ENo.9 ツィエルアーシャ・エロ＝サヴァーレン

≪17日目　取引にて≫

毎日毎日飽きもせず、奇声を上げながら発光魔術を使っている奴が居る。
別に個人の趣味にとやかく言うつもりはない。が、流石に五月蝿い。
一体どんな奴かと端末（まだ異世界に居た頃に手に入れた。まだ使えた）で照会してみたら、まあ。

「ENo.2476 アラナート・オデュッセイア……勇者……パトロン募集中……？」

「乞食か」

「身も蓋も無いことを……出遅れってあるけど、要は最近落とされたんじゃないのかな」

「乞食じゃねぇか」

「まあ、うん、そうだね」

諦めた。諦めついでに自分の所持品目録を眺める。
巻貝、木瓜の二つが浮いていたはずだ。シンもエミルも特に必要ないと言っていた。

というわけで。

「やあ、小さな勇者君。廃品回収をしてくれるんだろう？」

「……冗談だよ。この二つを持て余しててね、棄てるのもなんだし貰ってくれ」

私より少し背の低い少年の手のひらに、小さな巻貝と小さいカボチャのような実を落とす。
ちゃんと握ったのを見て、蓋をするようにもう一品載せた。

「これもあげる。　君に必要なものだろうし」

[11] 悦楽読本：異界の娯楽
（装飾 / 22 / 平穏LV1 / 平穏LV1 / - ）

「さてと。じゃあ失礼するよ。またどこかで―――ん？」

「なんだ。勇者っつーから期待したんだがなァ。チビ乞食じゃねえか」

足担当が私の肩から首を出していた。全体的に白っぽいアラナートを舐めるように見ている。
黒い翼も禍々しい気配も微塵も隠さず、天敵の筈の勇者の前に立つ。
呆れるくらい清々しく堂々としていた。

「仮にも魔王なんだからもう少し慎んだら？」

「こいつに私は殺せねぇよ。餞別に恵んでやりてえくらいなんだぜぇぇ？ヒャハハッ！」

「久々に聞いたよその悪人笑い。良いから戻ろう」

へーへーとやる気なく返事をしたアイツは、さりげなく私の胸元に手を入れる。
何を、と言う暇もなく、私の懐から抜き取った手をアラナートに向けた。

「拾えよ」

ピン　とPSを弾き、足元に落とした。楽しそうだ！！

「ああ、うん、餞別にあげるから気にせずもらってくれ。…じゃあね」

多分これは運命の邂逅じゃないから安心だ。

▲▼▲▼▲▼▲

―――――時間は少し、前後する。

魔女さん…ツィエルさんは、何でかわからないけど、とっても優しいひと。
わたしをひろってくれて、ご飯をくれて、お洋服をくれて…
夜寝るときはいつも同じベッドで寝てたし、うでまくらとかもしてくれてた。

少ししたらジュコが自分の部屋につれてってくれるようになって。
一緒に寝ることはあまりなくなってしまったけどさびしくない。

だってツィエルさんたらお寝坊さんで、いつもわたしがおこしに行くから。

エミル「それじゃ、ツィエルさん呼んでくるね」

ジュコ「うん！ご飯よそっとくー」

エプロンを外し、ジュコに手をふってキッチンを出た。
うすくて、むねとすそにフリルがついたキャミソールにカボチャぱんつ。
こんなかっこで歩いても叱る人はどこにもいない。

エミル「……？」

ツィエルさんの部屋に近づいてくとなんだか足が重くなった。
不思議だったけど、足音で起こしちゃうのもだめだよね。静かに静かに部屋まで歩く。
ドアノブをゆっくりひねる。音はしない。
すこーしだけ開けて中をのぞく。そうしないと、いけない気がして。

エミル「――――――！！！？」

声にならない悲鳴が出た。

ツィエルさんが寝てるベッドに、ベッドに何かいる！

カーテンでうす暗くてよく見えないけど、すごく大きな―――
大きな羽？羽がある大きな人が！！

大きな人はベッドのはじに座って顔をのぞきこんでる。
目をこらすと左手がもぞもぞしてて、髪とか顔をなでていた。

ちょっとクセがある髪の毛。毎日しっかりとかして整えてるのを知ってる。
まだクセがついたままの髪をかき混ぜて遊んでるみたいだった。

　　　　　　「見えてんぞ」

エミル「ぴゃっ…！！」

普通の、ただ低い声だったのに飛び上がってしまう。
こっちを見てもいないのにビリビリする。

あのひとは　わたしにとって　こわいものだ

ジュコ「あー、インヘルだー」

エミル「ひゅわっ！？」

耳元で聞こえた声にもう一度飛び上がった。ふり返るとジュコが背中にぴたーっとくっついている。
大きな人が目だけこっちを見た。

インヘル「よぉ狐」

赤と緑の目に笑っている形の口。でも、すごく、いやな笑顔。
ジュコは平気な顔でドアを開けるとずんずん歩いて行った。

ジュコ「ジュ・コ！しばらく見なかったのにめずらしいねー」

エミル「ジュコ、し、しりあい…？」

ジュコ「うん。料理のおししょーさまだったりするー」

エミル「！？」

信じられない。三人で話しててもツィエルさんが起きないことより信じられない。
この人が、料理、するの？固まるわたしに見向きもせず、インヘルとよばれた男の人はまたツィエルさんの顔に手をのばした。

エミル「！！！魔女さん起きてーっ！！」

ツィエル「むぁ？」

ちょっとタイミングが良くなかった。ちょうどツィエルさんの顔の上にあった指が口の中に入っちゃった。
でもインヘルさんもびっくりしてた。口をふさぐつもりじゃなかったみたい。

インヘル「何日かぶりだな」

ツィエル「…………びっくりした。来るなら来るって言ってよ」

指をひっこぬいてツィエルさんがまじめな顔で言った。
寝転んだままベッドサイドにからティッシュを取って口をふく。

でも。
起き上がったと思ったら、自分からインヘルさんによりかかった。

インヘル「おーおーよしよし」

ツィエル「む。相変わらずでかい…」

ネコのようにぐりぐりと。男の人にじゃれついてる。
髪をてぐしでとかされながらまたうとうと。

エミル「つ、ツィエルさん！朝ごはんです！」

ツィエル「あれ、そんな時間？」

ジュコ「全員起きてるの知っててこのいいぐさ！」

インヘル「おいチビ」

エミル「チビじゃないです！エミリアって名前が」

インヘル「そのカッコは趣味か？」

エミル「はい！？」

この人ひとの話聞いてない！でもいちおう自分の体を見た。
すけてるうすいヒラヒラのキャミソールとカボチャぱんつ。
むこうは男の人。あわてて走ってジュコの後ろにかくれた。

ツィエル「あんまりからかわないでよ。ご飯食べてく？」

ジュコ「インヘルの分ないよー。作るだろうけどさ」

インヘル「食わねえでも死なねぇよ。あ゛ー…つ、ツィ」

ツィエル「相変わらず三音以上の名前が覚えらんないのね。最近はエルとか呼んでくる人もいるけど」

インヘル「じゃあエルだな。さっさと起きろ」

ツィエル「はいはい」

なかよさそう。　ツィエルさんがなんだか、女の子みたいで。

むねのおくがざわざわする。

　　　　なんだか　　すごくむっとした。

＊＊＊＊＊＊

エミル「お……おいしい……」

ジュコ「ねー。見た目こんなんなのに料理めちゃくちゃじょーずでしょー？」

インヘル「ンだよその評価は。チビより上手いなんざ当たり前だろうがよ」

ジュコ「まさかの私もチビ呼ばわり！」

ツィエル「三人とも仲が良くて嬉しいよ。ああ美味しかった」

プンスカしながらエプロンを着け直したエミルはインヘルを警戒し続けていた。
せっかくなんだから仲良くして欲しいし料理は本気で上手いから、と簡単な朝食を作ってもらったら案の定。

インヘル「エルが作れねぇからな」

ツィエル「む…仕方ないでしょ。花嫁修行なんか考えたことないし」

ジュコ「でもよっぽどマズくないともんく言わないから、ツィーエはまだいい方だよー」

ツィエル「美味しい物は好きだけど食べること自体は割とどうでもいい」

エミル「ツィエルさんが料理できないのは知ってたけど……」

エミルは納得いかないらしい。何年どころか何百年という単位で朝昼晩と作ってもらってた実績があるんだけど。
インヘルは既に我関せずといった様子で私の髪を弄んでいる。
何とはなしにその指先を見ながら聞いてみた。

ツィエル「インヘル、また一緒に暮らしに来たの？それとも顔出しに来ただけ？」

インヘル「あ？あー。そこのチビがお前と一緒に寝てンなら邪魔はしねぇよ」

エミル「一緒に寝てたのは最初だけです！」

インヘル「ほー。なら構わねえな」

ツィエル「やった。じゃあまたよろしく……おいちょっと　髪を三つ編みにするな」

片手で三つ編みを作る器用さは素晴らしいけど。
エミルはなんだかブスッとしている。ジュコが珍しくニヤニヤと笑みを浮かべた。

ジュコ「ツィーエとインヘルはけーやくしゃとめーしゅなんだよー。
切っても切れない『オ・ト・ナ・の』かんけーってやつ！」

エミル「お、大人の」

ジュコ「ひゃん！」

ツィエル「あんまり変な事を吹き込んだらお尻叩くよ」

インヘル「叩いてから言うんだな」

……インヘルが居るんなら益々アンジニティから出る理由がないんだけど。
何やらショックを受けているシンの提案で、私たちは山へ赴くことになったのだった。