ENo.937 綾辻優衣

(お腹が空きましたね……)
どれくらいの距離を移動したのだろう？、
彼女の身体は疲弊しきっていた。
激戦の末敗北。
その結果、
彼女の身体は疲労とダメージが蓄積し、
限界に達しようとしていた。
それでも前に進むしかない。
そう被りを振って歩く姿。
しかし、
先も見えず、
かなりの距離を進んできた彼女は、
一つ深呼吸をする。
(……走りますか。)
そして出した結果は、
走り抜ける。
それによって致命的に彼女のスタミナは削り取られ、
恐らくもって後一戦。
そんな状況にまで追い込まれる。
けれど――
利が無い訳ではない。
もし、その移動が功を奏した場合、
彼女は街を発見する事ができる。
そうすれば、
身体を休め、
怪我を癒す治療薬を入手できる事が出来る。
故に、
問題は――
(これでも街が見えなかった場合、
それから――
私が生き延びれるかどうかですね……)
苦境は何度も乗り越えた。
とはいえ、
多少普通の人間より頑丈でしぶとい程度、
いつ死んでもおかしくない状況。
故に、
彼女には常に生死の問題が絡む。
――生きて先に進めるか、
それともここで死んでしまうのか。
――全ては、賭けが成立するかどうか次第、
成立した上で活路を見出す事ができるか？
それとも――

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

(流石は、
呪術と魔術で完全武装しているだけはありますね。)
入口程ではないが、
先に進む度に魔術や呪術を利用したトラップに遭遇する。
起動式を避け、
避けようがない罠は発動させ、
発動した術式を解体する。
――もし、
これが普通の罠や、
普通の人員配置だったなら、
彼女は無力とはいわないが、
かなりの窮地に陥っていただろうが、
こればかりは相性である。
もっとも、
既知でなければそう上手くはいかないのだが、
彼女にとっては、
既知であるものの方が多い。
何故ならば、
異端とよばれる全てを学ぼうとし、
学んだ事で追放され続けているのだから。
(好都合、上手くいきすぎて逆に怖いです。
……相手もただ逃げるとは限りません。
足音の方向から察するに、
自ら袋の鼠になっている気がしますが……
切り札があるとみていいですね。)
……故に、
術者にとって彼女は天敵に近く、
彼女がこうして近づいてくることを考えると、
間違いなく敵である術者にとっては未知の化け物。
普通であれば、
逃げ場のある場所へ逃げて、
遠くまで逃げ切る事を考えるだろう。
だが、敵はそうしなかった。
それだけの備えがあるから、
と推測するのは簡単だった。
だが、そこまで推測した上で、
退くか進むか。
……彼女は知っている。
自らの限界を。
呪術や魔術、
そういったもので補うのであれば、
対処は出来ても、
物理的なものであればやはり限界がある。
特に、逃げるならまだしも、
相手を倒す事においては。
たが、
それ故に、
彼女は退く事ならいつでもできる。
とりあえず前に進み、
駄目だった時は駄目だった時と、
扉を開く。
彼女のターゲットが逃げ込んだ部屋の扉を。
それと同時に、
彼女の身体にとてつもない衝撃が走り――
「――！？」
そのまま吹き飛ばされ、
背後の扉を突き破って、
転がるように滑り、
壁に激突……
呼吸がとまり、
骨がバラバラになるような感覚。
とっさに防御を行わなければ、
それだけで死んでいたのが理解できる一撃。
それでも、
そんな程度の一撃など何度も受けてきた。
故に、そこで倒れて動かなくなるほど――
(――油断、ですね。
ダメージは決して小さくない。
後一撃でも受ければお陀仏、ですか。
――全く、簡単な事などありはしませんね。
だからこそ、いいのですが、
これでこそ試練というもの――！)
彼女は弱くはない。
だから、歯を食いしばって立ち上がる。
「……まさか鉄製のゴーレムですか、
　用意が良いですね。
　しかも文字が彫ってある。
　文字を消して倒す事は難しい。
　正面的な能力に長けていたとしても、
　それ相手では分が悪い。
　――成程、
　人の力でそれを殺す事はまず出来ない。
　術の力をもってしても、
　私の力は破壊ではない、
　故に至難の業――」
「その通り。
　しかし、無傷でここまで辿りついた事といい……
　成程、術の対処を知っているからこそ、
　ここまでこれたし、
　僕と相対しようと思いあがったか。
　愚かしい。
　その結果がこのザマ……
　さぁ、僕の最高の切り札であるコイツにやられてしまえ！
　後始末が大変だけれど、
　お前という脅威を退けられればそれでいいのだから！」
「……お断りします。」
「何？」
「……いえ、
　最後まで足掻くつもりですので……」
彼女は鉄の巨人相手にただ指を突きつける。
“アレ”が相手だといわんばかりに。
それと同時に、
彼女の懐から三羽の鳥が飛び出した。
「……鳥？」
「……使い魔ですよ。」
「……馬鹿な事を、
　そんな鳥如きで何が出来るというのです？」
「それを倒すくらいは出来ると思いますよ？」
「……はぁ？」
そんな彼女の言葉を否定するように、
三羽の鳥の攻撃は、
鉄の巨人相手に何の成果もあげる事が出来ない。
いや……
あげれるわけはない。
なんとか翻弄しようにも、
気にしない以上意味が無い。
「訳が分かりませんね、
　貴女を倒せばそれで終わり。
　さ、やりなさい。」
故に、術師は彼女を倒せと命令する。
だが、その時、
一羽の鳥がゴーレムの文字、
EMETH(真理)のEをついばんだ。
だが、
当然ついばんだくらいで意味はない。
Eの文字を消す事は出来ない。
だが――
彼女は一言呟いた。
「……EXPLOSION(爆発)」
その一言で、
鳥が内部より爆裂し、
Eの文字を削り取る。
「な……！」
ただし、
使い魔のダメージは術者にもかえる。
故に、
彼女自身もダメージを受けた体に更に負荷がかかり、
身体より血飛沫があがった。
「……ッ！！」
だが、
それでも彼女は行動に支障はあっても、
動けなくなる事はない。
唇の端を吊り上げ笑う。
「ほら、倒せました。
　……あんまり使いたくない手段なのですが……
　自爆技ですし。」
その言葉通り、
ゴーレムは動きを止める。
「貴様……！
　それでも術師の――！」
「いえ、私は術師とかそういうのではありませんよ？」
「何だと？
　ならお前は一体――？」
「私はただの“異端者”です。
　それで……
　これでチェックメイトだと思うのですが。
　何か遺言はありますか？」
「ふざけるな、
　傷を負ったお前なんかにやられるほどッ……！
　……術が使えない！？」
「……残りの２体のうち１匹はジャミング用です。
　これで術は封じました。」
「だが……！」
切り札を封じられ、
術を封じられ……
残されたのは、
懐に隠し持った銃。
それで彼は彼女を狙い、引き金を引き――

銃は暴発した。

「ギャァァァァァァァァァァァァァ！！」
激痛にのた打ち回る男に、
幽鬼の如く近づく彼女。
「そして、最後に怖いのは物理手段。
　なので、最後の一匹はその対処という訳です。
　そして貴方に打つ手はなし。
　貴方の血と命を頂きます。
　神よ、試練をありがとうございます。
　……最後に遺言はありますか？」
「お、おのれ……きさっ……貴様ッ……！
　僕はこんな所でやられるようなッ……！
　まて、異端者が神をいう？
　まさか、お前は……
　くそっ、最初からそうだと知っていれば――！」
「……気づかなかったのがいけないのです。
　気づいていれば勝ち目はあったかもしれませんが、
　残念ながらそうならなかった。
　……さようなら。」

鈍い音が響く。
その一撃で全ては終わり――

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

急ぐ旅路に敵はつきもの。
空より襲い掛かるは一体の賊。
彼女は己のもてる力を注ぎ、
魔物を呼び出し、
二人係で闘う事で、
見事、
それを撃退し先を急ぐ。
――急いでいる時にも敵が現れるのもまた試練と、
神に感謝の祈りを捧げ――