ENo.3 満月の森　夜明の海　王たる者と騎士

【＊（527）さんをお借りしました！】

森の広場。最も危険を言われるそこに一つ、人影がある。
遠くからでも解る美貌に吸い寄せられるように歩きながら声を掛けた。

「―――こんにちはアリケ。貴女のご主人様は居る？」
「今日は、リンディ様。はい、アカリ様は何時ものように御休みになられております。
　起きてはいらっしゃいますのでお話に支障はないかと…」

人影、もとい女神のような衣装を身につけた金髪の美女、アリケが後ろを手で示す。
巨大な…牛車というのだろうか…が停まっている。そこに探し人物が居るらしい。
荷物を引き摺りながら向かうと何かが躍り出てきた。

「シゴト！戦う！」

朱の帯、のように見える髪をなびかせた少女。健康的な褐色の肌が迸る生気を感じさせる。
びし、と決まったポーズが眩しい。踊り子のような装束と装飾が光を反射しているだけかもしれないが。
私は笑いながら『迎撃者』に手を振った。

「シュヴァ、私は敵じゃないわよ。お務め頑張ってるのね」
「りんでぃ！きらきら！ワタシまちがえた！」
「元気なのはいいことよ」

闘気を収めぶんぶんと手を振ってくるシュヴァ。
近づいて頭についている猫？多分、猫の耳を撫でると気持ち良さそうに目を閉じた。
戦闘の主力を担っている彼女が居るならば、守られる者もちゃんと居るだろう。

騒々しさに気づいたのか牛車の御簾が上げられる。

「騒々しいと思ったら来客かえ？ようきたの、リンディ。歓迎するぞぇ」
「嬉しいわ、アカリ。今日は聞きたいことがあって来たの」

私が訪れたのはアカリこと星明大神（ほしあかりおおみかみ　と読むらしい）のもとだった。
見かけたのはセルフォリーフに来たばかりの時、スティルフの街で。
眩さに惹かれこうして話し相手になってもらっている。

「して、かような場所に何用かの。そちはてっきりハムスターをもふもふしておると思ったが」
「ハムスターはまだあと。ほら、前に喋るリンゴがどうのって言ってたでしょう？」
「言った記憶はあるのう。なかなかに不思議なものじゃて」

口元を隠しほほ、と笑うアカリは狩衣のような、しかし豪奢な造りの衣装に身を包んでいる。
元の世界では高貴な神様をしているらしいから、服装も気を遣うのかもしれない。

「それでね、物理的な方法で捕まえてみたのだけれど…何か使い道ってあるかしら」

ぐい、と荷物を引っ張る。
縛り上げられたそれは血走った眼をアカリに向け。

「ふぐぅうううぅぅううゥッ！！！！」

「お主も中々どうして、思いきったことをするのぅ……」

助けを求めた荷物の正体は『アップルさん』である。
全身を乱暴に縛られ猿ぐつわを咬まされた姿にさすがのアカリも面喰らったようだ。

「生きてる無機物…植物だけど、人間に見た目が近いし」
「お主に魅了されていないようじゃな。『魅惑』がなければ仕方のないことじゃが戦力にはならぬよ」
「そうなのよ。でもせっかくだから…何か、ない？
　『魅惑』のプロのアカリなら思い付くと思ったの」

使えそうな物を見つけたらとりあえず拾うのは悪い癖だと理解している。
理解しているがもったいないのだから仕方がない。

アカリは暫し顎に手をやり思案していたが、唐突に手を打った。
悪戯っぽく瞳が輝いている。

「リンディ、縄はまだあるかえ？」
「縄？この予備ならいくつか…」

縄と一緒に、可哀想なアップルが哀れっぽい悲鳴を上げながら引っ張られる。
詳しくないけれど、別に特別な物ではないと思う。アップルがたむろしていた場所で拾ったし。

「充分じゃ。予が直々に指南してやろう」
「何を？」
「ふぐぅ！んぐうぅ！」
「ちょっと黙ってて頂戴」

嫌な予感に駆られたアップルが首を振る。横にぶんぶこと。
とりあえず剣を突き付ける…のは（神前なので）諦め、頭の葉っぱを引っ張って黙らせた。
よく解らないが弱点らしい。

「そやつは林檎なのであろ。なれば梱包してやらねばなるまいて。
　より魅力的に見えるように、のぅ……」

く、とアカリの唇が歪む。赤い紅が妖艶な笑顔を引き立てた。

「さすが神様、何でも知ってるのね！ええと、ここで良いのかしら？」
「秘伝ゆえ他人には見せとうない。中に入るが良いぞ」
「あら、神の御座所に入って良いの？」
「お主なら問題あるまいよ、人間とは違うようじゃしな。ほれ」

手招きされては断れない。具足を外し、出来るだけ静かに輿に上がった。
震えるアップルはまず上半身を上げて寝かせ、汚れ払いで綺麗にしてから上げてやる。

「アリケ、外はシュヴァに任せて手伝うのじゃ。一人では足らぬ」

私が御簾を下ろそうとすると思い出したようにアカリがアリケを呼んだ。
アリケは振り返ると困惑した表情を浮かべる。

「アカリ様、シュヴァ様だけでは依頼が来たときに差し障ります。
　取り次ぎも基本的に私の役目ですので、外に居た方が良いのでは？」
「予についているのが本来の役目であろ。はよう来やれ」
「―――解りました。お手伝いさせて頂きます」

ちょいちょい手招きされ諦めたように中に入ってくるアリケ。
4人（1体はリンゴだが）入っても余裕がある。本来はペットを侍らせるためのスペースかもしれない。

怯えるアップル以外が腰を落ち着けたのを見計らいアカリが予備の縄を取り上げた。アリケに何やら目配せする。
それを受けたアリケは不承不承といった動作でアップルを押さえつけた。

重く揺れる胸とむっちりした柔らかそうな太ももを備えた体は、筋肉リンゴでも振り払えないらしい。
ばたばたともがいているアップルの縄がアリケに解かれ、横に置かれる。

「梱包って言ってもどうするの？箱や包みは無いみたいだけれど…」
「ほほほ、よいから見ておれ。見るに華やかな、実用に足る結びをの。
　さ、て。直々に結うのは久方ぶりじゃ」

アカリの掌の中で縄が形を変えていく。魔法ではなく普通に結んでいるだけなのだが滑らかすぎて目で追うのが精一杯だ。
瞬く間に結び目が4つ、できていた。不思議な形状だがもちろん意味があるのだろう。

「輪を4つ作ればいいのね。最初のは長めで…縄は一本でいいの？解いた方は使わない？」
「この方があとあと楽なのじゃ。古来より伝わる、由緒正しき様式ぞぇ。
　二本目は本当に予備じゃな。アリケや、この部分を通してたもれ」
「はい。―――動かないで下さいね。しっかりつつも窮屈ではない方式ですが…
　暴れれば締まります」

締まる、という言葉のせいかアップルは大人しくなった。
現段階では完成形が解らない。腹側に来ている結び目に何かありそうな気がする。

アリケが後ろから、見もせずに縄を組んでいく。
一番下は輪を描くように、その後は最初に作った結び目と結び目の間、つまり輪の部分に縄を通していった。

「もうすぐ終わりですから我慢して下さいね。痛くも苦しくもないでしょう？」
「どれ、最後の仕上げは予がしてやろう。縄の跡が残らぬようにしてやるのも持ち主の勤めじゃぞ、リンディ」

指示されるより前にアリケがアカリと場所を代わった。
何やら最初に通した部分を弄っているが、どうやら縄と体の間に縄を咬ませたようだ。

「これが大きく重い、主に米俵とかじゃな。そういう物に使う結びぞぇ」
「確かにこれならぐるぐる巻きで縛るより安定するわね。見た目も綺麗だし」
「緩い場合はここを引っ張って調整が出来るようになっています。
　探索が進めば荷物が増えますし、リンディ様も覚えておいて損はないかと思います」

縄が綺麗な菱形を描いている。これが上手く重さや力を分散させているのだろう。
アップルほどの大きさのもの…武器や防具を一纏めにして、布で包んだものを縛るには丁度いい。

荷物の持ち歩き、というのは実際かなりの問題がある。
素材として拾えるものは、つまり武具として加工できるものであり、ある程度の大きさを持っている。
石英も結構大きな結晶だし、松の枝も中々の長さがある。投げやりな物体も意外と大きい。
………たわしの大きさにはやや疑問が残るが。

「勉強になったわ、ありがとう。キャンプに使う結び方なら知っていたのだけれど…」
「ほほ、普通はそんなものであろ。ものは試しじゃ、自分でやってみるがよいぞぇ」

その言葉にビクンとアリケが反応した。

「アップルに？一度解けばいいのかしら…」

アカリがにぃと、笑う―――――

「今日は色々ありがとう、アカリにアリケ」
「いつでも歓迎してやるからの、また来るがよい」
「はぁ……、…お疲れ様でした、リンディ様。お帰りの道中、お気をつけて」

面白そうに笑うアカリ。夕日のせいか赤い顔をしているアリケ。
シュヴァは少し離れた所で情熱的なリズムを刻んていた。
二人に礼をして仲間の元へ引き上げる。

アップルは同行させられないので途中でリンゴの木に結んできた。
綺麗に梱包したからきっと拾ってもらえると思う。

―――――

「お役に立てれば良いのですけど・・・」
「あっ、駄目」

戦闘中に喚び出したサイレン。その姿に一瞬にしてモザイクが掛かった。
正確には首から下、足先までが青くぼやける。

「あれっ？あの、召喚主さま？これは一体・・・」
「その格好が倫理規定に触れてるからモザイクが掛かったの。
　体に異常はないから我慢して」

衣服を身に着けていない上半身は、許される場合と許されない場合がある。
サイレンは許されない場合だった。女性体だからだ。

私や第二人格、第四人格は問題ないのだけれど、第三人格が…

「健全な青少年を…なんて古臭いけど、鼻血を噴かれるのよ。共有物だから…」
「そ、そんな事情が・・・申し訳ありません、召喚主さま・・・」
「気にしないで。さあ、歌いましょう」

「……僕、そんなに信用されてないんでしょうか…」
「信用の問題ではないと思うぞ。成熟や耐性の問題だ」
「そ、そうですけど…別にあれくらいじゃ…」

ぶつぶつと呟く第三人格。サイレンの裸が見られないことではなく、自分が枷になっているのが嫌らしい。
第二人格は可笑しそうに笑うと、その肩を叩く。

「その気持ちは私も解らなくはない。解らなくはないが…一般的にはお前くらいの歳ならあれを意識してもおかしくはないんだ。」
「男の子って難しいねっ！体に出てきちゃう！」
「難しいよ…ほんとにさ…」

無意識に鼻を擦っていた自分を自覚し、嫌気がさしたかのように天を仰ぐ第三人格。
今日はもっと危険なものを、見た気がするんだけどなぁ…。