ENo.3093 ルビー・ダッシュウッド

たわしが、空を、飛んでいます・・・・。

えっと、たわしってああ言うものでしたっけ。
たぶん、生き物ではなかったと思うのですけど・・・。
少なくとも、ご主人様の使っていたたわしは自由に空を駆け巡ったりはしなかったと思います。

そして、人を襲うことも、なかったと思います。

突然のたわしの来襲に、私たちはひとまず応戦する事にしました。

・・・と言っても、私は武器なんて持っていません。
ご主人様の家にあったバット、持ってくればよかったでしょうか。
とりあえず、本能的に噛み付いてしまいました。

・・・いたい、これはとてもいたいです。
口の中から血が出ています。
血まみれです。
しばらくゴハンが食べられないかもしれません。

・・・ふと、突風が吹き荒れました。
見ると、すずかさんの周りを風が取り巻いています。

”かぜのみこ”だって言ってましたけれど、今ようやく意味が分かりました。
その突風は、まるで意思を持っているかのように、猛然とたわしに襲い掛かりました。

・・・・・・・見事にはずれました。

少しだけ気まずい空気が漂います。

ボロボロです。
とくに口の中は血の味がします。
たわしになんて噛み付くものじゃないです。

なんとか、たわしを撃退することができました。
でも、どうしてたわしが空を？
すずかさんも、ほかの世界から飛ばされてきた、って言ってましたし、一体なにが起こっているんでしょうか。

もしかすると、ご主人様も、この異変に巻き込まれたのかもしれません。
そうすると、今の私たちみたいに、危険な目にあっていることも考えられます。

・・・・・それに、もしかするともう

ほんの一瞬、とてもとてもいやな考えが頭をよぎりました。
口の中の痛みが、まるで冷えるように消えて行きます。
目の前が、まっくらになります。
心のなかも、まっくらになります。
なにもかも、冷えて砕けて、無くなってしまいそうです。

・・・ダメです。
こんなことを考えてはダメです。
忘れましょう。
忘れます。

・・・・私は、そんなことを認められるほど、強くはありません。

と言う訳でお料理をします！
お腹が減っていると心まで暗くなってしまいます！
まずはこの・・・えっと、その辺からとってきた果物です。
カラが固いので、まずはそれを砕かなければいけません。
ですが・・・道具がありませんので・・・えーっと

ちょっぷ。

・・・・果物は原型を留めずに砕け散ってしまいました。

次は・・・この、そこら辺に生えていた、野菜と雑草の中間みたいなものです。
えっと・・・焼いて・・・・みましょうか？
ご主人様もよく野菜を焼いたものを作ってくれました。
でもホントはお肉の方が好きです。

・・・・・・・・真っ黒になりました。

でもだいじょうぶ！野菜はまだあります！
今度は焼き加減に気を付けます。
タイミングが重要なんです。タイミングが！

・・・ご主人様は、私には火を使わせてくれませんでした。
でも、私だってやればできる筈なんです！
ご主人様に美味しいゴハンを作ってあげられるはずなんです！
そして、”美味しかったよ”って言ってもらって、頭をなでてもらうんです！
ああ、思い出します。
ご主人様のあったかい手。
おっきくて、あたたかくて、とても安心できるんです。

おっきな胸に抱き寄せられて、ぎゅって抱きしめられるのが好きでした。
ご主人様の鼓動が聞こえてきて、自分の鼓動が、それに重なるのが分かるんです。

・・・・私の鼓動が止まらない限り、ご主人様もどこかで生きているはずです。
必ず、見つけ出してみせます。
ご主人様が危険な目にあっているなら、私が助け出してみせます。
・・・この生命に換えてでも。

決意を新たにした私の後ろで、野菜が燃えカスになっていました。