否定の世界、タルタスの街。その隅に、本来の様相をほぼ呈していない、崩れた瓦礫で埋まった区画がある。人のあまり立ち寄らないそこに、人影が現れた。

「……よし」

人影は、古びたローブを羽織り、手には本とフライパンの入ったカバンを持っている。油断なく周囲の気配を確認し、人がいないことを確かめると、ゆっくりとその場を離れた。……他の人々と同じく、この世界から脱出するため。

「（さて、首尾よく住処から離れることは出来たが）」

タルタスは相変わらず治安が悪く、何があるか分かったものではない。まずは此処を抜け、次の街へ向かうことが先決だ。
しかし問題点が一つ。自分の装備は若干心もとなく、その状態で次の街まで辿り着けるかは怪しいところである、ということ。
最短で5日ほどかかる計算だ、しかしまずは外に出てみないと何ともいえない。
料理する素材を適宜探しながら、ひとまず平原を歩いて行く事に決める。不安しかない道中になりそうだ。

――――

「……うん？」

トラブルに遭わないために人目を避けて歩いていたところ、前方で何やら揉め事が起きている事に気付く。そっと陰から覗いた。暗い世界で、一面に赤が広がっている。顔が歪む。面倒な事になった。
血だまりと悲鳴の創造主は、武士に類する者のようだ。寄ってくるものを次々と斬り伏せているその顔には、正気の色はないように見える。……いや、あれは憔悴しているだけだろうか。いずれにせよ、この状況でのこのこと出て行っては自らも斬られるだけだ。

「（どうしたものかな。遠回りをしてもいいが……一つ、恩を売っておくか？）」

ただ、本当に正気を失っているのであれば話にならない。それを踏まえて、他に注意をそらす必要がある。結果として考え付いたのは、『メシの匂いで釣る』ことだった。
ぱたぱたと、団扇で焼き魚の匂いを送る。前方で悲鳴が途切れ、足音が此方へと向かってきた。

「なんだ。ここでは、まともな飯が食えるのか？」

言葉が聞こえる。覗いたその顔は、驚きに広がっていた。次いで、口が開く。

「悪いが、少し分けて貰えぬか。用心棒をしよう。それで、どうだ。金はないのだ。すまぬ。だが、こんなところで、１人で飯など。危険であろう？」

あちらはどうやら、まともに話が通じる人種であったらしい。そればかりか、進んで道連れになってくれるという。

「俺も、お前も得をする取引だ。ここには、身分も何もない。損得と、信用だけで成り立ってる。俺とお前なら、ここを生き抜いて行ける。二人で、この地獄を出よう。光明の差す場所なら、きっと「まあ、いいよ」

言葉を遮り、了承の返事をした。自分は食事を済ませた身だし、元々これは目の前の人物のために準備したようなものだ、渡すのを渋る理由もない。

「食べながら自己紹介でもしようか。座れよ」


互いに手の内を明かす。時間がない中での一先ずの保障としては、それで十分だった。

「で、あればだ。今後互いに仲間として旅せぬか？それはもう、生涯ずっとじゃ」
「生涯まではお約束できないが、少なくともこの世界を抜けるまではご一緒したいね」

今後敵対することは無いとは言えない。これだけでは、何ともいえない。ただ今は、互いに斬り合うことが無いよう祈るだけだ。

いつき(1113)の声が届いた：
いつき「ざわわわわ」

奏(2370)の声が届いた：
奏「武器作成…受付けてるわ」