ENo.958 シドー

蒲焼は残念ながら、戦闘でぐちゃぐちゃのどろどろに汚れちまってとても食えるもんじゃなかった。
もったいない事はもったいないが、あっちから襲ってきたんだからしょうがねーよなあ。
しかしまあ生きた魚はまだしも蒲焼が動くとは……この世界はどうなってんだ？

そんなこんなで、この世界に来て2回目の夜が明けた。
俺たちは今、街の近くにある平原に来ている。平原と行っても、緑豊かで綺麗な景色とは程遠い、茶色い焼け野原みたいなもんだが。
あーあーこんなときにプランティでもいれば、このほこりっぽい平原もあっという間に緑の大草原になるだろーになあ。
プランティってのは俺の友人で、植物を司ってる精霊の女だ。
あいつは荒れた大地を緑でいっぱいにするのが大好きらしいが、この世界にいる植物の精霊はなにやってんのかねえ。

そんなことを考えてると、突然何者かに背中をとんとんと叩かれた。さっと振り向くと、…ん？誰もいない……？
そのままあたりを見渡すが、どこを見ても茶色い平原が続くばかりだ。いったいどうなって……ん？
視線の下に、コルクのようなものがちらりと見えた。少し下を向くと、瓶が野菜の入った小さな瓶を持って俺を見上げている。なんだお前かよ、警戒して損した。
見えなかったのはこいつがチビなのもあるが、俺のこの体はやたら身長高いからな〜。
陰の体なんで俺がちっこくなることも簡単だが、今はこの姿が気に入ってるんだ。カッコいいからな。

まあそんなことは置いといて。どうやらピクルスが漬けあがったようで、ゴボゴボ言いながらその瓶を渡してきた。
昨日も言ったが、俺はすっぱいものが好きだ。会って間もないくせに俺の好みが分かるとはやるなこいつ。
まあ野菜が野菜なんで味の不安がないわけじゃないが、せっかく俺のために作ってくれたものだしありがたく頂こう。
ピクルスが入った瓶のふたをきゅるきゅる回してかぽっと開けると、俺好みのすっぱい匂いが漂ってくる。うーん、たまらん……。

俺はいただきまーす、とその中から一切れつまみ、口へ運んでぽりぽりと噛み砕く。するとピクルスの酸味が口いっぱいに広がって……
おお、おお、これはうまい！すげーうまい！あの野菜からこんなうまいピクルス作れるとはすげーなあ！
味付けはすっぱすぎる事もなく、いい感じにマイルドで食べやすい。すげー、一番俺好みの味になってるぞ。
俺は夢中で口へ放り込み、ぱりぱりぽりぽりと食べていく。うおおおうまい。これは炊き立てのご飯が欲しくなるなあ……。
そんな俺を見ている瓶の顔は、ほんのすこしだが喜んでるように見えなくもない。
へー、無感情無表情な奴かと思ってたがそれなりに感情表現はするのか。かわいいとこもあるもんだな。
そのまま食べていたが、気がつくと残り一切れになってしまった。瓶の底に転がってるそれを指でつまみ出し、最後は味わって食べる。
うーんうまかった。ごちそうさま！
満足そうに指を舐める俺を見て瓶も満足したのか、荷物をまとめて移動の準備を始めた。

さてと。腹ごしらえも済ませたことだし、俺もそろそろ支度するかねー。
まだこの世界のこともよく分かってねーし、街をまたぎながらそこらへんうろうろしとくか。
どうする？と訊くと、瓶は一回こくっと頷いて返事をした。
よっし、そうと決まりゃあさっさと行くかあ。俺好みのじめっとした場所でも見つからんかねえ。