ENo.179 雑草王女

第１８話『七匹の雑草』

　スティルフ、オルゼ、エスタ、これらはセルフォリーフの中では比較的都会ということになる。
しかし、それら以外の場所でも生活を営む人々がいる。
地図に名が載ってはいないものの、セルフォリーフには小さな町や村が多数点在している。
エスタの街で食料の運搬を依頼してきたのもそうした村のひとつだ。
村長はそれこそ断腸の思いで費用を捻出した。

「昔は別に護衛を頼んだりする必要も無かったんだが、最近はめっきり物騒になってねえ・・・」
　巨大化した動物なんかが暴れ回るようになってからは、大きな町との行き来も命懸けだよ。
　実際、事故だって起きてるし、死人だって出てる。
　ここ最近じゃ、とうとう村に化物が入り込んで来たこともあった。
　どうにか追い返しはしたものの、村はボロボロになっちまった。
　またあいつらが村を襲ってくるのかと思うと・・・」

　村長が溜息混じりに呟く。

「決して裕福な村ではないが・・・さりとて食料の補給が絶たれたなら飢え死にだ。
　どうにかして食料の運搬は続けねばならん。
　今ではセルフォリーフを救うために異世界からやって来た救援者たちも大勢いる。
　我々が用意できる報酬などは高が知れているかもしれない。
　だが、どうか、我々を助けてほしい・・・」

　村長が言葉を詰まらせる。
救援の名目で異世界から多種多様な顔触れがセルフォリーフを訪れた。
とはいえ、善意で、ボランティア精神で救援に来た者など、ごくごく少数である。
別段責められることでもないだろうし、当然のことだが、
メリットなしには冒険者らは動かない。
地位、名誉、金品財宝、肉欲・・・
彼らの求めるものを提供しない限り救援など受けられようはずが無いのだ。

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みどり「危険手当込みで１２００ＰＳ。悪い話じゃないわね。」

　緑は手元で端末を操作しながら事も無げにそう言った。
次元盗賊団虹色天幕所属、絃繰緑。
特段金に汚いということも無いが、仕事には情を挟まない。
ボランティア精神などとはおよそ縁遠い種類の人間である。
仲間であるところの虹色天幕団員をすら捨て駒にしかねない彼女が、
見も知らぬ人間が困っているからといって手を差し伸べたりなどしない。
だが、双子の兄である縁はそうではない。

えにし「できたら無料で何とかしてあげたいけど・・・あっ・・・」

　言い掛けて縁が言葉を止めた。
縁が暫しの空白の後、緑を見やる。
緑は端末を操作する手を止めず、また視線を画面から外さない。

みどり「・・・わかってるとは思うけど、私たちは慈善事業のためにセルフォリーフに来たわけではないわ。仕事で来ているの。あと、仕事をこなすため、この先に進むためにはＰＳが必要よ。武装を強化しないと、この先生き残ることもままならないわ。」

えにし「うん、それはわかってるんだけどね・・・」

みどり「彼らは１２００ＰＳで安全を買う。私たちは確実な安全を提供することで１２００ＰＳを貰う。等価交換である上に、ＷＩＮＷＩＮじゃないかしら？この取引にどこか問題がある？」

　怒るでもなく、ただ淡々と、淀み無く紡がれる緑に対して、縁は何の反論もできなかった。

みどり「その村のことはとりあえず調べみたけれど・・・村を襲ったというのは巨大竈馬ね。」

えにし「カマドウマ？あの便所コオロギ？それが大きくなってたりするのかな・・・」

みどり「いいえ、全く別物よ。」

　緑が手元の端末の画面を縁の方に向ける。

えにし「うわあ・・・」

　縁の知るカマドウマ、俗称便所コオロギも決して見目の良いものではない。
それこそゴキブリなどと同様、一般的には気持ちの悪い害虫として認知されており、
Ｓｅａｒｃｈ　ａｎｄ　ｄｅｓｔｒｏｙの対象だ。
しかし、画面に映っていたそれは、縁からすれば便所コオロギを超える気持ち悪さであった。

　馬の頭。虫の触覚、昆虫の胴体。６本の馬の脚。

みどり「出現するにしても、このレベルの敵なら少々数が多かったとしても、それこそ物の数では無いわ。それこそこの間全滅させた大福の方が手強かったくらいよ。本当に美味しい仕事ね。」

えにし「うん。でも・・・気持ち悪いね。」

みどり「そうね。嫌悪感を覚えずにはいられないわ。出て来たら即刻駆除しましょう。」

えにし「駆除？でもできれば・・・」

みどり「追い払うだけだとまた来るわ。完全に殺してしまわないとね。」

えにし「そうか。そうだよね。」

みどり「ＰＳを貰うのだから、せめてそれなりの仕事をしておかないとね。」

えにし「うん。そうだね。」

　せめて、僅かながらでも、人助けの真似事らしきことができる。
偽善であれ欺瞞であれ、そのことが縁の表情を緩めた。
それを受けてか、緑も微笑を浮かべる。

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広い草原の真ん中に、ちんまりとした村があった。
食料を運ぶ依頼の届け先はこの村のようだ。

　「た、た・・・・・・助けてくれえぇぇえぇぇッ！！」

村の中心部の方から悲鳴が聞こえた！

　

　村の中心にある広場に、巨大な竈馬が発生しているッ！！

みどり「まったく・・・騒がしい虫ケラね。」

「おっ？そこの娘も、私と愛を語りませんかッ！」

　跳ね上がった巨大竈馬にも全く臆することなく、緑は引き抜いた髪の毛にふっと息を吹きかける。
髪の毛を媒体として生まれた歩行雑草らは竈馬が着地するよりも早く大地に降り立った。

歩行雑草「モッサアアアアッ！」

　６体の歩行雑草がそれぞれ着地せんとした竈馬の足を、それぞれ一本ずつキャッチする。
敵に飛び蹴りを見舞う。かわされたなら大地を踏み締め再度跳躍に移る。
そうした竈馬のプランを覆す歩行雑草らの対応。
本来、蹄→膝→股関節の順に衝撃を吸収すべき所が、６箇所の股関節にダイレクトに衝撃が走る。
それは本来の股関節の可動域を易々と超えてしまう衝撃。
６本の脚は全て同時にヘシ折れた。

歩行雑草「モッサアアアッ！」

　歩行雑草らは神輿の如く竈馬を持ち上げると、地面に叩き付けた。
６本の脚は同時に折れ、地面に達磨が転がった。
痛みによるショック死だろう。もう動かない。

　と、巨大歩行雑草と化した縁が、達磨を拾い上げ、
跳び上がっていた竈馬目掛けて投げ付ける。

みどり「ファストボールスペシャル、というところかしら？」

　全く回避行動を取れない空中で脆い側面を攻撃された竈馬は敢え無く墜落。
広場には早くも二体の死骸が転がった。

　畜生なりとも仲間意識の欠片くらいはあるのだろうか。
同胞の仇とでも言わんばかりに、残り４体の竈馬が一斉に縁目掛けて飛び掛かる。
しかし・・・

みどり「頭上からの攻撃は確かに有利だけど・・・」

えにし「モッサアアアッ！！」

みどり「虫ケラは跳び回ったところで恐竜には勝てないのよ。」

　４体の全体重を乗せた跳び蹴りが、実に二十四の脚が縁に突き刺さった。
だが、そのようなダメージなど意に介することなく、縁は４体の竈馬を抱きかかえる。
藻掻けど、足掻けど、逃れられない。
恐るべき握力で４体は圧縮されていき、遂には肉団子へと『合成』された。

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「助かった・・・・・・」

　散らばった竈馬を恐る恐る片付ける村人たち。
頼まれていた食料も無事に渡すことができた。

「ひっ・・・アッ！ああああッ！」

「おい！落ち着け！もう大丈夫だから！」

　巨大竈馬の爆ぜる様を目の当たりにして恐慌状態に陥る村人や
竈馬の返り血を浴びて呆然としている村人なども居るものの、
ミッションコンプリートである。

みどり「これでこの村が襲われることも無いでしょう。いい仕事だったわね、縁。」

えにし「ああ、うん・・・」

みどり「浮かない顔ね。大体言いたいことはわかるけど・・・この仕事に限ってはいいことをしたと言えるんじゃないかしら？貴方の活躍で村人の命も救われたのだから。」

　緑はそれこそ村人の命などに特に関心は無いが、縁は違う。
自らのしたことを鑑みれば自己満足に過ぎないとは思いつつも、
人助けをできたという達成感も確かにある。
また、兄に罪悪感を抱かせまいという緑の気遣いも、縁には伝わっていた。

えにし「うん、そうだよね。」

みどり「そうよ。これは紛れもない、人助けだわ。」

　満面の、とはいかないが縁がはにかむと緑もまた微笑を浮かべた。

「ほう、これはすごいのぅ！」

　和服で身を包んだ少女が竈馬の死骸を目の当たりにし感嘆の声を上げている。

「妾は鈴梅と申す。突然じゃが、その腕・・・妾に貸してはくれぬか？」

　少しサイズの大きい和服を引きずりながら、周りの状況を見て感心している。

「妾ではどうにもならぬ相手がおっての、
　多少の暴力が必要なのじゃ。ひとつ考えておいておくれぃ。」

みどり「ええ、結構よ。」

「おお！頼もしいのう！」

みどり「ただ・・・お代はいかほど頂けるのかしら？」

「んー・・・こんなもんでどうかの？」

みどり「異存は無いわ。さあ、時間も惜しいわ。出発しましょう。」

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みどり「鈴梅の話では薬岩の眠る洞窟には厄介な番人がいるそうだわ。多少の暴力が必要とのことだけれど、恐らく多少では済みそうにないわね。所詮この世を動かしてきたのは暴力。それ以外の何物でもないわ。ならば、暴力を以て臨むだけよ。敵は殺せ。殺される前に殺せ。次回第１９話『野望の雑草』。」