ENo.592 カラバ

野宿は、眠るときがつらいです。
枕って大事なんだと本当に思います。
ベッドは堅くても平らで夜露に塗れないことが大事です。
野宿なんてへいき、って思ってましたけど
思ったより随分大変でした。
僕があまり眠れないのを人攫いさんは気にして自分の荷物とかをクッションにあてがったりしてくれますが
単に寝心地だけでなく夜半に狼の声がしたりすると、はたと目が覚めます。
たぶん、僕一人きりだったら、もうだいぶ前に狼のおなかに入っていたと思います。

「寝てていいぞ」
「眠くないです」
「はいはい。山道だから少し揺れるけど勘弁してくれよな」
「眠くないです･･･」
人攫いさんは僕のことをおぶって歩いてくれます。
僕は、ほんとの事を言うと最初の日に靴擦れができていて脚もぱんぱんになってしまっていたのでおぶってくれるのは凄くありがたいです。
でも、僕をさらった人にありがとう、と言うのもなんだか変な気がして僕はちっともお礼を言っていません。
愛想もすごく悪いです。随分不機嫌な顔をしていると思います。
ほんとはこういうの、あんまりよくないです。
いつもみたいに、もう少し穏やかな気持ちだったら、いつも通りの顔が出来ると思うのですが。
第一、知らない人と一緒に居るなんて事、大して珍しくもないですし、適当におべっかを使っておく程度の事はしてもいいはずなんです。
今僕は攫われているわけですし、もうちょっと愛想よくして待遇が悪くならないようにすべきなのに
実際、人攫いさんは僕をどう扱っていいかわからないみたいだし。
なんだか、ちょっと変です。
僕は何に怒ってるんだろう。

目が覚めると陽が沈み始めていました。
どれだけ眠ってたんだろう。お昼ご飯を食べたのは覚えているけれど。
「おー、起きたか」
「寝てないです･･･」
「薪と、あと夕飯の材料採ってくるからここで待ってろ。荷物置いてくから、枕にして寝てて良いぞ」
「はい」
人攫いさんは器用にウサギや鳥をとってきます。
食べられる草にも詳しいです。
僕は一度芋の皮むきをさせてもらいましたが、すぐナイフで手を切ってしまって、何もしていません。
人攫いさんが置いていった荷物は、僕ではとても持ち上げられません。すごく重いんです。
どこかで売られるのかなって思ってますが、眼鏡の人攫いさんはそれを言うと怒ってしまったので違うのかも知れません。図星だったのかもしれませんが。
僕になんの用があるんでしょう。
ほんとはもういらないんじゃないのかな･･･。

「カラバ！」
「おい、どこだ、返事しろ！」
思ったより慌てているなあと思いました。
ほんとは、今の内にって、荷物を持ってどこかにいってしまうんじゃないかって思ってました。
「カラバ！」
このまま見つからなかったら僕の勝ちです。
人攫いさんに見つからないようにそっとどこかに行っちゃいます。
「おい、無事なら返事しろって！」
しません。
「まさか崖に落ちたんじゃないよな！？」
違います。
「カラバ！おい！･･･くっそ、フィリが居れば･･･」
･･････。
「川！そうだ、あいつ水を汲みに行って流されたんじゃ」
「違います」
いばらの茂みの中で我慢していたのに、台無しです。
顔と手を少しトゲでひっかいてしまったし、服もひっかけてしまったのに。
「カラバ！」
僕、なんで返事しちゃったんだろ。
人攫いさんは僕に気付くといばらなんか気にせず駆け寄ってきてひっかき傷で血がにじんでた頬を拭って抱き上げてくれました。

「なんでこんな所に…」
「･･････人さらいさん、たまに、僕のこと疎ましそうに見てるので」
「疎ましくなんか思ってない！」
「でも、なんだか、持て余してるかんじ」
「それは･････････」
「ほんとは、他の子をさらいたかったんですよね」
「だから、違うって･･･」
「･････････。」
「今度から、こういう遊びはやめろよ」
「めがねの人も人さらいじゃないって言ってました。」
「ああ」
「じゃあ、なんで、僕のこと、連れ出したんですか？」
「どこからも連れ出してないよ。お前が俺についてきたんだ」
「？　僕そんなことしてないです」
「今はな」
人攫いさんの言うことはよく解りません。
もしかすると、まともに見えて心が違うところに行っている人なのかもしれません。
でも、なんとなく嘘じゃないような気がしました。
「なまえ」
「え？」
「名前、なんでしたか？」
「ヒューヴィ」
「ヒューヴィさん」
「ヒューでいいよ」
「ヒューさん」
「さん、はいらない」
「･････････ヒュー」
「あと、イリヤの事もちゃんと呼んでやれな」
「眼鏡のへんたいさんのこと？」
「･･････イリヤ、な」
「眼鏡のイリヤさん」
「まあそれでいいや」
「ねえ」
「なんだ？」
「ヒューは人攫いじゃないのなら、僕のなんなのですか？」
「んー･･？そうだな、友達かな」
「ともだちですか･･･」

こういう友達は、僕はいないので、少し困ります。