ENo.1363 異世界の二人

アップルさんの討伐を終えた二人は、最初の街に戻った。
こちらの世界で唯一、金銭として正式に取引で使えるという、PSを手に入れたからだ。
ふと気がついたが、シュノーンが前に観光した島も、通貨の種類、読みが同じだった。
同じような仕組みの世界、…もとい、次元なのだろうか。

…そういえば、あの島には管理人がいた。

「流石に分かる…だろうけど。着いたよ、ホヅキ」

街は、訪れた初日よりいくらか人は少なく感じるものの、賑わいは変わらなかった。
ただ気になるのは、人々が何の菓子を交換するとか、そういう話をよくしている事だ。
何かあるのかと見渡し、店の飾りや売り物で、祭の内容を把握した。
仮装で悪霊を欺き、子供がお菓子をねだり歩く、あの行事。

「ホヅキ、どうやら…ハロウィンらしいよ」
「おー、だから子供が騒いでるわけだ。どこもやる事は似ているんだな」

シュノーンは街の変わり様をホヅキに説明しつつ、通りを練り歩いた。
歩きながら、次の依頼へ向かう為の買い物を済ませておく。
…とりあえずは、こんな程度の整えで良いだろう。

「ハロウィンかあ。俺はパイよりも、グラタンが良いや」
「…お腹空いた？」
「うん。わりと切実に」
「早く街へ着く為に…長めに、歩いたし。
日は…まだ高いけど、遅めの昼食がてら、宿でも…とろうか」
「そういう提案は、拒む理由が無いな」

宿を選ぶ基準は、人それぞれだ。
値段、設備、安全面、交通など、上げていけば片手では足りない。
ホヅキとシュノーンの場合、選ぶ基準はとてもシンプルだ。
利便性は二の次で、何よりも、まず食事が充実していること。
食べることが好きなホヅキが旅のホストだから、当たり前と言えば、当たり前だ。

「…ツイン。出来れば…低い階の部屋が、良いのだけど」
「ええ、空いております、ございます。すぐに案内させましょう」

ボーイに連れられて、部屋に向かう。
二階の小綺麗なツインルーム。小さいながらも、シャワー室がついている。
これなら、ホヅキが一人でフラフラ歩かないで済む。

(いたずら、するからな…)
「食堂はどこ？」
「一階です。…あっ、部屋で取っていただく事も、出来ますけど」
「いい、いい。ありがとな。食堂に行くよ。一階かい？」
「そうです」

ホヅキの素早い行動で、あっという間に食堂へ到着した。
他の事では道草ばかり食うくせに、食事が絡むと、さすがとしか言いようが無い。
心なしか、狼耳がぴろぴろ動いているような。

空いている席へ座り、お品書きを眺めた。
あまり食事を取らないシュノーンはともかく、ホヅキは既に食べたいものが決まっていた。
お品書きは読めないが、欲しいものに近い料理を、一つ一つ読み上げて貰う。

「…で、どれにする？」
「南瓜と海老のシチューと、胡桃パン」
「揺るがないね…」
「触手パスタはやめとく」
「…飲み物、は？」
「んー、シュノと一緒で良いよ」
「エスプレッソだけど」
「あんな苦いの、飲み物じゃないだろう…。物好きめーっ」
「他の、頼めばいいじゃない…」

注文してからしばらくすると、ウェイトレスが料理を運んできた。
深めの椀に入ったシチュー、胡桃パン、バターとチーズ、香草サラダ、松の実が入ったスパゲティ。
熱いエスプレッソと、温かいレモネード。

(シチューに、ホットレモネード…。ちょっと、濃ゆい)
「それから、ええと、シフォンケーキでしたね。
生クリームが溶けてしまうので、後から運びますけど…」
「構わないよ。生クリームは、多めでよろしく」

食事に小さく感謝してから、シュノーンが香草サラダを取り分ける。
ホヅキはフォークを器にくっつけ、位置を確認してからサラダを口へ運んだ。
シャキシャキと歯ざわりの良い葉野菜に混じって、香草がこうばしく広がる。

「思ったんだけど、シュノはさ」

バターをくっつけた胡桃パンをかじりながら、ホヅキがモゴモゴと喋る。

「…食事を、こう、回数取らないよな。でも、少食じゃないし。
前々から気になってはいたんだけど、何でなんだ？」
「…頬袋みたいな膨らみ、作らないでくれる？面白いから…」
「ええーい、質問に答えろ。
禁止ワードだったなら、謝るから、忘れてくれ」

頬に詰め込んだパンを飲み込んだのを確認してから、
シュノーンはスパゲティを突きつつ、ゆっくり話しはじめた。

「幼い頃は…普通に三食、食べていたんだよ。
…回数が、目に見えて減ったのは…魔術師として、活動し始めてから、かな。
原因の魔力飽和は…元々、持ってたんだ。幼い頃は、杞憂する…程でも無かったけど」
「自己生産魔力の量が、体内蓄積量を上回るヤツか」
「そう。成人してから…一気に、症状が加速してね。
あんまりに、湧く魔力が多いものだから…。
…食事を減らして、足りない分を、わざと魔力を消費する事で…補うように、したんだよ」

魔法や魔術を使用する方法は、大きく分けて三つある。

一つは、異質の存在と契約を結び、対価として力を得る方法。
契約対象としては、いわゆる魔族や精霊が多い。
ただし、召喚・使役とは分野が少し異なる。

二つ目は、自然界からエネルギーを集め、それを一つの形にして使用する方法だ。
大気に漂うマナやエレメントを、身体と言葉や道具を通して、具現する。
何者かの存在から、与えられるわけではない。

最後は、自らの身体から魔力や神力を作りだす方法。
精神的なものだったり、血筋や肉体の一部にしろ、発生源が使用者から、というのが基本だ。
機械や魔具で擬似的に補う場合や、超能力を同類として扱うかは、個人や世界の考えによる。

魔力飽和は、三つ目の自己生産型に集中している。
本人の限界を無視して力が湧いてしまう、一種の病気みたいなものだ。
ただ単に、有り余るというレベルではない。
軽度の症状なら発熱程度で済むが、重くなると、結晶化した魔力を吐いたりする。
酷い場合は、処理しきれなくなった魔力に蝕まれ、深い眠りにつく。
毎日大量に魔力を消費していれば、気にするような病ではない。

「魔力を吸収する石とかは？」
「半日で、壊れたよ」
「壊したって…壊れるもんじゃないぞ、あれ」
「…吸い取りきれなかったんだ、石が。
今は、城のメイドや執事に…魔力を、貸してるよ。作業がはかどると、喜んでるし。
それに…魔力を食べてくれる、友人も出来たから…ね」
「まったく、普通の魔術師の言葉じゃないな」

ホヅキはニヤリと笑い、マグカップのレモネードを飲み干した。
いつの間にか、完食していたようだ。
すでに、デザートを待っている。

話をしながら、聞きながらも、食べ進めていた姿は、マイペースそのもの。
ちゃんと理解したのか疑心に思えるかもしれないが、ホヅキはそういう人物なのだ。
返事が返って来れば、何も問題無い。

シュノーンもくすりと微笑んで、自分の食事を再開した。

「やー、満足、まんぞく」

部屋に戻ると、ホヅキは頭巾とマントを脱いだ。
さらに、体中にくくりつけた小袋を取っ払い、ナイトテーブルに積み重ねる。
本当に大事な商売だけは、小さな小箱に納めてある。
そのあと、洗面所へふらふら向かい、顔を洗って口をゆすいだのだが

「シュノーン、眼鏡とってくれー」

眼鏡を外すのを忘れていた。
所々に、髪の毛が絡まっている。
顔とその周りををびしょびしょにしたまま、困った顔をしていた。

「…じっと、してて」
「してるけどさ。声、震えてるぞ？」

素でやっているのだから、退屈しない人物なのは、確かだ。

［今日のケルベロス］

小さなケルベロスには、兄弟がいます。
本当の兄弟という訳では無いのですが、兄弟なのです。
マスターが連れて来てくれた、大事な大事な、弟分なのです。

普通のケルベロスは、真っ黒な毛並みをしています。
でも、弟分のケルベロスは、冬の空から降ってくる雪みたいに、真っ白なのです。
尻尾の蛇も白くて、眼は月みたいに黄色いのではなく、太陽みたいに真っ赤でした。

マスターとお揃いの眼だねと羨ましがったら、マスターとお揃いの毛並みだねと返されました。
じゃあ、ふたりでマスターとお揃いになれるねと言うと、弟分はちょっぴり照れたようです。

黒いケルベロスの名前は、ルディアン。
首輪の石は、真っ赤なルビー。

白いケルベロスの名前は、サフィンク。
首輪の石は、真っ青なサファイア。

地を駆ける黒い犬と、天を翔ける白い犬として、領地を守っています。

［今回は真面目に見える］