ENo.3 満月の森　夜明の海　王たる者と騎士

私たちの世界には『人里』と『魔界』が存在する。魔界、というより魔境の方が正しいかもしれないけれど。
『人里』には文字通り人間が住んでいる。文明発達度は低め、魔法はあれど科学がほぼない。簡単な銃、そして薬程度。
『魔界』には人間以外が住んでいる。文字通りの魔族から妖精、魔力を持った獣、『魔獣』といったモノが住み―――
こちらも科学は発達しておらず魔法が異常なまでに発展している。後は工芸…産業？かな。

フラヴ「移動は馬、戦争は剣と魔法、学術施設は少ないってことですね」

シェリ「私たちが生まれるずぅううううううううううううううっと前って感じだねっ」

それでもう千年くらい前になるけど、その時は人間と魔族が直接戦争してたの。
軍と軍のぶつかり合い…といっても魔族は軍ほどの統率はなかった。人間にやられてたまるか！って集まりね。

だから、そうね。居たとすれば英雄かしら。軍神みたいな。
そんなこんなで小競り合いを繰り返し、領土を取ったり取り返されたりしながら長い時間を過ごしてきた。
ここまでが前提。

ベルシー「組織立った行動をするためのまとめ役が居なかった、と」

リンディ「そういうこと。だから魔法や身体能力で優れている魔族と、人間とが互角だったの」

そこに現れたのが魔族の統率者。比喩でもなんでもなくポッと出で全部の魔族を支配下に置いてしまった。
小競り合いの真っ最中に現れてとりあえず争いを止めさせ、自国というか領土というかを徹底的に強化した。

領土の境界線をはっきりさせ、防護魔術を引き、各所に関所を大量に置いたのがまず最初。
その次は人間の支配下にあった魔族領……要は戦争で競り負けた地域ね。そこも取り返した。
当たり前だけど無条件で返してくれるわけもなくて、交渉か戦争か。それを迫ったわ。

フラヴ「普通に考えて、戦争になりますよね」

ベルシー「そうだろうな。だが双方納得づくだろう、事前に交渉に来る分だけまだ誠実だ」

シェリ「問答無用！蹂躙せよ！」

フラヴ「シェリ、どこで覚えたんだい」

シェリ「？軍歌だよー」

統率者を得た魔族はさすがというか当たり前というか思う存分暴れて自分たちの故郷を取り返した。
人間が資源を掘り尽くしたりしてた場所もあったけど、そこは時間を掛けて大地の傷を癒すことで元に戻したの。
それがまた人間からすると『喉から手が出るくらい欲しい土地』に見えてしまう原因でもあったけれど。

とにかく内政に力を入れて外敵から徹底的に身を守ることだけに特化した『魔界』。
元々の領土を加えた後は侵攻をするでもなく、ただただ平和に。
資源を狙ってイチャモン付けては戦争を仕掛けてくる『人里』の国々を撃退しながら平穏に発達してきた。

外交や物流は相手が望むのなら行ってきたし、移住の受け入れも専用の土地を作って受け入れてたりしたわ。
どうも適当な人間を移住させて暗殺することで攻めこむ理由を作りたかったようだけれど、侵入自体が不可能だったのよね。
『反人間派』の魔族から守るために“王宮の次に安全”とも言われる警備網が敷いてあるんだから。

ベルシー「その辺は明らかに人間側の考え不足でしょうね。自分達と魔族の関係を考えれば解るはずですが」

リンディ「目先の利益に囚われて当たり前のことを見逃すのはよくあることなの」

フラヴ「変な時だけ一致団結とかも」

リンディ「魔族が共通の敵って意識はあったでしょうね。正しくは邪魔者かしら」

此処までの話で解るでしょうけれど、一個人で侵入してくる人間は居なかったわ。
恨みがあるなら魔族討伐軍にでも入った方が確実なんだもの。出世も出来て悪いことなし。

まあ、恨み相手の魔族の顔や名前が解っているのなら決闘を受け付けていたけれど……
人間で知っている人は少なかったでしょうね。個人的な復讐をお手伝いするための制度だったのに。
無差別な虐殺や意味のない陵辱なんてものは品位を下げるもの。だから責任持って自分で片付けろ！という方針だったのよね。

シェリ「でも魔族のお兄さんたちは人間より同じ魔族が好きっていつも言ってるねー」

フラヴ「シェリ…そんなに男の人と話す機会あったっけ？」

シェリ「楽隊には恋人がいる女の人いっぱいだよ？」

ベルシー「そもそも魔族はザルの傾向がありますから、無差別虐殺は恐らく広範囲魔術だけでしょう？」

リンディ「その通り。しかも好きで広範囲を狙ったんじゃなくて魔力の量が多いから範囲が広かっただけなのよ」

ベルシー「魔族同士なら受け手が持つ魔力で威力が落ちるんでしたね」

フラヴ「そのまんま『反発現象』でしたっけ。だから何もないとこに撃つと威力が上がるとか」

それは置いておくとして。私たちの世界でも人間の寿命は長くても100年に届かないわ。
つまり『魔界』の統率者が出てきて200年も経った頃には、『人里』では人間と魔族の争いは御伽噺になっていた。
争い自体はそれよりも前から何百年、もしかしたら千年と続いていたから当たり前かもしれないわね。
文明の発展度の低さもこの争いが関係してたんでしょう。平和になってからもそこまで発展していないのは今は触れないわよ。

魔族側はベルシーが言うように割とザルで、長寿故に時間の感覚もあやふやだった。時間というか日数ね。
行軍の記録だって『およそ何人』とか持ってった食料だった『これくらい』とか……
何より、魔族は『争いごとは起きて当たり前』くらいの意識だから後も引かず残すという思考もなく、だったの。

だからほんと、『あの人』が出てきたときはびっくりした。

フラヴ「王宮まで辿り着いた人の一人ですか」

ベルシー「私が仕え始めるより前ですね」

見た目は…普通。というか。何を言えばいいのか解らないわね。
髪は黒、瞳は青。特に珍しくない色で、顔は…私の基準ではハンサム。背は私より頭一つ高くて、筋肉がしっかりついてた。
魔法鎧を着てたわね。そしてええと、女の魔術師と神官、男の戦士。『あの人』以外はよく憶えてないのよ、実は。

彼らは関所の中でも『最も人里から近い』関所に来た。そしてなんとも馬鹿正直に『王宮の主を倒しに来た』とやったの。

シェリ「…………正直すぎるよ…………」

フラヴ「でも、問答無用で戦闘になったわけじゃないんですよね？」

リンディ「ええ。彼らの態度には勿論魔族だって困惑したわ。今までと違ったから」

彼らはやにわに剣を抜いたりせず、また武器から手を離して『関所を通してくれ』と言った。
顔が死んでた。戦意はあるのに殺意はなく、害意もなく、悪意もなかった。
憔悴してたと言うべきかしら。とりあえず、住人には手を出さない条件で通していいと許可が出たの。

治安維持を担う魔族軍は言った。『自分たちは仕事だから貴方達の邪魔をしなければならない』。
『あの人』たちは言った。『自分たちも目的があるから押し通らなければならない』。

『だが、殺す気はない』。双方ともそう言った。戦士として通じるものがあったんでしょうね。

フラヴ「なんだか、気持ちのいい話ですね」

シェリ「男の人ってよくわかんない……」

ベルシー「魔族も人間も、殺戮本能があるというわけではないということだ」

市街地に被害を出さないように、最低限の魔術と最高峰の武術で戦った。
彼らはどちらも約定を違えずに死者は出さなかった。怪我が重い場合は神官が手当までしていったわ。

ついに城門まで『あの人』たちは辿り着いた。
魔族軍は沢山残ってはいたんだけど、手当に駆り出されたり戦法より殺法を極めていたりで戦えなかったのよね。
城門の前には『王宮の主』の腹心が選んだ部下が4人。武術戦術魔術神術に秀でた四人。
門を開けて、中に入れたら勝ち。入る前に戦闘不能になれば負け。

―――――――結果は四分の一負け、かしら。

『あの人』だけがなんとか門を抜けた。魔術師と戦士の攻撃弾幕で隙間を縫って、神官の術で身体能力を上げて。
彼を通すか通さないかくらいで首に得物を突きつけられて、功労者は門を通れなかったわ。

リンディ「そして城のすぐ中で待機していた術士に玉座前までワープさせたのよ。城の構造を知られないために」

ベルシー「見せないほうが安全でしょうね」

シェリ「こーどなじょーほーせんだね！」

玉座に悠然と腰を下ろしたまま、王宮の主は言った。何の御用かしらと。
まずは姑息な手を使ったことと、突然の来訪を詫びると『あの人』は言った。
殺されたくも殺したくもないのなら妥当だと、私は笑った。

彼らは賢かった。施政や移民保護を事前に調べ『殺そうとしなければ殺されない』程度には魔族が温厚だと理解してたから。
好き好んで卑劣だったり卑怯な手を使うより正面切ってぶつかる脳筋だってことも含めて、ね。

フラヴ「智謀や謀略よりも理解の勝利ってことですか」

シェリ「敵を知り己を知れば百戦危うからずっ」

リンディ「その通り。武力だけではない、知力も含めた実力で王宮へ辿り着いた一人のお話」

ベルシー「武力だけでは辿りつけない、と」

フラヴ「北風と太陽みたいな話でしたね。もちろんその人も凄腕だったみたいですけど」

シェリ「めでたしめでたし？」

リンディ「ええ。めでたしめでたしよ」

―――――……

故郷や親兄弟、恋人その他を人質に。無理難題を押し付ける不届き者、数多く。

「死ぬわけにも戻るわけにもいかない。貴女に勝てるとも思えない」

『あの人』は知っていた。王宮の主は倒せないことを。勿論、娶ることも不可能だということも。
自分が死んで何の報せもなければ結局人質は死ぬ。自分たちだけが戻っても結局何もかも皆殺し。

「あなたたちが魔界に入ったことまでは既に人里にも知れているでしょう」

彼らはどうすべきなのか自分でも解っていなかった。どうするつもりでも、なかった。
自分たちが入ったことだけは、人里に近い関所だったから知られていただろうけれど。

戦意を向ける相手は魔族でも、王宮の主でもなく。陳腐な例えで言うなら、己の運命だったのかもしれない。

全員、ここに来る前から死んでいたのだ。
私が『あの人』をどうしたのか。それはまた、別のお話。