法はなかったものか。
次はもっとうまくやらなくては。
地に落ちるその一瞬で様々な事を考え、やがて――

・

目を覚ました時、空には朱が差していた。
どれだけの時間“死んで”いたのだろうか。
身体は動ける程度には“蘇生”していたが、動かすと激しい痛みに襲われた。
「つっ……しかし、ここで夜を明かす事は出来まい……」
この出血量では野生動物の格好の的だ。
計らずとも山を越える事が出来たのだし、ここに留まるのは得策ではない。
手近にあった杖になりそうな枝を手にして、痛みをこらえて立ち上がる。
「……見づらいな」
懐から少し血で滲んだ地図を取り出し、苦笑しながら苦労して大体の現在地をつかむ。
「月の位置があそこならば……多分あっちの方だな」
簡易の杖に身を預け、足を引き摺りながら歩き出した。

　◇　◇　◇

世界観察記録 No.4

酷い目に遭った。
正直この世界を舐めていたと言わざるを得ない結果だ。
貞操と手記が無事だったのは奇跡だと言うべきか。
血塗れの私を見ても何も言わないで泊めてくれた宿屋の店主には感謝してもしきれないだろう。
まあ、こんな世界なのだから日常茶飯事なのかもしれないが……。
何はともあれ、明日は情報収集のついでに休養をとる事にする。
久しぶりに本なども読み耽りたい……。

ToDo List
・異変の調査と解決
・同志を募る
・料理の上達
~~・オルゼへの逃走~~
~~・暴走族の討伐~~
・色んな本を読んでみる

　◇　◇　◇

翌朝、泥のような眠りから目覚めると正午間近だった。
「少し寝すぎたな……」
宿屋の部屋に着いて手記を書いた後、着替えもせずに倒れるように寝てしまったので、体は汚れでぐちゃぐちゃのままだった。
寝惚け眼のままで寝室に入り、体の汚れを落とす。
「ふぁ……夢の中でリンチに遭った気がするが、悪い夢だな……」
欠伸を噛み殺しながら着替えを済ませ、街に出る。
あんな事があった翌日とは思えないほど清々しい一日の始まりだった。

Now Doing
・オルゼでの情報収集