ENo.934 アルシア=フィアス

ジャックさんに連れられて、
私達は喫茶店に入った。
お洒落な店で、
「この日の為に知人から聞いて、教えてもらいました。
　お気に召して頂けるといいのですが……」
と、彼がいったように、
態々この日の為に色々してくれたみたいで、
ありがたいというかなんというか――
……嬉しいとはこういう事なのだろうかと思う。
「これはまた……いい店だねぇ。」
「そうね。
　態々ありがとう、ジャックさん。」
「いえいえ、喜んでいただけたなら何よりです。」
ともあれ席に座って注文をした所で――
「そうそう。
　ジャックさんに聞いてみたい事があったのよね。
　家庭菜園を始めようと思ったのだけど、
　何か注意する事ってあるかしら？」
「そうですね……
　いくつかポイントがあるんですが……」
「成程。
　……やっぱりジャックさんに聞いて良かったわ。
　……流石に古い経験頼りだと不安な点もいくつかあるし。」
「へぇ。家庭菜園なんてアンタやってたんだね。」
「家庭菜園というかなんというか――
　まぁ、地主みたいな立場だったのよ。」
「それでもそういう経験があるなら、
　きっと役立てると思いますよ。
　あ、そうだ、
　良かったらアリアさんもどうです？
　種くらいなら用意出来ますよ。」
「え？あ。
　私？
　ダメダメ。そういうの全然ダメでね。
　無精者なのさ。
　なんというか、
　二人とも凄いなとは思うけど、
　真似は出来ないって奴だね。。。」
「まぁ、自然に囲まれるのが好きといっても、
　貴女の場合、
　全く別物だものね。
　その代り別の面なら誰でも負けないでしょうに。」
「そうですか、
　残念ですね……。
　別の面というと？」
「……彼女は狩人だから、
　何かを育てるというより、
　何かを狩るという事に秀でているのよ。」
「まぁ、否定はしないけどね。
　狩人なんて言えるかどうかは疑問だねぇ。」
家庭菜園の注意事項を聞きながら、
私にも出来ないかと思ってみたけれど、
無理、絶対無理と思いながら、
注文したコーヒーを飲んでいると、
私に話がふられていた。
狩人。
獲物を狩る事で生計を立てるとはいうものの、
私の家系からすると遥か昔の話だ。
今でも獲物は狩る事はある。
だが――
「獲物を狩るのが狩人なら、
　獲物を狩らず、
　外敵を狩るのはなんというのだろうねぇ。
　勿論獲物は狩るのだけど、
　狩人というのは、私にとっては、獲物だけに集中するものだから。
　最も、外敵も獲物だっていうのなら狩人なんだろうけど、
　流石に外敵を食糧にしたりするわけにもいかないしねぇ。
　まぁ、物くらいはとるかもしれないけどさ。」
「外敵を狩る？
　どうしてまた？
　というか、外敵とは一体？」
「ああ。まぁ、単純にいえば、
　森に害なすものだね。
　平穏無事がいいしさ。
　森が無くなるとこちらの生計とかにも支障がくるから。
　森を切り倒して開発して……
　というのも分かるんだけどねぇ。
　私はそういう生き方しかできないからさ。」
「根っからの狩人だと思うわよ。
　私は。
　それに。
　森が無くなってほしくないってのは分かるわね。
　――慣れ親しんだものが変わっていくのは、
　嬉しい反面寂しいものだしね。
　人によっては寂しさしか残らないだろうし。」
「アリアさんも大変なんですね。
　……確かに森が無くなって開発されると、
　色々大変ですね。
　土壌が悪くなる事も多いですし、
　俺にも無関係の話でもない……
　自然は大切にしていかないといけない。」
「ま、ジャックさんなら大丈夫とは思うけどね。
　……自然の大切さを忘れた人にこそ、
　そういう気持ちは大切だと思うわ。」
「だねぇ。
　まぁ、実は、
　正直こちらならずっと獲物かれそうだから、
　こちらに移住しようかとさえ思ってたりも。
　……故郷はやっぱり捨てれないから多分ないけどね。」
「ああ、分かります。
　俺もどんなにいい場所があっても、
　やっぱり故郷がいいって思いますから。」
「故郷は大切にしないとね。
　……ジャックさんほっぺたにクリームついてるわよ？」
「え？」
少ししんみりした空気の中、
魅月がジャックさんに手を伸ばしてクリームをそっと拭い取る。
苦笑しながら私も、
「……はい。ハンカチ。
　きっちり拭っといた方がいいよ。」
「あ。すみません。
　二人ともありがとうございます。
　なんだか恥ずかしい所見せてしまいましたね。」
「あら、気にしないでいいと思うわ。
　よくある事じゃない。」
「よくかはどうかはともかく、
　まぁ、仕方ない事でもあるね。
　――それより、
　躊躇(ちゅうちょ)なく手をのばした魅月にびっくりしたよ。
　……妙に手馴れてないかい？
　いつも思うんだけど。」
「……キスの方が良かったかしら？」
「えっ、いや、それは……」
「あー。はいはい。
　ジャックさんが困ってるからその辺で……
　全く。どうしてナチュラルにそういう言葉と行動がでるのやら。」
「いつだって本気だからじゃないかしら？」
「まぁ、良いけど。
　さ、この後どうしようか？」
「良かったら買い物行きたいとか思ってるんだけど。」
「ええ。任せて下さい。
　色々聞いて買い物した後、
　ゆっくり綺麗な景色でも眺めるなんてどうです？」
「いいね。」
「そうね。
　お願いするわ。」
その後、楽しい一時を過ごさせてもらった。
買い物に、景色を眺め――
この世界と出会いに感謝したいとさえ思えて、
とてもいい一日だったと思う。
――全く。
この世界に来てから激しい戦いがあるとはいえ、
向こうに居た時よりもずっと心身ともに充実して、
休息をとっているのではないだろうか……。

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

「さて、と――やれやれ。」
――ゴーストとの再戦。
物理攻撃が効かない相手との戦いという事で、
自分が無力なのはよく分かっている。
が――
なんとかしないといけない。
そう思って対策を考えていたものの――
「いいアイデアが全く浮かばないね。
　古来より、
　魔物には銀の弾というけど、
　そもそも当たらなければ意味ないし、
　辛うじて効いたのは炎だけど、
　流石に辺りを焼野原にしちゃいけないし……
　困ったねぇ。」
早々に煮詰まっていた。
それもそのはず。
相手が肉体をもったものならともかく、
相手には肉体がない。
そして、
私はそういった存在と闘った事が無かったのだから。
「変なバケモノ相手でも、
　銃弾効いてたから、
　問題ないと思ったのが甘かったか……
　肝心のあの子は集中砲火うけるみたいだし。
　やれやれ、前途――ん？」
そうやって悩んでいると不意に、
私の部屋にノックの音が飛び込んできた。
そっと開けると、
そこには魅月が立っていた。
「……お悩みのようね。」
「なんだ、あんたか。
　で、どうかしたかい？」
「私は別に。
　聞きたい事があったのよ。
　それで、
　幽霊のお相手はなんとかなりそうかしら？」
「……ああ。それを聞いたからここにきたのかい。
　いいや、全く。
　そういえばあんたは幽霊に詳しかったね。
　何かいい手はないかい？」
「ええ。その件で来たのよ。
　先日は三人で楽しかったそのお礼も兼ねて、ね。
　で。
　……これよ。」
魅月が懐から一丁の銃を取り出す。
特段何の変哲もない銃。
しいていうなら――
「……またえらく変わった銃だね。
　使えるのかい？」
「試射はしてみたわ。
　何かあっても貴女の調整の腕前があるし、
　試射による感覚調整をすれば問題ないんじゃないかしら？」
「成程ね。
　で。弾は。」
「ないわ。」
「……正気？」
「嘘よ。
　代わりにハイ。これ。」
「……えーと…………
　BB弾でも撃てって？」
「ええ。」
「……」
「ああ、勘違いしないでね。
　……幽霊のエネルギーを原料に打ち出すわ。
　出力はないから、
　こういった弾でないと飛ばせないし、
　威力はたかが知れてる。
　けれど、これには特殊な力があるの。
　……幽霊の身体を喰らい貫くという特殊な力がね。」
「……成る程、ね。
　確かに使いようによっては有益、
　それに今までの銃もあれば問題ない。か。」
「ちなみに頑丈に作ってあるから、
　それで叩く事も出来るわよ。」
「……やたらと重いと思ったら。」
「それじゃ、私は行くわ。」
じゃあね、と渡すものは渡したと踵を返す魅月に私は、
「……ありがとう。いつも悪いね。」
「……私がやりたいからやってるのよ。」
お礼を言って見送る。
――無様な戦いだけは出来ない、とかすかに笑いながら。