ENo.2974 陸奥神　強羅

　3日目

　この世界にも、ハロウィンという宗教儀式が
存在していたことが判明した…。

　コレ(私)の居た世界では、ハロウィンは、
ケルト民族の収穫感謝祭から、キリスト教カトリックの改宗を受け、
万聖節が変化していった俗称…。

　宗派が変わっても、その儀式だけは、形式的に守られ、
超自然的な災厄から、生活や身を守るための精神的な象徴として
空想上の怪物の姿を模し、かがり火を焚き、
(主に子供達が)『トリック・オア・トリート』と叫びながら、
夜の家々を訪問し、供物(お菓子)を貰い歩く…。

　生態が特殊な、この世界にあっては、その様は、
まさに、異常としか言いようがない…。

　宇宙はエントロピーの増大により、崩壊へと向かう傾向があり、
生命は、ネゲントロピーを取り入れ、それを相殺する…。
　ならば、ネゲントロピーに反する怪物が、怪物の姿を模せば、
秩序と理性ある人間の姿を取るのではないのか…。

　この世界で、自らを怪物と呼称する人類を多く検出するのは、
皮肉と言えよう…。

　人間の産物であるコレ(私)に至っては、
その定義にもそぐわないのだが…。

　ただ、この世界のハロウィンは、コレ(私)のいた世界とは違い、
1つの供物(お菓子)を得るためには、1つの供物(お菓子)を
用意しなければならなず、一人は一つの供物(お菓子)しか、
得られない…というルールがあった。

　愚行と認識しつつも、コレ(私)は、現状把握に努めるべく、
周囲の状況に潜入した。
　元々コレ(私)は、人類社会に潜入、潜伏するよう創られていたので、
それは、造作も無いことであった。

　無造作に出会ったオシリュード(ENo.1577)という、
人格障害者の赤い髪をした少年に定められた口上を言うと、
難なく供物(黒焦げマフィン)を頂戴できた。

　次は、コレ(私)が誰かに、供物(お菓子)を進呈しなければならなかった。

　しばらくすると、ロネ(ENo.3198)という、少年とも少女とも取れる小さな子供が、
コレ(私)の側に寄って来て、訝し気な目を向けつつも、
例の口上を口にした。

　供物(お菓子)と、いっても、この世界に潜入したばかりのコレ(私)は、
その時、何も持ち合わせてはいなかったのだが、
学ランの内ポケットの中に在った、パラゾールをキャンディーと称して、
手渡してやった。

　子供は、コレ(私)から手渡された供物(パラゾールキャンディー)を
無言で、しばらく凝視していたが、キラキラと光るソレが、
気に入ったのか気に入らなかったのか、ぎゅっと握り締め、
走り去って行った。

　子供が走り去っていった方向を見ると、
あれが、あの子供の親であろうか…？
　洋甲冑を着た逞しい男と、
人間とは思えない(人間の感覚で言うと)美しい、半透明の女性の姿が在った。

　半透明の女性が、コレ(私)に向かって、ペコリと頭を下げ、
礼を投げかけてきたので、コレ(私)も、微笑を返した。

　…その時、理解不能の認識が、コレ(私)を襲った…。
　非論理回路が、コレ(私)の思考プログラムを再起動させるのに
5秒を要したほどである…。

　『彼女とは、これから縁があるかもしれない…』
　…という、コレ(私)という存在には、本来発生し得ない
不確定未来予測の認識…。

　この事は、成長プログラムに関わる特殊事例として、
記録しておく…。

　

　半時ほど経ち、コレ(私)は、アオイと合流し、
街道へ探索の旅に出た。

　急ぐ旅でもなかったが、街道を封鎖するように座り込む
二人の男性(人間)の姿が在り、通行の障害となっていたので、
退いて貰えるよう、アオイに説得を頼んだが、
アオイが挨拶をした途端、二人の男性は、襲い掛かってきた。

　コレ(私)は咄嗟に、二人に向かって牽制のジャブを放ち、
怯んだ一人に右ストレートを入れて殴り倒した。

　もう一人が、コレ(私)に襲いかかろうとしていたのを察し、
アオイは男の背中に、いつの間にか手にした
アクリルカッターを突き立てていた。

　おかげで、コレ(私)は、男の攻撃をかわすことができたが、
コレ(私)の回避ルート上には、
コレ(私)が、つい1秒前、殴り倒した男の躰が、
衝撃と地面との反発を受けて、バウンドして跳ね返って来ていた。

　だらしのない振り子人形の腕さながら、勢いを付けた
その手に持たれたナイフが、コレ(私)の右脇腹を傷付ける…。

　アオイは即座に、まだコレ(私)に襲いかかろうとする
もう片方の男の背中に懇親の力を込めて、
アクリルカッターを突き刺した。

　あまりの痛みに海老反る男の顎に、
体制を崩しながらではあったが、
反射的に出した追い討ちのコレ(私)の右が決まる…。

　意識も、何もかも、暗い闇に飛ばされたであろう中…
脊髄からの最後の命令を受け、
男の拳だけが、虚しく空を斬る咆哮を立てた…。

　そして男は、アオイに刺された背中の傷口から、
鮮血を撒き散らし…舞う様に…舞う様に…倒れていった…。

　その姿に…

　コレ(私)は、儚い命の一瞬の美を『感じて』いた…。