ENo.928 蒼月樟葉

TURN-18

「世界の管理者と強さについて、ですか。」

それまでの会話とは関連の無い、突拍子な質問に戸惑う顔を浮かべるハイドとベルの二人を見てから、
仮面を付けたメイド、リルがその内容を再確認するように言った後、メリアに向かって軽く微笑む。

「本当に突然ですね、メリアさんも中々にお年頃なのでしょうか。」

メリアは頭を下げる。

「申し訳ありません、私自身なぜこの様な事に疑問を持ったのかわからないのですが。
　ベル様、リル様、ハイド様のお三方ならば何らかのお答えを持っているかと思ったのです。」

ベルは紅茶を一口飲み、探るような目付きでメリアを見る。

「そういう事はオマエらの主人に聞くのが一番だろう？
　なぜ態々私に聞くのよ。」

「オマエだけじゃなくて私達だろ！」

他の二人等どうでも良いに言うベルにハイドが声を上げる。

「それは……。」

「親離れしたいお年頃なのですよ、それに強さに関しては人其々の思いがありますでしょうし。
　わたくしも是非ベル様のご高説、お聞きしたい気持ちですわ。」

言い淀むメリアに変わってリルがそう言う。
仕方ない、と言う態度でベルは目を瞑り、ゆっくりと開き直す。

「世界の管理者から教えてあげましょうか……
　と言っても私が知っているのはこの裏界を含む一つの多重構造世界の事だけよ。」

「多重構造世界、というのは幾つかの世界が存在し、それらを纏めて一つの世界としている事ですね。」

多重構造世界、聞きなれぬ言葉に戸惑うハイドの為にリルが説明を付け足す。

「そうね、纏めた一つの世界を親世界とするならば、ここ裏界なんかは子世界と言った所かしら？
　この世界の成り立ちから喋るのは疲れるから、そういうのは自分で調べなさい。」

メリアは頷く。

「よろしい、子世界同士でも上下関係があるわ、
　でも私の知る限りではこれらの世界の大本を作った超至高神とか言う奴は寝てて何もしてないわ。
　それぞれの子世界は超至高神に作られ、それぞれ別の神が管理しているわ。」

「別の神、と言っても強い神はそれだけ多くの世界を管理しています。
　最高神ともなると厄介な世界を3つ4つ統治いています。」

リルがベルの説明に補足する。どうやら完全にその立場になる姿勢だ。

「神様が管理者って事になってるけど、大体あいつらは何もしないわ。
　管理と言うよりは監視ね、介入する事は滅多にない。
　それもこれも、管理者の下には守護者という実際に世界を管理する部下が居るからよ。」

「そういうやつらなら私も知ってるぞ！私が居た世界では代行者とか言ったかな？」

「似たようなモノかしら、代行者と言うと自称が付く奴のが多そうだけれど。
　管理者である神が守護者を使う理由はいくつかあるわ、力のありすぎる神の影響を軽微にする、
　自分で管理するのが面倒だから代わりにやってくれる奴が欲しかった、
　管理するための余力が神自身に無かった、そんな所ね。」

「守護者と一括りに言っても様々な方が居られますね。下位の神格であったり、精霊、獣、人。
　皆様特徴的で性格やその統治の仕方も夫々違います。」

「管理者が国王だとしたら守護者は国内主要都市の統治者といった所かしら。
　更にその統治者に従う者たち、守護天使とか、使徒とかいう奴らが居るわ、こいつらは都市の守備隊。」

そこまで喋るとベルは再び紅茶を一口啜り喉を潤すとメリアに視線を向ける。

「管理者の事はこの位かしら、何か質問は？」

促されたメリアは尋ねる。

「管理者が消えた世界はどうなるのでしょうか。」

ベルはソファーの膝掛けを使い頬杖を付く。

「それが本題？」

つまらないと言うかの様にベルはメリアを見る、
メリアは眉一つ動かさず頷くだけだ。
その姿にため息を一つ、姿勢を戻し答える。

「……まぁ良いわ。
　さっき説明した通りこの世界じゃ管理者が消えても殆どの世界は守護者によって管理されるでしょうね。
　今でも何もしないのと同様に振る舞う管理者も少なく無い……。
　ただそうね、管理者が消えたら世界に大きな変化が現れると思われる世界もあるわ。」

「それは？」

「ここ、裏界と、裏界がくっついてる世界よ。
　この二つは表裏一体、管理者の力によって分別されてるだけらしいわ。
　故に管理者が消え、その境界を保つ事ができなくなれば、世界は大きな変化に見舞われるでしょうね。」

「とは言え、この世界の管理者に限って言えば消える消えないと言うよりは夢から覚めてしまうか否か、
　でしたよね？　ベル様。」

リルは相変わらず笑顔を浮かべて言う。
ベルは不満気な顔になった。

「リル、貴女全部知ってるでしょう？　まさか私の知識量を試したなんて言ったら承知しないわよ？」

「いえいえ、滅相もございません。
　私はこの世界を語るに最もふさわしい魔王様のお顔を立てさせて頂いたまで、ですわ。」

「……お代わり、淹れてくれるかしら。」

「はい、喜んで。」

リルは紅茶の入ったポットをなれた手つきで操りベルとハイドのカップに注ぐ。

「実際に管理者が消え、世界が破滅したお話は……。
　実体験なされたハイドさんからお話頂ければと思いますが、如何でしょう。」

再び紅茶で満たされたカップに伸ばされていたハイドの指が止まる。
その表情は複雑だ。察するにあまり話したくない事なのだろう。

「リル様、私はベル様とリル様のお話で十分理解できましたので―――」

「いや、話すよ、ガキの頃の話だから本当に詳しくは覚えてないし、何が起きてたかわからなかったけど。」

気遣いか、本当にそう思っているのかわからぬメリアの言葉を遮ってハイドは続ける。

「私の出身世界は、管理者……つまり神様が殺されて滅んだ。
　今はもう、どの宇宙にも、どの次元にも、どの時空にも存在しない。
　名前は……滑稽な話だけど、私は自分が居た世界の名前って奴を世界が滅んでから知ったんだ。
　そう、あの世界の名前はグルドヴァース、亜人の世界だ。」

ハイドは一拍置く、リルだけが微笑んでいた。

「実際、当時の私はまだ子供でimitationに保護され、数年経ってから何が起きたのかを聞かされたんだけど。
　異世界よりやって来た何者かが次々と代行者、つまりさっきの話にあった守護者だ、そいつらを残らず殺したんだ。
　グルドヴァースの世界はバランスを崩し、結果として神様、管理者が地に降り立つ事になって。
　同じように何者かによって殺された……。
　その後はバランスを保てなくなった世界は天変地異に見舞われ崩れて滅んで行った、らしい。」

「……随分と歯切れが悪いわね。」

ベルが問う、それに対し目をつぶり顔を横に振るハイド。

「私は見ての通り竜の亜人だ、種族的な強さ、生息地域の結果から最後まで生きていた、
　私は崩れていく大地と仲間が死んでいく様しか知らず、世界が崩壊する途中でimitationによって保護され、
　それ以降は無くなったとしか聞かされてないんだ。」

そう言ってハイドはリルを見る、そう教えたのがリルだと言う様に。

「そうですね、そこまでしかお話しておりません。
　お話を継がせて頂きますと、神が殺された後、維持できなくなった世界は崩壊を始め、
　ほとんどの種族が死に絶え、最後に残った竜人族も最後の一人となったハイド様を保護した後。
　つまりグルドヴァースから生物が消えた後にその何者かとは別の存在がかの地へと現れました。
　我々のような多世界を渡り歩く者達の間では世界を喰らう者、ワールドイーターと呼ばれる存在です。
　そのモノによりグルドヴァースは全て食われ消滅しました。」

「ワールドイーター？」

「はい、その名の通り、世界が漂う海を回遊する怪物、弱った世界を食べその身を肥やす者です。
　時たま元気な世界にも食いつくのですが、巨大なだけで実際には数名の英雄レベルで撃退可能です。
　過去にも何度かそのような事例が様々な世界で確認されていますね。」

リルは人差し指を絵でも描くかのように動かしながらそう説明する。

「リル様、一つお聞きしても宜しいですか？」

「生徒メリアさん、どういった質問でしょうか。」

手をすこし上げた問うメリアに先を述べよと催促する。

「これは推測なのですが、リル様はハイド様の世界、
　グルドヴァースの神を殺した者をご存知なのではないでしょうか。」

「はい、知っていますよ。」

「えっ！？」

ハイドが間抜けな声を上げる。

「でもそれがまだ誰なのかはお教え出来ません。
　ハイドさんがその人を恨むとは思えませんが、物事には順序と言うモノがありますので。」

「なんだか楽しそうね、まだ話は漸く半分といった所なのに。」

ベルが身内同士で盛り上がっている会話に溜息を吐く。

「そうですね、世界の管理者と、世界が滅んだ一つの結果はこの位にして、
　もう一つのお話に進みましょうか、強さ……でしたね？」

リルの言葉にメリアはゆっくりと頷いた。

―――。

「今凄く遠い所で私抜きに面白い話してる気がする！！」

「何言ってんだ。」

「あんまり騒いてバケモン刺激しねぇでくだせぇよ。」