ENo.3330 ネイト・グラスウォール

それは、もうすぐ次の大きな街に着く、と言うときに起こった。
直前まで、鬱蒼とした森林の中を潜り
枝葉を掻き分けて進んでいたから急に開けた砂地に出た時、
眩しさに手を翳した。
皆、大分ボロボロだった。
用心していたこともあり、森林の中で獣などに出くわすことはなかったが
それでも体力や精神はかなり磨り減った。

街はもう目と鼻の先だったが、誰もが動けない。
少し休憩してから移動しようということになった。
急いだ所為で大怪我をしても仕方ない、
だから、このほんのちょっとの休憩は歓迎だった。
それに、涅槃雪もまだ体調は大分よさそうだった。
だから、少しでいいと思っていたんだ。

「そろそろ移動したいところだが」

空を見た兄がこっちに話し掛けてきた。
先程よりも低空になった鷹達が、こっちに狙いを定めているのは一目瞭然だった。

「そうだな、運動ついでに移動しよう」

そう言って立ち上がり剣を抜き左手に下げる。
反対の右手は涅槃雪に差し出す。
手を重ねて掴むとゆっくりと立たせた。
……まだ平気だ。
顔色は良さそうだし反応もしっかりしてる。

「相手は……手強そうだな」

手を握りながら上を見て呟く。
猛禽類はその鋭い嘴と爪を武器に得物を狩る
獰猛な肉食獣だ。
鳥とはいえ油断は出来ない。
相手が此方と違い優れている点は空を飛んでいることだ。
此方は地面を基準にした平面でしか行動範囲はない。
しかし、彼らはそれだけでなく上下と言う立体的な戦いが可能だ。
人は武器を持ったとしても相手が地にいることしか想定していない。
故に、上から来る攻撃には対処が遅れる。

しかし、人は進化をやめない。
幾ら手が届かなくとも武器による飛び道具で相手までとどかすことが出来る。
また、魔法の力も空に浮いたり、ロングレンジでの攻撃を可能とする。
魔力を自在に使えるものは高さに制限はあるものの
こちらも立体的な戦闘領域を持つことが出来るのだ。

「やれそうか？」
「…………」

彼女が小さく頷いたような気がした。
こちらも頷きで返し、手を離す。
そして、向かってきた一羽を前に出て受け止めてカウンターを出しやすくする。

よし、いけるか？

そう思ったが援護の魔法が来ない。
その代わりに、背後でトサリと言う軽い音がした。

「……な」

掛かってきていた相手を盾で押さえながらそちらを見ると

「……ッ」

涅槃雪がその場で膝をつきガクガクと震えていた。
少しだけ曇ったようなその表情から察するに、
上手く身体を動かせないらしい。

「クッ、このっ」

相手にしていた鷹を弾き飛ばし一旦距離を置く。

「……っ」
「雪、無理に使おうとしないでいい！」

何とか魔砲は出たものの、いつもの地の精から助力を得た力じゃない。
完全に力が枯渇している。

「おい、兄妹。急いで蹴りをつける！」
「ああ、分かった！」
「はいはいっと」

こうして、実際の力でねじ伏せるのみ、となれば対処も変わる。
遮二無二身体をぶつけ相手を叩きのめしていく。
多少の手傷を追いながらも、鷹たちはなんとか沈黙した。

「おい、大丈夫か！？」
「ああ……」

戦闘終了後、すぐ涅槃雪の様子を見に行くと兄妹達も駆け寄ってきた。
こっちは熱を測ってみたり脈を取ってみたりしたが……特に異常は見られない。
体に問題はない、がスキルは使えない。

「多分、体力と精神力が尽きたんだろう」
「それって大丈夫なのか？」
「ああ、疲れてるのに元気な状態ってあるだろ。アレと一緒だ」

身体は動くし元気なんだけど疲労感は拭えない。
そう言う時は実際にある。

「なんにせよ、無理させすぎですね」
「そうだな」
「全く、どんなことさせたんですか。普段から戦闘でも頑張ってるのに」
「……何の話だよ」

ジトッとした目で睨むと何故かフフンとドヤ顔になった。
この妹まじはたきてぇ。

「元々長い距離を一気に歩いたりって言うのは慣れてないんだ。済まないな、心配かけて」
「いえいえ、街もすぐそこだし丁度良かった」
「ああ、街でゆっくり休養を取れば回復すると思う」
「そうかぁ、そいつは良かった」

手を出して、もう一度涅槃雪を立たせる。
歩けるか確認すると歩こうとするが……。

「無理だな。失礼、Ledy」

フラフラガクガクと、支えた状態でさえその歩調は心もとない。
つっと肩を押し体勢を崩すとさっと手を入れて抱え上げた。
ふわっと言う形容が当てはまる感じで、彼女の体が腕の中に納まった。

涅槃雪の表情が固まる。
申し訳ない、とか多分そんなところだろうか。
あと、人が居るから恥ずかしいとかもあるかもしれないが。
そこまで感情が戻ってるかは分からないが。

「なんだか、手馴れてますね」
「気のせいだ」
「お前も疲れてるのに頑張るな、途中で変わるか？重いだろ」
「いや、別に……」

妹がそんな兄を肘で小突いた。
まぁ、実際重くないと言うよりか……いや、言う必要はないだろう。
必要のない情報だ。
それに誰かに任す気も全くない。

「取り合えず、街に向かおう」

Ansinity −Donesk−

その街は以前訪れた街二つのどれよりも酷い有様だった。
家屋は壊されその破片が散乱している。
タルタスの街も酷かったがあそこはどちらかといえば人が荒れているのだ。
ここまではっきりとわかるほど街が荒れ果ててはいなかった。

「何とか、休める場所が見つかってよかったな」
「ああ」

しかし曲がりなりにもそこは街、そんな中でもやっている宿屋はあった。
まぁ、かなり割高ではあったが、今回は仕方ない。
涅槃雪を寝かせたベットの脇に集まる。

「これからどうする？」
「とりあえず、高かったから一部屋だけだしな。買い物や用事は交互にしよう」
「それが良いですね」
「後は、彼女が回復してくれるのを待つだけか？」
「ああ、でも一日ゆっくり休養すれば大丈夫だと思う」

大体、サバイバルに耐えられるほどこいつの身体は頑強に作られちゃいない。
所々の小さな集落に寄ったりはしたが、それでもこの地じゃたまにしか見つからない。
結果、劣悪な環境での睡眠等が重なり疲労やストレスが蓄積するのだ。

もうちょっと気を配ってやらなければいけなかったのに。
また俺のミスだ。

「ごめんな」

額に手を当てると、閉じていた瞳をすっと開いた。
その眼は明らかに謝罪の色をしていた。
ごめんなさい、私が足を引っ張って。
そう言っている気がする。
そんなんじゃない。
悪いのは俺なのに。

「良いんだ、別に……良いんだ」

そう言って髪を撫ぜた。
早く先に進まなければと言う逸る気持ちと
涅槃雪のことが心配でもう少し休んでいた方がいいのでは、と言う気持ちの両方がある。
そんなことを考えながら、自分は勝手だな……と思った。

「……今はゆっくり休んでくれ」
「俺ら、ちょっと街見てこようかね」
「そうですね、そうしましょう」
「あ、ああ」

そう言って部屋を出て行こうとする兄妹に振り返って立ち上がろうとする。

――ィィィ．．．

「グッ」

視界が揺れた。
呼吸が苦しい。
胸が痛い。
内側から、
まるで“背中から中身が押さえつけられている”ようだ。

「お、おいどうした？」
「どうしましたの！？」
「な、なんでも……な」

その場に蹲って、息も絶え絶えに二人を静止する。
そうしているうちに、段々とその痛みも和らいできた。
一つ大きく息を吐いて呼吸を整える。

「悪い……立ちくらみ、みたいだ」
「本当か？」
「あ、ああ……」
「…………」
「……兄さん」
「どうした？」
「もう一日、様子を見ましょう。彼女のこともありますが、彼も疲れてるみたいですし」
「ああ、そうだな」
「な、俺は別に」
「いいから、お前も寝てろ。ちょっと外出てくるから、鍵はかけ忘れるなよ」

そう言って、二人は出て行った。

「……なんなんだよ、一体」

呟き、涅槃雪が寝ているベットの脇に腰を下ろす。
目を向けると、心配そうな視線を向けられていた。
大丈夫、と笑いかけるも自分自身がモヤモヤしていた。
一体、今のはなんだったんだ……。