ENo.1396 めいふの

青い空に雲が流れているなー。

ふのさんは乗り合い馬車の荷台に座って空を見上げていた。両隣にはカンタとななみねーちゃんも座っていて、そろって空を見上げて、ぼーっとしていた。

リンゴとの初戦闘初勝利以降、パーティの勝率は芳しくなかった。現実は厳しく、勝利は容易ならず。

ふのさんは空を見上げつつ、セルフォリーフでの戦闘を思い返してみる。しかし、敗北を重ねてきたとはいえ、教訓も色々とゲットした。その一つは、

『とりあえず、既成概念は心の棚の上に置いておけ』

である。なかなか無茶のきく世界のようだ。

☆　通常戦・ホワイトタイガーさんとのふれあいタイム

ふのさんごの一行がやさぐれリンゴに勝利した後、森の中の抜けて平原へ向かっていた時のことだ。初戦闘初勝利に気を良くしていたパーティだが、禍福は糾える縄のごとし、その道中、ななみねーちゃんは鼻をひくひくさせて急に立ち止まった。

「…なんか獣くさいな。花のにおいもする」

パーティに緊張が走った。近くに獣がいるらしい。

ふのさんは思い出す。動物図鑑によると、獣の類いが狩りをする場合は、得物には風下から近づくものだ。臭いで得物に気づかれないようにする。ここに獣の臭いが残っているということは、獣のテリトリーに入っちゃったのかもしれない。テリトリーを犯されたことに気がついた動物はすごく不機嫌になって襲ってくるだろう。

早々にその場を離れたほうがよさそうだ。

しかし、時は既に遅かった。

「虎だ！　虎が出たよ！」

陸さんが叫んだ。ホワイトタイガーさんが二匹、こちらにのしのしと向かってきていた。後方には野バラさんも控えています。

ここは動物園ではないのでタイガーさんとふのさんを隔ててくれる檻はない。このままではふのさん達とホワイトタイガーさんとのふれあいタイムが始まってしまうわけだ。

ホワイトタイガーさんとのふれあいタイム。ふのさんはその様子を想像してしまう。ホワイトタイガーさんは逃げ惑うパーティメンバーに飛びかかり、首に噛み付いて骨をガキンと噛み砕く。パーティメンバーはデッドボディに早変わりだ。後はタイガーさんのごゆるり食事タイム。新鮮なデッドボディの内蔵からおいしくいただかれてしまう。ふのさんは凄惨な狩猟場を思って震え上がった。ふれあいが一方的すぎるっすよ！

遺灰由来の死体であるふのさんはホワイトタイガーさんに食べられないかもしれない。しかし、野バラさんには養分としていただかれてしまうだろう。灰は肥料になりますからね。

ふのさんはむむと唸る。我らはホワイトタイガーさんに勝てるだろうか。とあるマンガによると、人間が肉弾戦で勝てる動物の体重はだいたい３０Kgぐらいまでだそうだ。今回現れたホワイトタイガーさんの目方はどのくらいだろうか？　ふのさんがむーと見積もるに、こちらの前衛の２倍程度、１２０Kgくらいだろうか。これは虎のサイズとしては小さめだが、１２０キロといったらヘビー級のプロレスラーの体重である。そして、時速６０キロで走れるプロレスラーはいない。

いずれにせよ、DEAD ENDは目の前。あわわ。

ふのさんが青くなっていると、しかし、パーティの勇気ある者がホワイトタイガーに立ち向かう。

「リクは退路を確保してな。お前は後詰めだ」

ななみねーちゃんが虎殺しは豪傑のたしなみとばかりに前に出る。その右腕からはオーラが立ち上がっていた。

「やってやろうじゃない」

カンタのにーちゃんも不敵な笑みを浮かべて虎に立ち向かう。彼は召還師の末裔でもある。

ふのさんの心に感嘆符が灯る。彼らはなんて勇ましいのでしょう！　

そして、自らを省みた。あちしもセルフォリーフの冒険者なのです。丸腰じゃあない。持てる力と知恵の全てをふりしぼって苦難に抗いましょう。

「運の悪い虎どもだずぇ」

とりあえずかっこいい台詞を吐いてから３人で並んでみた。前の３人が虎を食い止めて、後ろの２人が安全な逃走経路を見いだす。そういう作戦になった。

そして、先手必勝だ。ふのさんは素早く魔力を練った。カンタのにーちゃんはマイケルさんを召還し、ななみのねーちゃんは気弾を、ふのさんは魔弾で先制攻撃だ。

ズギャーンと放たれたエネルギーの塊は、しかし、タイガーさんにするりとかわされた。
タイガーさんは余裕だった。慌てた様子もなくのしのしと近づいてくる。

あわわ…一発もあたらない…

彼我の戦力差は絶大である。何だろう、この手に負えない感は。バットを持ったこともない茶道部が野球で野球部に挑むようなもの、というやつか。ふのさんはいつも以上に顔色を青くして、嫌な汗をかいていた。死体は体温なんてないので汗なんてかく必要ないですが、気分で暑くなり、心で汗をかくのです。

「これならどうだ！」

ななみねーちゃんとマイケルさんがタイガーさんに突進する。ななみねーちゃんとマイケルさんのドロップキックがホワイトタイガーさんに炸裂した！

しかし、ホワイトタイガーさんは意に介した様子もない。ダメだ、体力差がありすぎる。今度は逆に、ホワイトタイガーさんの連撃がななみねーちゃんとマイケルさんにガシシと炸裂した。なんか音までした。

スバズバズバ！！　ズギャーン！！

ずぎゃーんは最後のアッパーの音だった。こんな音聞いたことない。

ななみねーちゃんとマイケルさんは垂直にギュルギュルと回転しながら垂直にふっとばされ、そのまんま頭からグシャア！と落下した。

「……」

ふのさんは呆然と立ちすくむ。何が起ったのか？　そして、なんだろう。大惨事なのにあんまり深刻にならなくてもいい気分だった。現にななみねーちゃんはかなりの高さから頭から落ちてきたのに、頭をさすって唸っている。

いててとか言ってた。いててどころじゃないよ。普通は首の骨とか折れてるよ。

「…これはひょっとしてマンガ物理学というやつなのか？」

偽島を旅していたらのじ和尚に聞いたことがある。偽島では通常の物理総則がユーモラスな方向に無視されるらしいのだ。

らのじ和尚は偽島から出る際に、冒険者達全てを押し流す大水流に巻き込まれたという。通常、水流には質量とエネルギーがある。滝の修行では滝の水に押しつぶされそうになるそうだ。水が人にぶつかれば必ず影響があるはずであり、大きな水流の影響は大である。瀑布や津波のパワーは絶大である。だが、らのじ和尚が大水流に流された時は、まるで布団にくるまれたかのように快適であったという。そんな水流などありえない。

偽島には冒険者がクリティカルな事態にならないような魔法がかかっており、らのじ和尚はその魔法のことを「マンガ物理学の適用」と呼んでいた。そのマンガ物理学はセルフォリーフにも存在するのではないか？

「マンガってことは、今から俺たちが大逆転するのもありってことだな？」

カンタのにーちゃんはそう嘯く。それはちょっと違うんじゃないかなー…

そうこうしていると、ホワイトタイガーさんは、ふのさん達を取り囲み、のしのし、ぐーるぐーる周りはじめた。次の得物はカンタとふのさんだ。タイガーさんの背には野バラさんがおり、甘い香りを漂わせ、ふのさんたちを魅了するので、ほわーんとなってしまう。逃げられない…！

うあーあっちいけーと腕を振り回すも、白虎共は意に介せず、のっそりと近づいてきた。ひいい。ホワイトタイガーさんはふのさんに軽やかに飛びかかり、無数の連撃を叩き込む。

スバズバズバ！！　ズギャーン！！
(ジャンプ大パンチ→中パンチ→大パンチ（ターゲットコンボ）→キャンセル・ホワイトタイガーアッパーカット)

前足アッパーで吹っ飛ばされる刹那、ふのさんはホワイトタイガーさんの声を聞いた。

にゃーん

こいつらただの白い大きな猫だー！！

ふのさんはすごい勢いでギュルギュル回転しながら垂直に吹っ飛ばされ、

あー、空がきれいじゃなー、

そのまますごい勢いでギュルギュルと頭から垂直に落下した。

ふのさんはドリルライクにぐるぐる回って地面にめりこんでしまった。痛い。暗い。何も見えない。動けない…。もうわけがわからないよ。ふのさんは気を失ってしまう。

ふのさんが気づくと、パーティは草原にいた。ふのさんが気を失った後、虎のテリトリーを把握した陸さんにリードされ、ふのさんとカンタにーちゃんを四畳半の姉弟が担いで逃げたらしい。アイさんが必死に魔弾で牽制していると、ホワイトタイガーさんたちも追撃をかけてはこなかったという。

☆　草原を進む馬車の上

馬車にゆられつつ、ふのさんは顧みる。どうやらここセルフォリーフの世界はマンガ物理学が有効な世界のようだ。ホワイトタイガーさんにぶっ飛ばされてもにパーティの死傷者はなしですんだし、おそらく爆弾が爆発してもアフロヘアーになるだけですんじゃうんだろう。でも、ぐるぐると地面にめり込んだ時にはそれなりに痛かった。怪我はそんなでもないから、魂的に痛かったというべきか。

ふのさんはらのじ和尚の言葉を思い出す。偽島もセルフォリーフも、様々な世界の住人達が冒険者として集まる場所である。人間、アンデット、神とか悪魔とか、ロボット、宇宙人、思念体、等々色々いらっしゃる。その世界の住人達の感覚器官というものは多種多様なはずだし、元々所属していた世界では物理法則も異なる可能性まである。セルフォリーフでは、そういった様々な世界の住人が１つのパーティを組み、一緒に冒険する。マンガ物理学の適用は、その多種多様の世界の住人に、共通の感覚の土台を与えるためのインターフェースの１つなのかもしれない。

「この世界では既成概念をいったん心の中の棚の上に置け」

ふのさんが故郷で得た常識はこの世界では通用しない。曇りなき眼で事物・事象を観察し、この世界の理法を見いだすべし。

ふのさんらのじ和尚の言葉を頭の中で必死に整理する。パーティに非常識なのが一人でも混じると、パーティの感覚の水準がその非常識の影響を受けるってことか。リアル画な方々ばっかりなパーティは、やっぱ虎に会ってもリアルに対処するんだろう。

でも、うちのパーティはその常識知らずのお陰で助かったのか。ありがたい話ですよ、ええ。

ふのさんが自分のことは棚に上げてつらつら考え事をしていると、ふと空が暗くなった。馬車が都市の城門をくぐり抜けたのだ。

「おおー、町だー」

馬車はオルゼの街についたようだ。石造りの建物は四角い石を寸分狂いなく組み上げたもので、町並みは芸術的な雰囲気を醸し出している。

「みごとなもんじゃなー」

まあ、難しいことはいいや。みんなで街を見物しておいしいもんを食べよう。ふのさんは石造りの街内を眺めて歓声をあげていた。お上りさん丸出しである。それまで考えていた小難しいことは全部うっちゃらかして、ふのさんはオルゼ観光のことで頭がいっぱいだった。